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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第三章 賢者の国

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星見の谷 (1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~


二日間、山を歩いた。


エルナトを出てから、道は徐々に細くなった。

街道が獣道になった。獣道が岩場になった。

岩場を越えると、森が深くなった。魔導灯の届かない場所だった。

空が木々に覆われて、昼でも薄暗かった。


ミレナンが地図を持って先頭を歩いた。

今回は迷わなかった。遺跡への道は、何度も資料で読んでいたらしかった。

「ここを右です」「この岩を目印にします」と言いながら、的確に進んだ。


「意外と方向わかるんだな」とシュウが言った。

「地図があれば大丈夫です」ミレナンが言った。


「問題は地図なしのときで」

「街はいつも地図なしだったじゃないか」

「街の地図は頭に入っているつもりなんですが……なぜか」

「なぜか?」

「更新されていないみたいで」


シュウが遠い目をした。



二日目の夕方、稜線を越えた。


その先に、谷があった。


エルクは足を止めた。


巨大だった。


両側を切り立った崖に挟まれた、深い渓谷だった。幅は広いところで五百メートルはあった。底まで見えなかった。崖の表面が黒みがかった石で、夕暮れの光を受けて鈍く光っていた。

崖の所々に、古い石造りの構造物が張り付いていた。橋の残骸だった。通路の残骸だった。何百年も前に誰かが作ったものが、崩れかけたまま残っていた。


谷の底に、水が流れていた。


川だった。細い川だった。でも水が澄んでいた。

夕暮れの空を反射して、橙色に光っていた。


ミレナンが言った。

「夜になると星が地面に映ります」

「地面に?」

「谷の底に、星を反射する鉱石が埋まっているんです。夜空の星の光が崖に反射して、地面の鉱石に届く。地面が星空みたいに見えます」

シュウが谷の底を見た。

「見てみたいな」


「夜に下りれば見えます。ただ——」ミレナンが少し困った顔をした。


「夜の遺跡は危険なので、今日は入り口付近でキャンプにしたほうがいいと思います」

「賢明だな」とリアが言った。

「でもいつか見たいですよね。星見の谷、という名前の由来がそこです。昔の人が、ここで星を見たんです。地面で」


エルクは谷を見た。

絶景だった。


素直にそう思った。レグルスの戦場にいた頃には、こういうものを見る余裕がなかった。エルナトに来てから、少しずつ戻ってきていた。綺麗なものを綺麗だと思う感覚が。


「行こう」リアが言った。


四人が斜面を下り始めた。


その瞬間。


《残響》が動いた。


暴走ではなかった。ただ——何かが、いた。谷の中に、何かがいた。生き物の気配ではなかった。もっと古い何かだった。長い時間をかけてそこに在り続けている何かの気配だった。


エルクは歩きながら、それを感じ続けた。

何も言わなかった。


谷の入り口付近に、平らな岩棚があった。


キャンプを張るには十分な広さだった。四人で焚き火を起こした。保存食を温めた。ミレナンが「これ本当においしくないですね」と言った。シュウが「言うな」と言った。エルクは黙って食べた。リアも黙って食べた。


食べながら、ミレナンが地図と資料を広げた。


「明日の経路を確認します。遺跡の入り口はここで、門の反応源はさらに奥の——」

「ミレナン」エルクが言った。

「はい」

「飯のときは仕舞え」

「先生も食べながら資料を——」

「ここは先生の研究室じゃない」

ミレナンが少し口をへの字にした。でも資料を閉じた。

シュウが笑った。

「素直だな」

「エルクさんの言い方が先生に似ているので、反射的に従ってしまいます」

エルクが少し黙った。

「似てるか」

「少し」


リアが焚き火を見たまま、口元が動いた。

笑っていた。


夜明け前に全員が目を覚ました。


空が白み始めていた。星がまだ出ていた。谷の底を見ると、かすかに光っていた。鉱石が星の光を受けて、薄く輝いていた。

「見えます。地面の星」」ミレナンが小声で言った。

シュウが谷を覗いた。

「本当だ」

地面が光っていた。点々と、不規則に輝いていた。頭上の星空と、地面の光が、崖を挟んで対になっていた。

「綺麗だな」とシュウが言った。

「でしょう」ミレナンが言った。

嬉しそうだった。


リアが空を見ていた。


エルクは谷の奥を見た。

暗かった。でも——奥の方に、ごくわずかな光があった。青みがかった光だった。星の光ではなかった。


「行こう」

エルクが言った。


谷を下りた。

道があった。整備された道ではなかった。何百年も前に人が歩いた跡が、かろうじて残っている道だった。石が踏み固められていた。両側に低い石積みがあった。意図して作られた道だった。


道の両側に、石柱が立っていた。

高さは五メートルほどだった。表面に文字が刻まれていた。


「古代語です」ミレナンが石柱を見た。

「警告、と読めます。この先、立ち入るべからず」


「いい兆候じゃないな」とシュウが言った。


「遺跡ではよくあることです」ミレナンが言った。


「警告がある場所ほど、重要なものが眠っています」

「ポジティブだな」

「研究者なので」


道を進んだ。石柱が続いた。警告の文字が続いた。

崩れた建物が見えてきた。


神殿だった。


かつては神殿だったものの残骸だった。屋根が落ちていた。壁の半分が崩れていた。でも柱は残っていた。

巨大な柱が、崩れた屋根を今も支えようとするように、斜めに立っていた。柱の表面に、びっしりと文字が刻まれていた。


「読めるか」とエルクがミレナンに聞いた。

ミレナンが柱に近づいた。手を触れた。

「……門の守護について書かれています。この場所は門の番人が眠る聖域。侵入者には——」


地面が揺れた。


ミレナンが振り返った。


神殿の奥から、音が来た。


石が動く音だった。金属が軋む音だった。


地面が割れた。


一つではなかった。

あちこちで、地面が割れた。


そこから這い出てきたものを見て、エルクは瞬時に数を数えた。


二十より多かった。


狼の形をしていた。だが狼ではなかった。石と黒い金属でできていた。目の部分が青白く光っていた。口が開いた。歯が金属だった。


「こんなの聞いていません」

ミレナンが言った。


「動け」

リアが大剣を抜いた。


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