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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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世界の傷跡 (2)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

翻訳が進んだ。

部屋の奥まで読み進めた。壁の文字が増えた。

内容が深くなった。ミレナンの手が速くなった。手帳のページが埋まっていった。

護衛賢者が新しい羊皮紙を出した。ミレナンがそこにも書いた。

「読めました」ミレナンが言った。


声が、少し違った。さっきまでの興奮ではなかった。

全員が集まった。

「読みます」ミレナンが言った。

「長いですが、重要な部分だけ」

「全部読め」アルテフェインが言った。

「……はい」


ミレナンが読み始めた。

「この世界は、一つではない。我々は元来、異なる世界の住人であった。門が開いた。二つの世界が融合した。我々はそれを生き延びた。歴史が混ざった。地形が変わった。言語が混ざった。しかし我々は生きた」

シュウが何も言わなかった。


「続いて——種族の記録です」ミレナンが言った。

「人間は第三世界の出身。魔族は第一世界の出身。エルフは第五世界の出身。ドワーフは第二世界の出身——」


リアが言った。「止めろ」

ミレナンが止まった。

リアが壁を見た。

「つまり」リアが言った。

「今この世界に生きている者たちは——元々別の世界の住人だったということか」

「そうなります」ミレナンが言った。


「この記録が正しければ」

「魔族も」

「第一世界の住人です、と書かれています」

リアが少し黙った。「そんな馬鹿な」

「だが辻褄は合う」アルテフェインが言った。

「魔族の生態が人間と根本的に違う理由。エルフが極端に長寿である理由。ドワーフが持つ特殊な技術体系の理由。すべて——別世界の文明を持ち込んだと考えれば、説明できる」

「では魔王軍との戦いは」リアが言った。「元々別世界の住人同士が、今の世界で争っているということか」

「そうなる」


「おかしい」リアが言った。感情ではなかった。論理的に言っていた。

「同じ世界に融合したなら、同じ世界の住人になるはずだ。なぜ争う」

「融合は完全ではなかったのかもしれない」アルテフェインが言った。

「記録には"共存確立"とある。共存は、融和とは違う。同じ場所にいるが、一つにはなれなかった。だから——今も争っている」


エルクは壁の図を見た。


十三の円が重なっていた。


その円の一つが、今の世界だとすれば。残りの十二の円は、どこへ行ったのか。融合したのか。消えたのか。まだどこかにあるのか。


「俺たちの世界も」

エルクが言った。

「融合候補なのかもしれない」

部屋が静かになった。


重かった。

その言葉が、空気を変えた。


誰も反論しなかった。

できなかった。


奥の部屋に進んだ。

通路が続いていた。奥に扉があった。アルテフェインが開けた。

部屋があった。


ここも壁に文字があった。だが——文字だけではなかった。

棚があった。

石板が収納されていた。


資料だった。まとまった資料だった。

壁の文字より詳しく書かれた資料が、体系的に並べられていた。

アルテフェインが棚を見た。

一枚の石板を取り出した。


見た。


目が止まった。


「ここを見ろ」アルテフェインが言った。

ミレナンが来た。石板を見た。

「……新しい傷です」ミレナンが言った。

「石板が外された跡が、新しいです」

「何枚か持っていかれた。何の記録かはわからない」アルテフェインが言った。


壁に、黒い残滓があった。

魔力の跡だった。手で触れると、かすかに温かかった。最近のものだった。


「ノクトだ」エルクが言った。

「来ていたのか」シュウが言った。

「来ていた。そして何かを持ち去った」


アルテフェインが棚の前に立ったまま動かなかった。

「どの記録を持っていったかによって——意味が変わる。読まれたくない記録を持っていったのか。使いたい記録を持っていったのか。わからない」

「どちらだと思う」

アルテフェインが少し間を置いた。


「ノクトは目的のためにしか動かない。必要だから持っていった。つまり——ここに、ノクトが必要とする情報があった」

「それが何かは」

「わからない」アルテフェインが言った。


「だが——急がねばならない理由が、また一つ増えた」


夜になった。


遺跡の中で休んだ。


焚き火を起こした。

護衛賢者たちは離れた場所で休んでいた。アルテフェインは石板を読み続けていた。眠らないつもりらしかった。


ミレナンがアルテフェインの横で手伝っていた。しばらくしてミレナンが瞼を閉じた。座ったまま眠っていた。アルテフェインが何も言わずに上着を一枚、ミレナンの肩にかけた。

エルクはそれを見ていた。


「帰れると思うか」

シュウが言った。

突然だった。


焚き火を見たまま言った。

エルクは答えなかった。

答えが出なかった。


星門神殿で見た。東京を見た。オフィスを見た。仕事をしている自分を見た。あの自分は生きていた。死んでいなかった。

帰りたい、という気持ちがある。

でも。


エルクは焚き火を見た。

リアがいた。シュウがいた。ミレナンが眠っていた。アルテフェインが石板を読んでいた。

「わからない」エルクが言った。


「帰りたい気持ちはある。でも——」

「でも?」

言葉が出なかった。

シュウが「そうだな。俺もわからない。帰りたい。でも——ここにいる感じもある」と言った。

「教師だったんだろ」

「そうだ。子供たちが懐かしい。でも——」シュウが焚き火を見た。

「向こうでの俺は、何も知らない。ここで見たものを何も知らないまま、教室で笑ってる。それが、なんか」

「割り切れないか」

「割り切れない」


リアが何も言わなかった。

焚き火を見ていた。

炎が揺れた。


エルクはリアを見た。

リアは炎だけを見ていた。


深夜になった。


シュウが眠った。

エルクは眠れなかった。

一人で遺跡を歩いた。魔導灯を持って歩いた。通路を進んだ。壁の文字が続いていた。

ある壁の前で止まった。


まだ翻訳されていない部分だった。

手を触れた。


《残響》が動いた。

一瞬だった。


でも——来た。


映像だった。

空が割れていた。

音のない映像だった。でも——空が割れていた。地平線から地平線まで、空が裂けていた。裂け目から光が溢れていた。


地面が揺れていた。

人が走っていた。

倒れていた。

叫んでいた。

音がないのに、叫びが伝わってきた。


空から何かが降りてきた。


光の塊だった。

光が地面に触れた瞬間、何かが変わった。


地形が変わった。

木が消えた。別の木が現れた。

建物が消えた。別の建物が現れた。

人が消えた。別の人が現れた。

違う世界が、混ざっていた。

二つの世界が、一つになっていた。


境目はなかった。

なかったはずだった。

でも——傷跡があった。

見えない傷跡が、世界の至る所にあった。


かつて別の世界だった場所と場所の、継ぎ目が。

エルクは膝をついた。


壁から手を離した。


映像が消えた。

通路の静けさが戻った。


「これが」

エルクは呟いた。

「融合」


世界は最初からこの世界ではなかった。


今この世界に生きている者たちは、別々の世界から来た者たちの子孫だった。

だとすれば。

今また門が開けば——また同じことが起きる。


また誰かが、自分の世界を失う。

エルクは立ち上がった。


通路を戻った。

焚き火のそばに戻った。


座った。


炎を見た。

答えが出たわけではなかった。

でも——何かが、少し変わった気がした。


翌朝、調査を再開した。

アルテフェインは眠っていなかった。石板を読み続けていた。

ミレナンが「先生、眠ってください」と言った。

アルテフェインが「後で眠る」と言った。

ミレナンが「後でが来たことがないです」と言った。

アルテフェインが「今回は来る」と言った。


護衛賢者が戻ってきた。

一人が顔色を変えていた。


「報告があります」

全員が見た。

「北方より、軍勢が接近しています」

誰も動かなかった。


「何の軍だ」アルテフェインが言った。

護衛賢者が魔導望遠鏡を取り出した。

小型だった。水晶の筒だった。アルテフェインに渡した。

アルテフェインが覗いた。

渡した。エルクが覗いた。


山を越えていた。

軍勢だった。

整列していた。白銀の旗が見えた。

先頭に、一人がいた。


白銀の法衣だった。

赤い法冠だった。

「ライディスだ」エルクが言った。

リアが立ち上がった。

表情が変わった。無表情ではなかった。険しかった。

「来たか」リアが言った。


白銀の法衣が、朝の光を反射していた。

ライディスは馬の上にいた。


前を見ていた。


森の方向を見ていた。


その先に、門があることを知っていた。


側近が言った。「到着まで、あと半日ほどかかります。回収対象はどれを最優先にしますか」

ライディスは少し間を置いた。


「エルクを最優先にしろ」

側近が少し首を傾けた。「門よりもですか」

ライディスが前を向いたまま言った。「残響は門を超える」

「は」

「門を手に入れても使えなければ意味がない」ライディスが言った。

「残響があれば門は開ける。残響なしでは門は動かない。順番を間違えるな」

側近が頷いた。


「了解しました」

ライディスは前を見た。

森の向こうに、青白い光がかすかに見えた。


門だった。


第二の門が光っていた。


「ようやく見つけた」

ライディスは静かに言った。


何に向けた言葉なのか、側近にはわからなかった。

馬が進んだ。

軍勢が続いた。


白銀の旗が、朝の風に揺れた。


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