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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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世界を選べ (2)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

光に飲まれた。

足元が消えた。床がなくなった。壁がなくなった。天井がなくなった。神殿がなくなった。


残ったのは、光だけだった。

青白い光の中に、四人がいた。


体はあった。手を見ると見えた。でも地面がなかった。浮いているのか、立っているのか、わからなかった。


「エルク」シュウの声だった。

「聞こえるか」

「聞こえる」

「リアは」

「いる」リアの声だった。


「ミレナンは」

「います」ミレナンの声だった。

少し震えていた。「これは何ですか」

「わからない」エルクが言った。


光が変わり始めた。


薄くなった。薄くなった先に、色が見え始めた。形が見え始めた。

景色だった。


最初に見えたのは、空だった。

青い空だった。


雲があった。鳥が飛んでいた。

地面があった。緑の地面だった。草原だった。


人がいた。街があった。木造の建物が並んでいた。馬車が走っていた。

知らない世界だった。


次の瞬間、景色が変わった。

煙が上がっていた。鉄の塔が立っていた。地面を走る機械があった。煙を吐きながら走っていた。服装が違った。言葉が聞こえたが、エルクには聞き取れなかった。


また変わった。

水だった。

海の中だった。都市が海の底に沈んでいた。建物が藻に覆われていた。魚が泳いでいた。かつて人が生きていた場所が、今は海の底にあった。


また変わった。

空に都市が浮いていた。

建物が空中に並んでいた。橋が空を渡っていた。人が歩いていた。


また変わった。

焦土だった。

何もなかった。建物の残骸があった。人の影がなかった。空が赤かった。


景色が次々と変わった。


一つ一つに、世界があった。一つ一つに、歴史があった。一つ一つに、そこで生きた命があった。


無数だった。


数えられなかった。


「これが」ミレナンが言った。声が震えていた。「並行世界——」


「全部、本物だ。どれも本物の世界だ」エルクが言った。


《残響》が静かに鳴っていた。


ここにいると、すべてが受け取れた。

一つずつなら、エルクは耐えられた。

無限に続くそれを、少しずつ受け取れた。


壊れていない理由が、少しわかった気がした。

全部を一度に受け取ろうとするから壊れる。流せば、耐えられる。


景色が、一つで止まった。

夜だった。


高い建物が並んでいた。ガラスの外壁が夜の光を反射していた。地面に光の線が走っていた。道路だった。車が走っていた。信号が変わった。人が渡った。


東京だった。


エルクは足を止めた。

正確には、足を止める床がなかった。でも、動くことをやめた。


景色の中に、人がいた。

一人の男がいた。

スーツを着ていた。ビルの入り口から出てきた。ネクタイが少し緩んでいた。仕事帰りだった。スマホを見ながら歩いていた。画面に何かが映っていた。


その男の顔を見た瞬間、エルクは息を止めた。


自分だった。


年齢は20代後半くらいだった。顔が同じだった。髪型が少し違った。でも同じ人間だった。

その男は、生きていた。

死んでいなかった。

消えていなかった。


東京の夜を、普通に歩いていた。

スマホから顔を上げた。信号が赤だった。立ち止まった。

空を見上げた。夜空を見た。何かを考えているような顔だった。

その顔が——どこか、疲れていた。


疲れていたが、絶望してはいなかった。

何かを探しているような顔だった。


信号が青になった。

男が歩き始めた。人混みに消えた。


エルクはその背中を見ていた。

「俺が——」

言葉が出なかった。

生きている。


あの世界で、自分が生きている。

召喚された。この世界に来た。では向こうにいる自分は、何なのか。

消えたわけではなかった。


向こうで、まだ生きていた。

では——この自分は、何なのか。


答えが出なかった。


出ないまま、景色が変わった。

小学校だった。

校庭だった。

昼間だった。子供たちが走っていた。笑い声が聞こえた。体育の授業だった。笛の音がした。

一人の男が立っていた。

シュウだった。


今のシュウとほぼ同じ顔だった。ジャージを着ていた。笛を持っていた。子供たちを見ていた。

笑っていた。

子供が転んだ。シュウが駆け寄った。膝を擦った子供の頭を撫でた。何かを言った。聞こえなかった。でも子供が笑った。シュウも笑った。

そのシュウも、生きていた。


普通に生きていた。

教師として生きていた。


「シュウ」エルクが言った。

シュウの声がした。「見えてる」

それだけだった。

それ以上言わなかった。


エルクはシュウを見た。

シュウは景色を見ていた。


校庭を見ていた。自分が笑っている景色を見ていた。口を一文字に結んでいた。何かを堪えていた。

笑ってはいなかった。

でも泣いてもいなかった。

ただ——見ていた。


エルクは何も言わなかった。

シュウが何かを言う必要があるなら、シュウが言う。言わないなら、言わなくていい。


景色が変わった。

今度は、リアだった。


異世界ではなかった。


この世界だった。


王都だった。石造りの街だった。レグルスの王都だった。広い通りがあった。馬車が走っていた。人が歩いていた。


子供がいた。

七歳か八歳の少女だった。赤みがかった長い髪だった。

リアだった。


幼いリアが、通りの脇に立っていた。一人だった。周囲に人はいたが、護衛はいなかった。迷子のようだった。

遠くから、何かが来た。


音だった。怒号だった。

魔物だった。


石造りの建物の影から、魔物が出てきた。大きかった。人々が逃げた。幼いリアが立ち尽くした。足が動いていなかった。


魔物が近づいた。

そこへ。


誰かが来た。

走ってきた。


幼いリアと魔物の間に、立った。

背中だった。


顔は見えなかった。

背中だけが見えた。


大柄ではなかった。でも、揺れていなかった。揺れない背中だった。魔物の前に立っても、揺れなかった。

その人物が、幼いリアを見て振り返った。


一瞬だけ、顔が見えそうになった。

見えなかった。

光が邪魔をした。逆光だった。


でも——笑っていることだけは、わかった。

声が聞こえた。

「大丈夫だ」


声だけ聞こえた。

「俺は勇者だからな」

幼いリアが、その背中を見ていた。


今のリアが、その景色を見ていた。

エルクはリアを見た。

リアは何も言わなかった。


その顔に、普段の無表情はなかった。

何かがあった。

言葉にならない何かが、リアの顔にあった。


景色が消えた。


光だけになった。

そこへ。


声が来た。


人間の声ではなかった。

男でも女でもなかった。

老人でも子供でもなかった。


この世界のどこから来ているのか、わからなかった。

「世界を選べ」

声が言った。


「世界を選べ」

もう一度言った。

「門はそのためにある」


全員が聞いていた。


エルクも、シュウも、リアも、ミレナンも。

「何だこれ」シュウが言った。

「わからない」エルクが言った。

「門が話しているのか」

「わからない」

「世界を選べって——どういう意味だ」

答えが出なかった。


その声は説明をしなかった。

ただ言った。

「世界を選べ」

「門はそのためにある」

それだけだった。


エルクは光の中に立っていた。

無数の世界を見た後だった。


向こうで生きている自分を見た後だった。

世界を選べ。

どの世界を選ぶのか。


元の世界か。この世界か。それとも、光の中で見た無数の世界のどれかか。

答えがなかった。


答えを出す前に、別の声が来た。

《残響》の外から来た声だった。

現実の声だった。

「離れろ」

ノクトの声だった。


だが——その声に、初めて何かがあった。

余裕がなかった。

ノクトが、焦っていた。


神殿が揺れた。

現実に引き戻された。

光が薄くなった。床が戻ってきた。壁が戻ってきた。天井が戻ってきた。

神殿の中だった。

扉の前だった。

扉が激しく光っていた。制御できていない光り方だった。床の魔法陣が乱れていた。壁の文字が点滅していた。


天井から石が落ちた。

「崩れる」リアが言った。

「出口へ」エルクが言った。

ノクトが横を走り抜けた。

「待て。お前も逃げるのか」エルクが言った。

「黙ってついてこい」ノクトが言った。

振り返らなかった。

走り続けた。


「信用できるのか」シュウが言った。

天井からもう一つ石が落ちた。床に亀裂が入った。

「今は信用する」エルクが言った。


四人が走った。

ノクトが前を走っていた。


来た道を戻っていた。広間。通路。階段。

崩落の音が追いかけてきた。


壁が崩れた。天井が落ちた。床に亀裂が走った。

ミレナンが走りながら叫んだ。「先生に怒られます、絶対に」

「今は走れ」エルクが言った。

「走ってます!」

石の破片が足元に落ちた。


シュウがミレナンの腕を引いた。「こっちだ」

ノクトが角を曲がった。

四人が続いた。

地上へ続く階段が見えた。

光が見えた。

外の光だった。

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