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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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第二の門 (2)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

出発は翌朝だった。


午後、四人は街へ出た。

準備のためだった。保存食と、魔導灯の替え芯と、包帯を買う必要があった。

ミレナンが案内した。今日は地図を持っていた。昨日転んだ理由は本を持ちすぎていたからで、地図を持つ余裕がなかったのだと言った。

シュウが「それが問題じゃない」と言った。

ミレナンが「問題の一つではあります」と言った。


魔導市場を抜けた先の通りに、魔導列車の停留所があった。

列車が来た。

黒い車体だった。窓がついていた。

走る音がした。煙は出なかった。速かった。停留所に滑り込んで止まった。

乗客が降りた。

別の乗客が乗った。

また走り出した。


シュウが停留所の柵につかまって列車を見送った。

「乗りたいな」

「どこへ行くつもりだ」とエルクが言った。

「どこでもいい。乗りたい」

「帰りに乗ればいい」

「帰りがあるといいけどな」

冗談のような言い方だった。でも冗談ではなかった。エルクにはわかった。


街を歩いた。

空飛ぶ配達機が頭上を通った。小型の輸送艇だった。荷物を吊るしていた。ゆっくりと飛んで、建物の屋上に降りた。

浮遊街灯が、昼間でも薄く光っていた。

子供が走っていた。笑い声がした。

老人が椅子に座って日向ぼっこをしていた。

店主が店先に品物を並べていた。

いつもの街の昼だった。


エルクはその光景を見ながら歩いた。

レグルスとは違った。

戦争が、この街の奥まで染み込んでいなかった。

だから——守りたいと思っている人間がいる。この街を守ろうとしている人間が、確かにいる。

アルテフェインもその一人だった。

ミレナンも、その一人だった。


エルクは少し考えた。

帰りたい、という気持ちはある。

あの世界で生きている自分がいるとしたら、帰るべきかもしれない。

でも——この街の空気を、今まで感じたことがなかった。レグルスにいた頃には、なかった感触だった。


どこが自分の場所なのか、まだわからなかった。



翌朝、集合した。

賢者議会塔の前だった。

調査隊が揃っていた。


アルテフェイン。エルク。シュウ。リア。ミレナン。

それに護衛の賢者が三名いた。三人とも若かった。二十代に見えた。短い杖を持っていた。戦闘用の魔法が使えるらしかった。

「全員揃ったな」アルテフェインが言った。

「先生」ミレナンが言った。

「荷物は私が持ちます」

「いらない」

「でも先生の荷物は重そうで——」

「いらない」

「……はい」

出発した。


エルナトの城門を抜けた。街道を北に向かった。

しばらくは整備された道だった。石畳が続いた。馬車とすれ違った。


一時間ほど歩くと、道が変わった。

石畳がなくなった。砂利道になった。人の往来が減った。木が増えた。


「禁書森林というのは何だ」シュウがミレナンに聞いた。

「名前の由来は、古代語の禁断区域から来ています」ミレナンが言った。

「入ることを禁じられた森、という意味で、昔は本当に立入禁止でした。今は賢者の許可があれば入れます」

「何があるんだ」

「古代遺跡が多いです。魔物も多いです。普通の人間には危険な場所です」

「俺たちは普通じゃないのか」

「普通ではないと思います」

シュウが「褒めてるのか貶してるのかわからん」と言った。

リアが前を向いたまま言った。「どちらでもない。事実だ」


森に入った。

木が高かった。葉が密だった。昼間でも薄暗かった。地面に苔が生えていた。古い石があちこちに転がっていた。

自然の石ではなかった。加工された跡があった。かつて何かがあった場所だった。


魔物が出た。

草むらから、小型の獣型魔物が飛び出してきた。四体だった。エルクには初めて見る種類だった。


リアが大剣を抜いた。

一体目が来た。大剣が横に薙いだ。一体目が吹き飛んだ。

二体目が来た。大剣が縦に落ちた。二体目が止まった。

三体目が来た。大剣が——

「リア待て」シュウが言った。「俺にも当てさせてくれ」

「遅い」

三体目が止まった。


四体目が残っていた。シュウが短剣を抜いた。《レプリカ》を発動した。複製した短剣を投げた。四体目の目に当たった。止まった。

シュウが振り返った。「俺も戦える」

「一体だけだ」リアが言った。


ミレナンが後方で火球を構えていた。溜めたまま、使う機会がなかった。

「ミレナン、消せ」エルクが言った。

「もう終わったんですか」ミレナンが言った。

「消せ」

「はい」

火球が消えた。ミレナンが少し不満そうにした。


護衛の賢者三名は動いていなかった。動く必要がなかった。


歩きながら、エルクは《残響》に耳を傾けた。

ノイズではなかった。

誰かがいる、という感触だった。

先にいる。

この森の先に、何かがいる。

魔物の気配ではなかった。

人の気配だった。


いや——人ではなかった。

「アルテフェイン」エルクが言った。

「何だ」

「先に誰かいる気がする」

アルテフェインが足を止めた。

「どの方向だ」

「真っ直ぐ先だ」

アルテフェインが少し考えた。

「警戒しながら行く」

歩き続けた。


木が変わった。

古い木が増えた。幹が太かった。樹齢が長そうだった。根が地面に這い出していた。


石畳が現れた。

自然のものではなかった。整備された石畳だった。コケに覆われていたが、下に石があるのがわかった。誰かが作った道だった。

「古い道。この様子だと数百年は経っていますね」ミレナンが言った。

道を進んだ。


木が開けた。


広い場所に出た。

かつて広場だったらしい空間だった。中央に崩れた建物があった。柱が残っていた。屋根が落ちていた。石造りの台座が残っていた。台座の上に何かが乗っていた跡があった。今は何もなかった。


その先に。

あった。


巨大だった。

星門神殿の門より大きかった。


環状構造だった。石と黒い金属が組み合わさった輪だった。直径は十メートル以上あった。表面に幾何学的な文様が刻まれていた。地面から生えるように立っていた。台座があった。台座の周囲に古い魔法陣が刻まれていた。

光を放っていた。

弱い光だった。でも確かに光っていた。青白い光だった。


「これが」シュウが言った。

「第二の門だ」アルテフェインが言った。

全員が立ち止まった。


その場の空気が変わった。


エルクは門を見た。《残響》が反応した。静かな反応だった。でも——この場所に長く居続けた何かの重みが、伝わってきた。


リアが剣に手をかけた。

「先客がいる」リアが言った。

足元を見ていた。

地面に、足跡があった。


最近のものだった。土が新しかった。雨に流されていなかった。

足跡は一人分だった。


人間のものだった。

でも、その足跡の周囲の草の踏まれ方が——普通ではなかった。人間が歩いたものとは違う何かが、この場所に存在していた跡があった。

「魔族の痕跡だ」エルクが言った。

「まさか」シュウが言った。

「ノクトだ」

全員が緊張した。


アルテフェインが足跡を見た。「新しい。昨日か今日だ」

「追ってきたのか」リアが言った。

「先行していたのかもしれない」エルクが言った。

「星門神殿から来るより速い」

「あいつなら——」

言いかけたとき。


門が光った。

弱かった光が、一瞬で強くなった。

地面が揺れた。


「散れ」リアが言った。

全員が後退した。


門の輪が動いた。回転し始めた。ゆっくりと。外側の輪が内側の輪と逆向きに回った。文様が光り始めた。外側から内側へ。


エルクの頭の中に、声が来た。

《残響》ではなかった。

直接来た。

「鍵を確認」

機械的な声だった。感情がなかった。

「接続開始」

《残響》が暴走しかけた。


頭の中でノイズが爆発した。

「エルク」

リアの声だった。


エルクは膝をつかなかった。踏みとどまった。でも視界が揺れた。

「大丈夫か」

「待ってくれ」

《残響》を押さえた。流した。溢れてくる情報を、押さえるのではなく、流した。


少し収まった。

顔を上げた。


門を見た。

門が開いていた。


正確には——少しだけ開いていた。


輪の内側に、空間があった。ただの空間ではなかった。向こう側があった。向こう側の景色があった。

暗かった。


でも、人影があった。

人影が、こちらを見ていた。

誰なのかはわからなかった。

遠かった。暗かった。


でも——こちらを見ていた。

確かに、こちらを見ていた。


「アルテフェイン」エルクが言った。

アルテフェインが門を見ていた。

その顔が、いつもと違った。


平静を失いかけていた。アルテフェインが平静を失いかけている顔を、エルクは初めて見た。

「まずい」

アルテフェインが言った。


声が低かった。

「第二の門は——」

老人が言った。

「もう開き始めている」


門の光が、強くなっていた。


人影が、近づいていた。

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