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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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世界の向こう側 (2)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

走りながら、エルクの頭の中に光景が来た。


《残響》だった。


制御できなかった。


東京だった。


オフィスだった。

モニターが並んでいた。キーボードの音がした。誰かが話していた。笑い声がした。仕事の話だった。締め切りの話だった。誰かがコーヒーを持ってきた。


自分がいた。


デスクに座っていた。モニターを見ていた。何かを作っていた。ゲームだった。開発中のゲームだった。画面の中のキャラクターが動いていた。


その光景が、リアルだった。

夢ではなかった。

記憶だった。

自分の記憶だった。


「エルク」

リアの声だった。


気づいたとき、足が止まっていた。

走っていなかった。


広間の中央に立っていた。

機兵の崩壊で生じた煙の中に、立っていた。

天井が落ちてくる音がした。

動けなかった。

体が重かった。《残響》が引っ張っていた。東京の光景が引っ張っていた。


腕を掴まれた。

リアだった。

「動け」

リアが引っ張った。


動けなかった。


リアが引っ張り続けた。力が強かった。エルクの体が、引かれた方向に動いた。

一歩踏み出した。

《残響》が薄くなった。


二歩踏み出した。

もう一歩踏み出した。

走れた。


リアが手を離さなかった。引きながら走った。出口が見えた。


光が見えた。

外の光だった。


外に出た。

谷の入り口だった。

朝だった。空が白くなり始めていた。冷たい空気が来た。


全員が足を止めた。

振り返った。


谷の中に、神殿があった。いや——あった、だった。崩れていた。音がした。轟音が来た。谷全体が揺れた。


神殿が、山に飲み込まれていった。

粉塵が上がった。

夜明けの空に、白い煙が広がった。


静かになった。


谷に、残骸だけが残った。


門は、再び眠った。


ノクトが谷の縁に立っていた。

崩壊を見ていた。


エルクたちが近づいた。ノクトが振り返らなかった。

「礼を言うべきか」エルクが言った。

「いらない」ノクトが言った。

「私の目的のために動いただけだ」

「死なれると困る、と言っていたな」

「そうだ」

「なぜだ」

ノクトが少し間を置いた。振り返らなかった。

「お前がいなければ、門は開かない。私の目的のためには、お前が必要だ」

「正直だな」

「嘘をつく理由がない」

シュウが腕を組んだ。

「敵なのに嘘をつかないのか」

「嘘は効率が悪い」

「効率か」

「そうだ」


リアが前に出た。大剣に手をかけた。

「一つだけ聞く。お前の目的で、世界が融合する。それでいいのか」リアが言った。

ノクトが振り返った。


金色の目がリアを見た。

「それがどういう意味かは、まだお前には説明できない」

「なぜだ」

「お前が知れば、邪魔をする」

「最初から邪魔をしている」


「そうだな」ノクトが言った。少し何かが動いた顔だった。

感情とは言えなかった。でも、何かがあった。

「邪魔をしてくれて構わない。お前たちが邪魔をした結果が、私の望む結果と一致するかもしれない」

「どういう意味だ」

「いずれわかる」

ノクトが谷の向こうを向いた。

去る気配だった。


リアが言った。

「次に会う時は敵だ」

ノクトが少し笑った。


「最初から敵だ」リアが言った。

「そうだな」ノクトが言った。

「だが——お前たちとは、また会う。その時に話せるかもしれない」

去り際に、一度だけリアを見た。


何かを言いかけた。


言わなかった。


消えた。


その夜、山中で焚き火を囲んだ。

全員疲れていた。誰も話さなかった。しばらく炎を見ていた。


ミレナンが先に口を開いた。「生きてます」

「生きてる」シュウが言った。

「よかったです」

「本当によかった」

シュウが焚き火に枝を入れた。炎が少し大きくなった。


「帰れるなら帰りたい」

シュウが言った。


静かだった。


重い言葉ではなかった。力んでいなかった。ただ、思っていることを言った、という声だった。


ミレナンが少し黙った。焚き火を見た。その横顔に、何かがあった。

寂しさに近い何かだった。でも何も言わなかった。

リアも黙っていた。

エルクも黙っていた。


しばらく、炎だけが音を立てた。

リアが焚き火に手をかざした。

「元の世界は…そんなに良い場所なのか」

問いかけではなかった。本当に知りたい、という声だった。


シュウが少し考えた。

「良いかどうかはわからない。でも——知ってる場所だ。俺の場所だ」

「俺の場所か」リアが繰り返した。

「そうだ」

リアが焚き火を見た。

「私には」リアが言った。

静かな声だった。

「帰る場所なんてない」


全員が黙った。


リアが続けた。

「王都はもう私の場所じゃない。故郷もない。レグルスを止めようとすれば、どこへ行っても追われる。エルナトにいられる保証もない」

炎が揺れた。


「この世界で戦い続けることだけが、私にできることだ。だから——」

リアが口を閉じた。

それ以上言わなかった。


エルクは焚き火を見ていた。

リアの横顔を、ちらりと見た。


門に触れた光景が頭の中に残っていた。

幼いリアが、通りの中に立っていた。

魔物の前に立った背中があった。

笑っていた背中があった。


大丈夫だ、という声があった。

その人が、リアの「場所」だったのかもしれないと思った。

名前も顔も知らない人が。


でも何も言わなかった。

言える立場ではなかった。


ミレナンが膝を抱えて焚き火を見ていた。

シュウが空を見上げていた。

星が出ていた。


エルナトの星より少なかった。山の上だったが、雲が少しかかっていた。


誰も何も言わなかった。

炎だけが、静かに燃えていた。



翌朝、エルナトに戻った。

アルテフェインは塔にいた。

観測儀の前だった。いつもの場所だった。


四人が入ると、振り返った。金色の目がエルクを見た。

「生きていたか」

「生きていますが、先生のおかげで色々と——」ミレナンが言った。

「報告しろ」アルテフェインが言った。

ミレナンが口を閉じた。


エルクが話した。

門番機兵のこと。ノクトが現れたこと。扉が開いたこと。

無数の世界を見たこと。声が聞こえたこと。

「世界を選べ」という言葉のこと。神殿が崩壊したこと。

全部話した。


アルテフェインは黙って聞いた。

途中で止めなかった。質問しなかった。


エルクが話し終えた。


沈黙があった。


長かった。


アルテフェインが観測儀を見た。

エルナトの点を見た。


星門神殿の崩壊で、活性化が収まっていた。点の光が弱くなっていた。眠りに戻りつつあった。


だが。


アルテフェインの目が、別の点へ移った。


星門神殿の点ではなかった。

もう一つの点だった。


エルナトの中に、もう一つの点があった。

その点が——脈を打っていた。


「先生」ミレナンが言った。

「何か知っているんですか」

「知っていることと、知らないことがある」アルテフェインが言った。

「声の正体は——私にもわからない。だが」

老人が観測儀から離れた。

地図の前に立った。

「急がねばならん」

アルテフェインが言った。


全員がアルテフェインを見た。

「エルナト第二の門が目覚め始めている」

部屋が静かになった。

「第二の、門」エルクが言った。

「そうだ」アルテフェインが地図を指した。


「星門神殿の門は崩壊で再び眠った。だが——エルナト国内の別の場所に、もう一つの門がある」

「エルナトに、まだあったのか」

「確認されているだけで、エルナト内に二つ存在する」アルテフェインが言った。


「一つが動けば、もう一つも連動して動く。星門神殿が起動したことで——第二の門が目を覚ました」

「場所は」

アルテフェインが地図の上に指を置いた。


星門神殿より、さらに奥だった。

エルナト北東部の、深い山岳地帯だった。


「ここだ」アルテフェインが言った。


「既に反応が始まっている。そして——」

老人が少し間を置いた。


「ノクトもそこへ向かっている可能性が高い」


リアが地図を見た。

シュウが地図を見た。

ミレナンが地図を見た。

エルクは地図を見てから、アルテフェインを見た。


「行くのか」シュウが言った。

「お前たちが決めることだ」アルテフェインが言った。

エルクは地図を見た。


エルナト北東部。

星門神殿よりさらに奥。

エルナト第二の門が眠っている。


目覚め始めている。

そしてノクトがそこへ向かっている。


「わかった」

エルクが言った。


「行く」

エルナトにもう一つ門があることがわかった。

そして、第三章終盤へ物語は進む。


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