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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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世界を選べ (1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

誰も動かなかった。


ノクトが暗がりの中に立っていた。リアが大剣に手をかけていた。シュウが少し前に出ていた。ミレナンがエルクの後ろで息を殺していた。


扉が後ろにあった。

世界を選べ、という文字が、扉の上で光っていた。


「魔王軍の幹部が、なんでこんな場所にいる」

シュウが言った。


ノクトが少し笑った。

「その質問には答えられる」

ノクトが言った。「だが先に聞こう」


金色の瞳が、エルクを見た。

「お前たちは何故帰りたい」

部屋が静かになった。


帰りたい。その言葉が、この神殿の空気に溶けた。

さっき聞いた歴代勇者の声と重なった。帰りたい、という声と。開けるな、という声と。

「元いた世界だからだ」

エルクが答えた。


ノクトが首を振った。

「違う」

「何が違う」

「お前はまだ思い出していないだけだ」

ノクトが言った。それ以上説明しなかった。


エルクはノクトを見た。意味がわからなかった。

思い出していない、とはどういう意味か。自分が何を思い出していないのか。

「説明しろ」

「今はできない」ノクトが言った。


「だが——お前はいずれわかる。残響がそこまで届けば」

リアが大剣を少し引いた。引いたが、手は離さなかった。


「戦いに来たのではないと言ったな。目的は何だ」リアが言った。

「見物だと言った」

「本当のことを言え」

ノクトが少し間を置いた。


「扉の向こうを見たかった」ノクトが言った。

「何度もここへ来た。だが開かなかった。残響の器がなければ、この扉は開かない」

「だから俺たちを待っていたのか」

「待っていた」ノクトが言った。「ここへ来ると思っていた。アルテフェインが動けば、必ずここへ向かう」

「それで、見物か」

「見物だ」


シュウが腕を組んだ。

「随分余裕だな」

ノクトが静かに言った。

「余裕ではない。長い時間をかけてきた。それだけだ」


ノクトが一歩前に出た。


リアが大剣を構えた。


「待て。話がある」ノクトが言った

「聞く理由があるか」

「ある。エルクに関係する話だ」

リアがエルクを見た。エルクが頷いた。リアが構えを解かないまま、少し下がった。

ノクトがエルクを見た。

「残響の器は、これまでに何人いたか知っているか」

「記録では数人だ」エルクが答えた。


「アルテフェインの資料にあった」

「記録に残っているのはそれだけだ」ノクトが言った。

「だが実際はもっと多い。記録に残らなかった者がいる。早々に壊れた者たちだ」

「壊れた」

「残響は無限の世界から情報を受け取る力だ」ノクトが言った。


「一つの世界の記憶しか持てない人間の脳に、無限の世界の情報が流れ込む。耐えられるはずがない」

「だから発狂した」

「発狂した。暴走した。自我を失った。レグルスが残響を恐れる理由はそこだ。ライディスが残響を欲しながら恐れる理由もそこだ。使えば壊れる。だから慎重になる」


エルクは少し考えた。

「俺は壊れていない」

「そうだ」

「なぜかはわからないと言いたいのか」


「わからない。だから価値がある」

その言葉が、少し刺さった。

価値がある。

兵器として価値がある、ということではなかった。

ノクトの言い方は違った。

でも——壊れていないから価値がある、という構造は、レグルスの論理と変わらなかった。


「俺は価値のために存在しているわけじゃない」

エルクが言った。

ノクトが少し間を置いた。

「そうだな」あっさりと言った。「そこは同意する」


シュウが「同意するのか」と小声でエルクに言った。エルクも少し意外だった。

「お前の存在の意味を、私が決める権限はない」ノクトが言った。

「ただ——壊れていない器が現れたことは、事実として重要だ。私にとっても、この世界にとっても」

「お前の目的のためにも、ということか」

「そうだ」

「門を開きたいという目的か」

ノクトが少し目を細めた。

「それは半分だ」

「半分?」

ノクトは答えなかった。

「今は話せない」それだけ言った。


その時、神殿全体が微かに揺れた。

床の魔法陣が光った。壁の文字が輝いた。天井の魔法陣が波のように動いた。

《残響》が、エルクの中で大きく動いた。

暴走ではなかった。でも——強かった。この場所が何かに反応していた。エルクがここにいることで、この神殿が目を覚ましつつあった。


「扉に近づいてみろ」ノクトが言った。

「なぜ」

「試せ」

エルクはノクトを見た。罠かもしれなかった。でも——ノクトが嘘をついているとは思えなかった。この男は戦いに来ていなかった。何かを見たくて来ていた。


エルクは扉に向かって歩いた。

一歩。二歩。三歩。

《残響》が強くなった。


五歩。六歩。

頭の奥でノイズが来た。暴走ではなかった。でも、これまでとは種類が違うノイズだった。この扉の向こうから来ていた。

向こう側が、エルクを認識している感触があった。


ミレナンが言った。「扉の紋様が——」

振り返らなかった。

扉に手を触れた。


黒みがかった石の感触だった。冷たかった。

その瞬間。

光が走った。


扉の表面全体が光った。紋様が一つ一つ順番に光った。外側から内側へ向かって。中心に向かって。集まって。

轟音が来た。


石が動く音だった。何百年も動かなかった石が、今初めて動く音だった。

「ありえない」

ミレナンが言った。

「ありえないです。今の反応は——門の反応と同じです。残響が鍵になっています。アルテフェイン先生の仮説が——」

扉が開いた。


光が来た。

青白い光だった。眩しかった。目を細めた。でも閉じなかった。


光の中に、何かがあった。

扉の向こうに、空間があった。


空間の奥に、門があった。

あの山の廃砦で見たものと、同じ構造だった。円環だった。黒い金属の輪。表面を覆う幾何学文字。青白い光を放つ浮遊する文字。


だがこれは、あの門より大きかった。

直径が、倍以上あった。

光が強かった。


「行くのか」シュウが言った。

「行く」

「危ないぞ」

「お前たちは——」

「行く」シュウが言った。話を聞かなかった。

「当たり前だろ」

リアがすでに動いていた。前に歩いていた。

ミレナンが荷物を持ち直した。「私も行きます」


エルクは少し黙った。

「わかった」

四人で、扉の中へ入った。

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