星門神殿 (2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
リアが前衛に出た。
最初の一体の剣を大剣で受けた。弾かなかった。受け流した。
勢いを殺して横に逸らした。昨日の星骸獣より洗練されていた。動きを見てから対応していた。
「エルク」
「見えてる」
エルクは広間全体を視野に入れた。《残響》を広げた。
十二体の動きの気配が、薄く流れ込んでくる。完全ではなかった。でも一瞬先が、わかった。
「シュウ、右の二体が同時に来る。一体目を右へ流せ。二体目は目を狙え」
シュウが右を向いた。《レプリカ》を発動した。短剣が複製された。
一体目が来た。右に躱した。流れた。
二体目の目に短剣を投げた。光が消えた。
止まった。
「ミレナン、左の三体。真ん中が先に動く。動いた瞬間に撃て」
ミレナンが左を向いた。火球を溜めた。真ん中の一体が動いた瞬間に撃った。命中した。残り二体がひるんだ。リアが来て二体を同時に薙いだ。
「リア、後ろに二体来る」
リアが振り返らずに後退した。後退しながら振り向いた。来た二体を迎え撃った。大剣が一体の核を直撃した。もう一体の剣を弾いた。
数が減っていった。
九体。六体。四体。
以前より速かった。
以前より無駄がなかった。
指示を出す前に動けている場面が増えていた。
リアは言われなくても後衛を守る位置に入った。
シュウは複製を惜しまず使った。
ミレナンは指示のタイミングを待つようになっていた。
残り二体になったとき、エルクは指示を出さなかった。
三人が自分で動いた。
リアが左を取った。シュウが右を取った。ミレナンが後方から牽制した。二体が同時に止まった。
静かになった。
「指示なしでできたな」エルクが言った。
「なんとなくわかってきた」シュウが言った。
「リアさんが動くと、自然とスペースができるんですよね」ミレナンが言った。
「それに合わせると上手くいく気がします」
リアが何も言わなかった。でも、わずかに頷いた。
奥から音がした。
重い音だった。
床が震えた。
広間の奥の壁に、亀裂が入った。
壁が割れた。内側から押し出されるように、何かが出てきた。
大型だった。
通常の門衛兵の倍はあった。四メートル近かった。
同じ形をしていたが、全身の装甲が厚かった。核も大きかった。胸部だけでなく、両肩にも副核があった。
「大型か」リアが構えを変えた。
「三つ核がある」エルクが言った。
「全部壊さないと止まらないかもしれない」
「全部壊せるか」
「試す」
大型門衛兵が動いた。
速かった。大きさの割に、速かった。
リアが前に出た。剣を大剣で受けた。
今度は受け流せなかった。
力で押された。
足が後退した。二歩、三歩。
「重い」
シュウが複製した短剣を投げた。
副核に当たった。傷がついた。
貫通しなかった。
「硬い」とシュウが言った。
「足を止める必要がある」エルクが言った。
シュウが少し考えた。
「足を止める、か」
シュウが周囲を見た。床に、倒れた門衛兵の残骸があった。
残骸の中に、鎖状の部品があった。
《レプリカ》。武器だけではなかった。
右手に鎖を持った。左手に複製された鎖が現れた。
シュウが大型門衛兵の足元に走り込んだ。
鎖を足に巻いた。複製した鎖で反対側を固定した。
大型門衛兵の足が、絡んだ。動きが鈍った。
「今だ」エルクが言った。
リアが飛び込んだ。大剣を副核に叩き込んだ。副核が割れた。
大型門衛兵がよろめいた。
「もう一方の副核、左肩」エルクが言った。
シュウが鎖を放して飛び退いた。大型門衛兵が左腕を動かした。
エルクが見えた。右に躱した。
シュウが左腕が動いた隙に左肩へ回り込んだ。
持っていた短剣を副核に刺した。副核が割れた。
大型門衛兵が速度を落とした。
でも止まらなかった。
胸部の主核がまだ光っていた。
「主核を狙う」リアが言った。
「装甲が厚い」エルクが言った。
「正面からは無理だ。背中にも核があるかもしれない——ミレナン」
「はい」
「全力で火球を胸部に当てろ。装甲を焼く。焼いてからリアが叩く」
「全力、ですか」
「全力だ。外すな」
ミレナンが両手を前に出した。
今までより大きかった。
溜めた。
大型門衛兵がミレナンを向いた。来ると気づいた。
「今」エルクが言った。
火球が飛んだ。
大型門衛兵の胸部に直撃した。
装甲が焼けた。
赤く変色した。変形した。
その瞬間、リアが全力で踏み込んだ。
大剣を両手で振り上げた。
焼けた装甲を叩いた。
装甲が割れた。主核が露出した。
リアがもう一度、全力で叩いた。
主核が砕けた。
青白い光が消えた。
大型門衛兵が止まった。
ゆっくりと、崩れた。
轟音。粉塵。
静かになった。
シュウが膝に手をついた。
「今の鎖、我ながらよかったな」
「よかった」エルクが言った。
「今思いついたんだけどな」シュウが笑った。
「もっと色々使えそうだ」
「考えながら動け」
「了解、司令」
ミレナンが手を見ていた。全力の火球を出した後の手だった。少し震えていた。
「大丈夫か」エルクが聞いた。
「大丈夫です。ただ、全力は疲れます」
「うまかった」
ミレナンが少し顔を上げた。
「本当ですか」
「本当だ」
ミレナンが眼鏡を直した。満足そうだった。
広間の奥に、通路があった。
そこを抜けると、さらに広い空間があった。
天井が、さっきの広間より高かった。
直径三十メートルはあった。円形の空間だった。中央に祭壇があった。石造りの台座だった。台座の上に、何も乗っていなかった。かつては何かが乗っていたはずだった。台座の形がそれを示していた。今は空だった。
壁面に、文字がびっしり刻まれていた。
古代語だった。
天井に、魔法陣があった。天井全体が魔法陣だった。光を放っていた。青白かった。部屋全体が、その光に満ちていた。
四人が中央に入った。
その瞬間。
エルクの頭の中で、何かが弾けた。
《残響》が、一気に広がった。
声だった。
一つではなかった。
二つではなかった。
何百もの声だった。
重なっていた。
時代が違う声が、距離が違う声が、全部同時に来た。
男の声だった。女の声だった。子供の声だった。老人の声だった。
帰りたい。
帰りたい。
助けて。
開けるな。
開けろ。
頼む。
誰か。
様々な声が、重なって、ぶつかって、混ざって、引き裂かれた。
頭が割れそうだった。
エルクが膝をついた。
「エルク」
リアの声だった。
「大丈夫か」
答えられなかった。
声が多すぎた。情報が多すぎた。一つ一つを聞き取れなかった。全部が同時に来ていた。
床に手をついた。
腕を誰かが掴んだ。
リアだった。
リアがエルクの腕を両手で掴んでいた。
引き上げようとしていた。
「立て」
「少し待ってくれ」
「待てない」
「なんで」
「倒れる前に立て」リアが言った。
「立ってから待つ」
理屈がよくわからなかったが、リアの手が腕を引いていた。
エルクは引かれるままに立ち上がった。
立ったまま、壁に寄りかかった。
リアが手を離さなかった。腕を掴んだまま、エルクの横に立った。
「声が来た」エルクは言った。
「歴代の勇者たちの声だ。帰りたい、という声と、開けるな、という声が——両方来た」
「全員の声か」
「全員かどうかはわからない。でも——大勢だ。何百人か、何千人か」
シュウが少し黙った。
「開けるな、という声のほうが多かったか」
エルクは考えた。
「わからない。どちらも同じくらい来た」
ミレナンが手帳を取り出した。書こうとした。
「今は仕舞え」エルクが言った。
「……はい」
ミレナンが手帳を閉じた。
声が少しずつ引いていった。
波が引くように、遠くなっていった。完全には消えなかった。でも収まった。
エルクは息をついた。
「大丈夫じゃない」エルクが言った。
誰も笑わなかった。
シュウが隣に来た。「座るか」
「いい。立っていられる」
リアがようやく手を離した。
離す直前に、一度だけ強く掴んだ。それだけだった。
エルクはその感触を、特に何も考えずに受け取った。
受け取ってから、少し後で、気づいた。
部屋の奥に、扉があった。
大きかった。
高さは五メートル以上あった。幅も広かった。石造りだった。表面に複雑な文様が刻まれていた。文様の中心に、文字があった。
「読めるか」エルクがミレナンに言った。
ミレナンが扉に近づいた。文字を見た。手を触れた。
しばらく読んだ。
「読めます」
「何と書いてある」
ミレナンが少し間を置いた。
「門に触れる者よ」
静かに読んだ。
「世界を選べ」
全員が黙った。
扉の前に、四人で立っていた。
世界を選べ。
その言葉が、空間に残った。
エルクの頭の中に残った。
さっきの歴代勇者の声と重なった。
帰りたい、という声と。開けるな、という声と。
世界を、選べ。
「開けるのか」シュウが言った。
「まだわからない」エルクが言った。
「アルテフェインに報告してからでも——」
パン。
パン。
パン。
拍手の音だった。
ゆっくりとした拍手だった。
全員が振り返った。
神殿の入口側、来た方向の暗がりに、人がいた。
黒い外套だった。
銀に近い色の髪だった。
金色の瞳が、暗がりの中で光っていた。
「随分早かったな」
ノクトが言った。
「器どもにしては」
シュウが言った。
「またお前か」
「また私だ」
ノクトは拍手を止めた。
腕を組んだ。全く警戒していない立ち方だった。
リアがすでに大剣に手をかけていた。ノクトはそれを見ても動じなかった。むしろ——楽しそうだった。
「戦いに来たわけではない」ノクトが言った。「見物だ」
「見物」
「お前たちがここまで来るのを待っていた。予想より早かった」
「追いかけてきたのか」
「追いかけてきたのは一度目だ」ノクトが言った。
「今回は先に来た」
エルクはノクトを見た。あの山の廃砦で初めて会ったときと、変わっていなかった。
静かだった。理知的だった。圧倒的だという感触が、この距離でもはっきりわかった。
「その扉の向こうに、門がある」ノクトが扉を見た。
「お前たちも気づいているだろう」
「気づいている」
「開けるつもりか」
「まだ決めていない」
ノクトが少し笑った。
「正直だな」
ノクトが扉を見た。その目に、何かがあった。感情ではなかった。長い時間をかけて積み上げられた、何かがあった。
「一つだけ言っておく」
ノクトが言った。
エルクを見た。
「その扉の向こうにあるものを見れば」
静かに言った。
「お前たちは二度と元には戻れない」
部屋が静かになった。
脅しではなかった。
警告でもなかった。
ただの、事実の提示だった。
神殿の灯が揺れた。
魔法陣の光が、波のように動いた。
ノクトはそれ以上何も言わなかった。
扉の前に、四人が立っていた。
ノクトが暗がりの中に立っていた。
世界を選べ、という文字が、扉の上で光っていた。




