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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
朝の空気が、緊張していた。
遺跡の外に出た護衛賢者が戻ってきた。足音が速かった。顔色が悪かった。
「距離が縮まっています」護衛賢者が言った。
「このままでは昼過ぎには到達します」
アルテフェインが地図を見た。遺跡の位置と、軍勢の位置を確認した。
「門の解析は中断だ。まず門を守る」アルテフェインが言った。
「守るといっても、俺たちの人数じゃ——」シュウが言った。
「エルナトへ連絡を入れている。増援が来るまで持たせる必要がある」アルテフェインが言った。
「結界を重ねる。遺跡の構造を使って守りを固める。それだけだ」
護衛賢者が動き始めた。ミレナンも手伝いに走った。
エルクは地図を見ていた。
ライディスがエルクを最優先にしている、という報告を護衛賢者から聞いていた。門よりも先に、エルクを確保しようとしている。
なぜか。
門があれば残響を使える。なら門を先に確保するはずだ。でもライディスはそうしない。
「ライディスはなぜ俺を先に狙うんだろうな」エルクが言った。
「門を持っていても使い手がいなければ意味がないからじゃないか」シュウが言った。
「鍵のない扉だ」
「そうかもしれないが——」
リアが黙っていた。
いつもと違う沈黙だった。
エルクはリアを見た。リアは地図を見ていた。地図を見ているようで、見ていなかった。
「リア」
リアが顔を上げた。
「何か知っているか」
リアが少し間を置いた。
「夜に話す」
それだけ言った。
昼間は準備で終わった。
結界を張り直した。遺跡の入り口に障害物を設置した。護衛賢者が魔導陣を組んだ。ミレナンが古代の防衛機構が残っていないか調べた。シュウが食料の確認をした。リアが遺跡の周囲の地形を確認して回った。
エルクは門を見ていた。
エルナト第二の門は、昨夜より光が強くなっていた。
回転が続いていた。
裂け目がわずかに広がっていた。
《残響》が反応していた。昨夜ほどではなかった。でも——この門から、何かが来ていた。呼んでいるような感触があった。
触れるべきではないと思った。
星門神殿で何が起きたか、わかっていた。
それでも——引き寄せられる感触があった。
「近づくな」
アルテフェインが後ろから言った。
「わかっている」
「わかっていても近づくのが、お前の問題だ」
エルクは門から離れた。
・
・
・
夜になった。
遺跡近くに仮設の拠点を作った。
護衛賢者たちが見張りに立った。アルテフェインが石板を読んでいた。ミレナンが手伝っていた。シュウが保存食を温めていた。
リアが遺跡の外壁に寄りかかっていた。
一人だった。
エルクが近づいた。隣に立った。
「話す」リアが言った。エルクが声をかける前に言った。
リアが外を見た。夜の森だった。月が出ていた。木々の間から月光が差し込んでいた。
「幼い頃の話だ」リアが言った。
「聞いたことはある」
「全部は話していない」
「そうだな」
リアが少し間を置いた。
「召喚された勇者がいた。まだ十代だった。名前は——今は覚えていない。名前を覚えていないのではなく、後で調べたが記録がなかった。消されていた」
「消されていた」
「城に連れてこられた日、その勇者は怯えていた。帰りたいと言っていた」リアが言った。
「兵士たちは気にしなかった。慣れていた。またいつもの新入りだ、という顔をしていた」
「でも、お前は違った」エルクは言った。
「なぜかはわからない。当時の自分が何を考えていたかは、よく覚えていない。ただ——帰りたいと泣いている人間を見て、そのまま通り過ぎることができなかった」リアが言った。
エルクは月を見た。
「城を案内した。図書室を見せた。庭を一緒に歩いた。名前を呼び合った。数ヶ月の間、城の中で会うたびに話した。笑った。怖い夢を見たと言っていた。でも少しずつ、笑う回数が増えた」
リアが続けた。
「出兵の命令が来た。その勇者も行った。行って——戻らなかった」
「戦死したのか」
「戦死したと聞かされた。だが確認できなかった。遺体もなかった。記録も残らなかった」リアが言った。
「城に残ったのは、その勇者が図書室で借りていた本だけだった。返さないまま行ってしまったから」
静かだった。
「その本は今も持っているのか」エルクが聞いた。
「持っている」
エルクは何も言わなかった。
リアが続けた。
「誰も悲しまなかった。王も悲しまなかった。将軍も悲しまなかった。次の勇者の配備を考えていた。それが当たり前だった。私が最初に怒ったのはその時だ。なぜ誰も悲しまないのか。なぜ帰してあげないのか。なぜこれを続けるのか」
「今も同じ疑問か」
「今も同じだ」リアが言った。
「ただ——理由がわかってきた。止め方も、少しだけ見えてきた」
「それが、お前が俺たちと旅をしている理由だな」
「そうだ」
シュウが保存食を持ってきた。「飯できたぞ」と言った。
三人で食べた。
食べながら、シュウが「聞いていいか」と言った。
「何だ」
「リアって、何者なんだ。本当に」
リアが少し間を置いた。
「何者、とは」
「育ちが違う感じがずっとしていた。城を知っていた。ライディスを知っていた。軍の編成を知っていた。王家に出入りしていた賢者を知っていた。普通じゃないだろ」
リアが保存食を見た。
「やっぱりか」エルクが言った。
シュウが頷いた。「だよな」
「何がやっぱりなんだ」リアが言った。
「とっくに気づいていたんだろ、二人とも」
「大体は」
リアが短く息を吐いた。
そして言った。
「私はレグルス王家の人間だ」
後ろでミレナンが資料を持って来たところだった。
止まった。
「えええええ」
遺跡に響いた。
護衛賢者が振り返った。
「声が大きい」アルテフェインが言った。
「だって王族ですよ」ミレナンが言った。
「一緒に旅してたんですよ私たち。王族と旅してたんですよ。え、本当に。本当ですか。本当ですよね」
「本当だ」リアが言った。
ミレナンが固まった。
シュウが笑い始めた。
「お前の反応が一番面白い」
「笑いごとじゃないです」ミレナンが言った。
「先生に報告しないといけないです。先生知ってたんですか。知ってたんですよね。なんで教えてくれなかったんですか先生」
「お前が聞かなかったからだ」アルテフェインが言った。石板から目を離さずに言った。
ミレナンが固まったまましばらくいた。
それから座った。
「……続けてください」




