開く者 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
眠れなかった。
横になった。目を閉じた。でも声が来た。
声、と呼ぶには多すぎた。
何百もの声が重なっていた。言語が違った。時代が違った。男の声、女の声、子供の声。泣いている声、叫んでいる声、何かを訴えている声。それが全部同時に来た。
《残響》が、ここ数日で明らかに強くなっていた。
エルナト第二の門が近いからかもしれなかった。リアが門を抑えた後、完全には収まっていなかった。裂け目がまだあった。そこから何かが漏れ続けていた。
エルクは起き上がった。
外へ出た。
遺跡の上部に、崩れかけた通路があった。外に出られた。夜風が来た。星が出ていた。
声が少し遠くなった。
外の空気が、《残響》の密度を下げていた。
息をついた。
「また眠れないのか」
リアだった。
通路の端に立っていた。星を見ていた。いつからいたのか、わからなかった。
「最近頭の中がうるさい」エルクが言った。
「声か」
「声だ。日に日に増えている。今は——」エルクは少し考えた。
「昔は声だけだった。今は景色も来る。未来みたいなものまで見える気がする。未来かどうかはわからないが」
リアが星を見たまま言った。「壊れていないか」
「今のところは」
「今のところ、か」
「正直に言った」
リアが少し口元を動かした。笑ったわけではなかった。でも、何かが和んだ。
「準備は整った、という声、心当たりはないのか」
「ない。門から来た。それだけわかる」
リアが振り返った。
遺跡の奥に、第二の門があった。夜でも光っていた。安定はしていた。でも消えていなかった。
「あれが呼んでいるのか」
「そう聞こえた」
リアが何か言いかけた。
その瞬間。
警報が来た。
護衛賢者の声だった。「レグルス軍です」
今回は違った。
前回は結界を叩いてきた。今回は違った。
軍勢ではなかった。
少人数だった。
十人ほどだった。でも——一人一人の動きが違った。訓練が違った。普通の兵士ではなかった。
「特殊部隊だ」エルクが言った。
「どうして分かる」シュウが言った。
「動きを見ろ。連携が違う」
護衛賢者が結界を補強した。でも特殊部隊は結界を正面から叩かなかった。迂回した。弱点を探していた。
「嫌な連中だな」シュウが言った。
「ライディスらしい」リアが言った。
「正面から来るより、弱点を突く。合理的だ」
「褒めてるのか」
「事実を言っている」
アルテフェインが後ろから来た。「結界の東側が薄い。そこを補強しろ」
護衛賢者が動いた。
その瞬間、特殊部隊が動いた。
三方向から同時に来た。
「散れ」リアが言った。
特殊部隊は強かった。
一人一人が対魔物戦だけでなく、対勇者戦の訓練を積んでいた。エルクの動きを読もうとしていた。《残響》の動きを予測しようとしていた。
「こいつら、俺たちの戦い方を知っている」シュウが言った。
「研究されている」エルクが言った。「歴代勇者のデータを集めて訓練したんだろ」
「気持ち悪いな」
「そうだな」
リアが前衛で二人を同時に相手にしていた。それでも押し返していた。シュウがレプリカを展開しながら牽制していた。ミレナンが後方から魔法で援護していた。
エルクが《残響》を使いながら指示を出していた。
それが機能していた。
でも——手数が多かった。消耗戦になっていた。
特殊部隊の一人が、何かを持ち出した。
小さな装置だった。
金属製だった。表面に魔法陣が刻まれていた。
「何だあれ」シュウが言った。
ミレナンが見た。顔色が変わった。
「形が——先生の研究室にあった資料に似ています。まさか」
装置が起動した。
青白い光が出た。
《残響》が、爆発した。
頭の中で、世界が割れた。
一つではなかった。
何百もの世界が、同時に割れた。
声が来た。声だけではなかった。景色が来た。感情が来た。記憶が来た。死の感覚が来た。絶望が来た。怒りが来た。帰りたいという叫びが来た。
全部が同時に。
エルクは膝をついた。
床に手をついた。
目が開かなかった。
「エルク」
リアの声だった。遠かった。
「エルク」
シュウの声だった。もっと遠かった。
《残響》が止まらなかった。
装置が増幅させていた。この世界中の残響の記録が、エルクに向かって流れ込んでいた。
流せ。
エルクは思った。
流れを止めるな。受け取るな。流せ。
でも——量が多すぎた。
流しきれなかった。
意識が、沈んでいった。




