世界の傷跡 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
「全員離れろ」
アルテフェインが言った。
普段の声ではなかった。命令だった。
全員が後退した。護衛の賢者三名が前に出た。杖を構えた。魔法陣が展開した。
門の周囲に、薄い膜が張られていった。結界だった。一枚ではなかった。何層も重なっていた。
門は止まらなかった。
回転し続けていた。外側の輪と内側の輪が、逆向きに回り続けていた。文様が光っていた。裂け目が、わずかに開いたままだった。
向こう側の人影は、消えていた。
霧がかかっていた。景色が曖昧だった。何があるのか、見えなかった。
エルクは頭を押さえていた。
《残響》が鳴り続けていた。暴走ではなかった。でも——この門から、信号が来ていた。
星門神殿の門とは違う種類の信号だった。もっと機械的だった。感情がなかった。
「接続率三パーセント」
声が来た。
「世界同期中」
リアが言った。「また聞こえるのか」
「少しだけな」
「何が聞こえた」
エルクは答えた。
「接続率三パーセント、と言った。世界同期中、とも言った」
アルテフェインが振り返った。金色の目が光っていた。
「今何と言った」
「世界同期中、だ」
護衛の賢者たちがざわついた。
エルナト語だったが、ミレナンが訳してくれた。
「世界同期という単語は、古代語の記録にしか出てこない言葉だと言っています」ミレナンが言った。
「今のエルナトの言語では使われていない言葉で——先生の研究資料にも確か」
「ある」アルテフェインが言った。
「古代の記録に、一度だけ出てくる。だが——意味が解読できていなかった」
「今もわからないのか」
「わからない。だが——」アルテフェインが門を見た。
「ここに来ればわかるかもしれない」
アルテフェインが前に出た。
「地下へ行く」アルテフェインが言った。
「門の下を見ろ。必ず記録がある」
台座の周囲を調べた。
台座の側面に、扉があった。
石造りだったが、アルテフェインが杖を当てると開いた。
内側に階段があった。
下りた。
地下は広かった。
天井が低かった。でも空間が広かった。壁が広がっていた。部屋が続いていた。
壁に、文字が刻まれていた。
壁一面だった。
天井にも刻まれていた。
床にも刻まれていた。
この空間全体が、記録だった。
ミレナンが入った瞬間に、声が出た。
「本物です」
小さな声だった。でも震えていた。
「先生が見せてくれた教科書の——古代文明の記録と同じ書体です。現存する古代語の資料は世界で二十点ほどしかないと言われていて、その全部を先生の研究室で見たことがありますが、これはそのどれとも違う——ということは、新発見です。今まで誰も——」
「ミレナン」エルクが言った。
「はい」
「息して翻訳しろ」
ミレナンが大きく息を吸った。
「すみません。興奮しました」
シュウが笑った。「テンション高いな」
「だって千年以上前ですよ。…千年です。千年前の人間が書いた文字が、今ここにあるんです。感動しませんか」
「するけど、お前ほどはしない」シュウが言った。
「研究者なので」
リアが少し笑った。
エルクも少し笑った。
アルテフェインだけが笑っていなかった。壁の文字を見ていた。真剣な目だった。
「翻訳を」アルテフェインがミレナンに言った。
「ゆっくりでいい。一字一句、正確に」
「はい」ミレナンが壁に近づいた。
「始めます」
翻訳に時間がかかった。
ミレナンが壁を読んで、手帳に書いて、また壁を読んだ。護衛賢者の一人が手伝った。二人で確認し合いながら進んだ。
エルクは部屋を歩いた。
別の壁を見た。文字だけではなかった。図があった。円の図だった。円の外に円が重なっていた。その外にまた円があった。同心円ではなかった。互いに少し重なる形で並んでいた。
世界の図だ、と思った。
理由はわからなかった。でもそう思った。
シュウが図を指した。「これなんか見た気がしないか」
「アルテフェインの観測儀に似ている」
「そうだ。並行世界の図だ」
エルクはその図を見た。
円が重なっていた。
いくつあるか数えた。
十三だった。
「十三の世界か」
「かもしれない。それ以上あった可能性もある。これは一部かもしれない」
ミレナンが「翻訳できました」と言った。
全員が集まった。
ミレナンが手帳を開いた。
翻訳した文字が並んでいた。
ミレナンが読んだ。
「第一融合期——」
全員が首を傾けた。
「世界の統合を確認。住民移住完了。文明継続」
シュウが眉を寄せた。「世界の統合?」
「続きがあります」ミレナンが読んだ。
「新世界の形成を確認。在来種族との共存確立。門は閉鎖。次の融合期に備え、記録を残す」
部屋が静かになった。
「意味がわからん」シュウが言った。
「融合期って何だ。誰が統合したんだ。誰が次の融合期を想定してるんだ」
アルテフェインが静かに言った。
「やはりそうか」
全員がアルテフェインを見た。
アルテフェインは壁の文字を見ていた。
翻訳された部分ではなく、まだ翻訳されていない部分を見ていた。金色の目が、何かを読み取っていた。
ミレナンが言った。「先生、何か知っているんですか」
「仮説があった」アルテフェインが言った。
「証明できなかった。だが——これで証明できるかもしれない」
「何の仮説ですか」
「続きを読め」
ミレナンが壁に向き直った。




