第二の門 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
出発は翌朝だった。
午後、四人は街へ出た。
準備のためだった。保存食と、魔導灯の替え芯と、包帯を買う必要があった。
ミレナンが案内した。今日は地図を持っていた。昨日転んだ理由は本を持ちすぎていたからで、地図を持つ余裕がなかったのだと言った。
シュウが「それが問題じゃない」と言った。
ミレナンが「問題の一つではあります」と言った。
魔導市場を抜けた先の通りに、魔導列車の停留所があった。
列車が来た。
黒い車体だった。窓がついていた。
走る音がした。煙は出なかった。速かった。停留所に滑り込んで止まった。
乗客が降りた。
別の乗客が乗った。
また走り出した。
シュウが停留所の柵につかまって列車を見送った。
「乗りたいな」
「どこへ行くつもりだ」とエルクが言った。
「どこでもいい。乗りたい」
「帰りに乗ればいい」
「帰りがあるといいけどな」
冗談のような言い方だった。でも冗談ではなかった。エルクにはわかった。
街を歩いた。
空飛ぶ配達機が頭上を通った。小型の輸送艇だった。荷物を吊るしていた。ゆっくりと飛んで、建物の屋上に降りた。
浮遊街灯が、昼間でも薄く光っていた。
子供が走っていた。笑い声がした。
老人が椅子に座って日向ぼっこをしていた。
店主が店先に品物を並べていた。
いつもの街の昼だった。
エルクはその光景を見ながら歩いた。
レグルスとは違った。
戦争が、この街の奥まで染み込んでいなかった。
だから——守りたいと思っている人間がいる。この街を守ろうとしている人間が、確かにいる。
アルテフェインもその一人だった。
ミレナンも、その一人だった。
エルクは少し考えた。
帰りたい、という気持ちはある。
あの世界で生きている自分がいるとしたら、帰るべきかもしれない。
でも——この街の空気を、今まで感じたことがなかった。レグルスにいた頃には、なかった感触だった。
どこが自分の場所なのか、まだわからなかった。
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翌朝、集合した。
賢者議会塔の前だった。
調査隊が揃っていた。
アルテフェイン。エルク。シュウ。リア。ミレナン。
それに護衛の賢者が三名いた。三人とも若かった。二十代に見えた。短い杖を持っていた。戦闘用の魔法が使えるらしかった。
「全員揃ったな」アルテフェインが言った。
「先生」ミレナンが言った。
「荷物は私が持ちます」
「いらない」
「でも先生の荷物は重そうで——」
「いらない」
「……はい」
出発した。
エルナトの城門を抜けた。街道を北に向かった。
しばらくは整備された道だった。石畳が続いた。馬車とすれ違った。
一時間ほど歩くと、道が変わった。
石畳がなくなった。砂利道になった。人の往来が減った。木が増えた。
「禁書森林というのは何だ」シュウがミレナンに聞いた。
「名前の由来は、古代語の禁断区域から来ています」ミレナンが言った。
「入ることを禁じられた森、という意味で、昔は本当に立入禁止でした。今は賢者の許可があれば入れます」
「何があるんだ」
「古代遺跡が多いです。魔物も多いです。普通の人間には危険な場所です」
「俺たちは普通じゃないのか」
「普通ではないと思います」
シュウが「褒めてるのか貶してるのかわからん」と言った。
リアが前を向いたまま言った。「どちらでもない。事実だ」
森に入った。
木が高かった。葉が密だった。昼間でも薄暗かった。地面に苔が生えていた。古い石があちこちに転がっていた。
自然の石ではなかった。加工された跡があった。かつて何かがあった場所だった。
魔物が出た。
草むらから、小型の獣型魔物が飛び出してきた。四体だった。エルクには初めて見る種類だった。
リアが大剣を抜いた。
一体目が来た。大剣が横に薙いだ。一体目が吹き飛んだ。
二体目が来た。大剣が縦に落ちた。二体目が止まった。
三体目が来た。大剣が——
「リア待て」シュウが言った。「俺にも当てさせてくれ」
「遅い」
三体目が止まった。
四体目が残っていた。シュウが短剣を抜いた。《レプリカ》を発動した。複製した短剣を投げた。四体目の目に当たった。止まった。
シュウが振り返った。「俺も戦える」
「一体だけだ」リアが言った。
ミレナンが後方で火球を構えていた。溜めたまま、使う機会がなかった。
「ミレナン、消せ」エルクが言った。
「もう終わったんですか」ミレナンが言った。
「消せ」
「はい」
火球が消えた。ミレナンが少し不満そうにした。
護衛の賢者三名は動いていなかった。動く必要がなかった。
歩きながら、エルクは《残響》に耳を傾けた。
ノイズではなかった。
誰かがいる、という感触だった。
先にいる。
この森の先に、何かがいる。
魔物の気配ではなかった。
人の気配だった。
いや——人ではなかった。
「アルテフェイン」エルクが言った。
「何だ」
「先に誰かいる気がする」
アルテフェインが足を止めた。
「どの方向だ」
「真っ直ぐ先だ」
アルテフェインが少し考えた。
「警戒しながら行く」
歩き続けた。
木が変わった。
古い木が増えた。幹が太かった。樹齢が長そうだった。根が地面に這い出していた。
石畳が現れた。
自然のものではなかった。整備された石畳だった。コケに覆われていたが、下に石があるのがわかった。誰かが作った道だった。
「古い道。この様子だと数百年は経っていますね」ミレナンが言った。
道を進んだ。
木が開けた。
広い場所に出た。
かつて広場だったらしい空間だった。中央に崩れた建物があった。柱が残っていた。屋根が落ちていた。石造りの台座が残っていた。台座の上に何かが乗っていた跡があった。今は何もなかった。
その先に。
あった。
巨大だった。
星門神殿の門より大きかった。
環状構造だった。石と黒い金属が組み合わさった輪だった。直径は十メートル以上あった。表面に幾何学的な文様が刻まれていた。地面から生えるように立っていた。台座があった。台座の周囲に古い魔法陣が刻まれていた。
光を放っていた。
弱い光だった。でも確かに光っていた。青白い光だった。
「これが」シュウが言った。
「第二の門だ」アルテフェインが言った。
全員が立ち止まった。
その場の空気が変わった。
エルクは門を見た。《残響》が反応した。静かな反応だった。でも——この場所に長く居続けた何かの重みが、伝わってきた。
リアが剣に手をかけた。
「先客がいる」リアが言った。
足元を見ていた。
地面に、足跡があった。
最近のものだった。土が新しかった。雨に流されていなかった。
足跡は一人分だった。
人間のものだった。
でも、その足跡の周囲の草の踏まれ方が——普通ではなかった。人間が歩いたものとは違う何かが、この場所に存在していた跡があった。
「魔族の痕跡だ」エルクが言った。
「まさか」シュウが言った。
「ノクトだ」
全員が緊張した。
アルテフェインが足跡を見た。「新しい。昨日か今日だ」
「追ってきたのか」リアが言った。
「先行していたのかもしれない」エルクが言った。
「星門神殿から来るより速い」
「あいつなら——」
言いかけたとき。
門が光った。
弱かった光が、一瞬で強くなった。
地面が揺れた。
「散れ」リアが言った。
全員が後退した。
門の輪が動いた。回転し始めた。ゆっくりと。外側の輪が内側の輪と逆向きに回った。文様が光り始めた。外側から内側へ。
エルクの頭の中に、声が来た。
《残響》ではなかった。
直接来た。
「鍵を確認」
機械的な声だった。感情がなかった。
「接続開始」
《残響》が暴走しかけた。
頭の中でノイズが爆発した。
「エルク」
リアの声だった。
エルクは膝をつかなかった。踏みとどまった。でも視界が揺れた。
「大丈夫か」
「待ってくれ」
《残響》を押さえた。流した。溢れてくる情報を、押さえるのではなく、流した。
少し収まった。
顔を上げた。
門を見た。
門が開いていた。
正確には——少しだけ開いていた。
輪の内側に、空間があった。ただの空間ではなかった。向こう側があった。向こう側の景色があった。
暗かった。
でも、人影があった。
人影が、こちらを見ていた。
誰なのかはわからなかった。
遠かった。暗かった。
でも——こちらを見ていた。
確かに、こちらを見ていた。
「アルテフェイン」エルクが言った。
アルテフェインが門を見ていた。
その顔が、いつもと違った。
平静を失いかけていた。アルテフェインが平静を失いかけている顔を、エルクは初めて見た。
「まずい」
アルテフェインが言った。
声が低かった。
「第二の門は——」
老人が言った。
「もう開き始めている」
門の光が、強くなっていた。
人影が、近づいていた。




