表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
54/143

開く者 (2)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

暗かった。

音がなかった。

地面があった。立っていた。でも、何も見えなかった。

暗闇だった。

その中に、人影があった。

一人ではなかった。

二人ではなかった。

数えられなかった。


何十人か、何百人か。全員が暗闇の中に立っていた。全員がエルクを向いていた。

エルクは動けなかった。

一人が前に出た。


女だった。年齢はエルクと同じくらいだった。服装が違った。見たことのない服だった。目が赤かった。泣いていたのかもしれなかった。

何かを言った。

聞こえなかった。


別の一人が前に出た。男だった。老人だった。腰が曲がっていた。何かを言った。聞こえなかった。

また別の一人。

また別の一人。

全員が何かを言っていた。

でも聞こえなかった。

声が重なりすぎていた。


エルクは立っていた。

全員に囲まれていた。

その中で——一人だけ違う者がいた。

奥にいた。

座っていた。


他の者たちとは違う位置にいた。

近づいた。

人影の間を抜けた。

奥に来た。


座っていた者が顔を上げた。

顔は見えなかった。

でも——存在の重さが違った。

「ようやく来たか」

その者が言った。


聞こえた。

他の声は聞こえなかったのに、この声は聞こえた。

「お前は誰だ」エルクが言った。

「五十年前にここにいた」その者が言った。「お前と同じ力を持っていた」


伝説の勇者だった。


「残響持ちはなぜ全員死んだ」

エルクが聞いた。

伝説の勇者が少し沈黙した。


「聞こえすぎたからだ」

「聞こえすぎた」

「残響は世界の情報を受信する。この世界だけではない。並行世界も。異世界も。無限の世界線も。全部が流れ込んでくる。人間の精神は一つの世界分しか保てない。無限が流れ込めば——崩壊する」

「だから死んだ」

「そうだ。自滅した者もいた。狂った者もいた。ライディスに処分された者もいた。レグルスが恐れて封印した者もいた。全員が、受け取りすぎた」

エルクは暗闇を見た。


周囲の人影が、まだそこにいた。全員が無言で何かを言っていた。

「お前もそうなったのか」エルクが聞いた。

伝説の勇者が少し間を置いた。


「私は別の理由だ。だが——結果は同じだ」

「封印されたと記録にあった」

「そうだ」

「今ここにいるのは」

「残響の中にいる。世界の記録の中にいる。消えたわけではない。ただ——どこにもいない」

エルクはその言葉を受け取った。


消えたわけではない。どこにもいない。

「なぜ俺は生きているんだ」

伝説の勇者が、初めて笑った。

顔が見えなかった。でも——笑っているとわかった。

「お前は聞いているのではない」

「何?」

「選んでいる」

エルクには意味がわからなかった。

「どういう意味だ」

「残響は流れ込んでくる。他の者はそれに飲まれた。受け取った。全部受け取ろうとした。だから崩壊した」伝説の勇者が言った。


「だがお前は——無意識に選んでいる。全部を受け取らない。流している。必要なものだけを受け取っている」

「意識してやっていない」

「そうだ。無意識だ。だから自分でも気づいていない」伝説の勇者が言った。

「だが——それがお前が壊れていない理由だ。そしてそれが、お前が器として完成している理由だ」

エルクは少し黙った。

「器として完成している、とはどういう意味だ」

「門と共鳴できる。残響を使って門に干渉できる。それができるのは、世界の情報を選んで処理できる者だけだ」

「それが俺だということか」

「そうだ」


「門とは何だ」

エルクが聞いた。

伝説の勇者が答えた。

「世界と世界の接点だ。異世界への穴ではない。移動装置でもない。二つの世界が重なる場所だ。無数の可能性が重なる場所だ。そこに——残響で触れることができる」

「だから残響が鍵なのか」

「残響は門を認識する力だ。認識できる者だけが干渉できる。認識できない者には、門はただの石の輪だ」

エルクは理解した。


ノクトが残響を必要とする理由が、わかった。

ライディスが残響を欲しがる理由が、わかった。

「門を開くには残響が必要で、門を閉じるには王家の血が必要だ」エルクが言った。

「二つが揃わないと、門は制御できない」

「そうだ」

「なぜそういう設計になっている」

伝説の勇者が少し間を置いた。

「設計ではない」

「設計ではない?」

「門は誰かが作ったものではない。世界そのものから生まれたものだ。残響も、王家の血も——門が生み出したものかもしれない」

エルクは息を止めた。

「門が生み出した?」

「気を付けろ」伝説の勇者が言った。

「何を」

「門は道具ではない」


その言葉が終わる前に。


背後から声が来た。


暗闇が震えた。


人影たちが動いた。全員が同じ方向を向いた。

声は方向を持たなかった。


どこからともなく来た。


巨大だった。

「我を開け」

空間が、震えた。


暗闇の中に、光が生まれた。

青白い光だった。

それが広がった。


「門の声か」エルクが言った。

伝説の勇者が静かに目を閉じた。

「そうだ」

「門が喋っている」

伝説の勇者が言った。「だから気を付けろと言った。門は意志を持つ。門は開きたがっている。残響を持つ者に——開けと命じる」


「命じているのか。呼んでいるのではなく」

「呼ぶことと命じることの、どちらに近いかはわからない」伝説の勇者が言った。

「だが——忘れるな。お前は門の道具ではない」


光が広がった。


暗闇が消えていった。


人影たちが消えていった。

伝説の勇者が、最後に言った。

「選べ」

それだけだった。


光が、すべてを覆った。



目が開いた。

地面だった。

遺跡の床だった。

音が来た。

戦闘の音だった。

「エルク」

リアが目の前にいた。膝をついていた。エルクの肩を掴んでいた。

「大丈夫か」

「大丈夫だ」

立ち上がった。

膝が震えなかった。

《残響》が、静かだった。

暴走していなかった。


増幅装置がまだ動いていた。でも——流れていた。情報が流れていた。受け取っていなかった。選んでいた。

世界が、見えた。

戦場が、見えた。


特殊部隊の一人一人の動きが、見えた。魔力の流れが見えた。どこが薄いか、どこが強いか、全部見えた。

「シュウ」エルクが言った。

「聞こえてる」

「増幅装置を持っている奴の後ろ、三歩右に死角がある。今から十秒以内に踏み込める」

「了解」シュウが動いた。


「リア、左から二人来る。先に来る方は囮だ。後ろの奴が本命だ」

リアが構えを変えた。囮が来た。流した。本命が来た。迎え撃った。一撃で止めた。


「ミレナン、右端の一人が魔法を溜めている。今撃つと相殺できる」

ミレナンが右を向いた。火球を撃った。敵の魔法と相殺した。


特殊部隊が止まった。

動きが読まれていた。


増幅装置を持った者がシュウに倒された。装置が停止した。

特殊部隊が後退し始めた。


三人が残った。二人が残った。


最後の一人が走り去った。


静かになった。


リアがエルクを見た。

「目が違う」

「そうか」

「さっきと違う。何かが変わった」

エルクは少し考えた。「見える量が増えた」

「残響か」

「残響だ。でも——暴走していない。選んでいる」

リアが少し黙った。

「無事でよかった」

それだけだった。

感情が出ない言い方だった。でも——エルクには伝わった。

遠くで、ライディスは報告を聞いていた。

「特殊部隊が撤退しました。残響の暴走が起きましたが——収まりました。エルクは生存しています」

ライディスが窓の外を向いたまま言った。

「暴走の規模は」

「観測網への反応は、過去最大でした。歴代勇者の共鳴反応も観測されました。それでも——」

「生きていた」

「はい」

ライディスが少し間を置いた。


窓の外を見ていた。

夜だった。

「やはり違う」ライディスが言った。

側近が言った。「何がです」

「あれは兵器ではない」

側近が黙った。


ライディスが続けた。「兵器なら暴走で死ぬか、暴走で使い物にならなくなる。どちらでもなかった。暴走した後、むしろ強くなっている。兵器はそういう動きをしない」

「では何なのですか」

ライディスが静かに言った。

「門そのものだ」

側近が息を呑んだ。


ライディスはそれ以上説明しなかった。

「今は一旦引く。」


ライディス軍撤退。

窓の外の空に、かすかな光があった。

遠くの森の方向だった。


第二の門の光だった。

夜の空に、青白く滲んでいた。


誰もいない遺跡の奥で。

門が回転していた。

光が安定していた。


裂け目が、昨日より少しだけ広くなっていた。

その光の中で。

何かが動いた。


声が来た。

聞く者は誰もいなかった。


それでも声は来た。

「もうすぐだ」

門の光が、強くなった。

強くなった。

また強くなった。

夜の遺跡を、青白く照らした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ