星見の谷 (1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~
二日間、山を歩いた。
エルナトを出てから、道は徐々に細くなった。
街道が獣道になった。獣道が岩場になった。
岩場を越えると、森が深くなった。魔導灯の届かない場所だった。
空が木々に覆われて、昼でも薄暗かった。
ミレナンが地図を持って先頭を歩いた。
今回は迷わなかった。遺跡への道は、何度も資料で読んでいたらしかった。
「ここを右です」「この岩を目印にします」と言いながら、的確に進んだ。
「意外と方向わかるんだな」とシュウが言った。
「地図があれば大丈夫です」ミレナンが言った。
「問題は地図なしのときで」
「街はいつも地図なしだったじゃないか」
「街の地図は頭に入っているつもりなんですが……なぜか」
「なぜか?」
「更新されていないみたいで」
シュウが遠い目をした。
二日目の夕方、稜線を越えた。
その先に、谷があった。
エルクは足を止めた。
巨大だった。
両側を切り立った崖に挟まれた、深い渓谷だった。幅は広いところで五百メートルはあった。底まで見えなかった。崖の表面が黒みがかった石で、夕暮れの光を受けて鈍く光っていた。
崖の所々に、古い石造りの構造物が張り付いていた。橋の残骸だった。通路の残骸だった。何百年も前に誰かが作ったものが、崩れかけたまま残っていた。
谷の底に、水が流れていた。
川だった。細い川だった。でも水が澄んでいた。
夕暮れの空を反射して、橙色に光っていた。
ミレナンが言った。
「夜になると星が地面に映ります」
「地面に?」
「谷の底に、星を反射する鉱石が埋まっているんです。夜空の星の光が崖に反射して、地面の鉱石に届く。地面が星空みたいに見えます」
シュウが谷の底を見た。
「見てみたいな」
「夜に下りれば見えます。ただ——」ミレナンが少し困った顔をした。
「夜の遺跡は危険なので、今日は入り口付近でキャンプにしたほうがいいと思います」
「賢明だな」とリアが言った。
「でもいつか見たいですよね。星見の谷、という名前の由来がそこです。昔の人が、ここで星を見たんです。地面で」
エルクは谷を見た。
絶景だった。
素直にそう思った。レグルスの戦場にいた頃には、こういうものを見る余裕がなかった。エルナトに来てから、少しずつ戻ってきていた。綺麗なものを綺麗だと思う感覚が。
「行こう」リアが言った。
四人が斜面を下り始めた。
その瞬間。
《残響》が動いた。
暴走ではなかった。ただ——何かが、いた。谷の中に、何かがいた。生き物の気配ではなかった。もっと古い何かだった。長い時間をかけてそこに在り続けている何かの気配だった。
エルクは歩きながら、それを感じ続けた。
何も言わなかった。
谷の入り口付近に、平らな岩棚があった。
キャンプを張るには十分な広さだった。四人で焚き火を起こした。保存食を温めた。ミレナンが「これ本当においしくないですね」と言った。シュウが「言うな」と言った。エルクは黙って食べた。リアも黙って食べた。
食べながら、ミレナンが地図と資料を広げた。
「明日の経路を確認します。遺跡の入り口はここで、門の反応源はさらに奥の——」
「ミレナン」エルクが言った。
「はい」
「飯のときは仕舞え」
「先生も食べながら資料を——」
「ここは先生の研究室じゃない」
ミレナンが少し口をへの字にした。でも資料を閉じた。
シュウが笑った。
「素直だな」
「エルクさんの言い方が先生に似ているので、反射的に従ってしまいます」
エルクが少し黙った。
「似てるか」
「少し」
リアが焚き火を見たまま、口元が動いた。
笑っていた。
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夜明け前に全員が目を覚ました。
空が白み始めていた。星がまだ出ていた。谷の底を見ると、かすかに光っていた。鉱石が星の光を受けて、薄く輝いていた。
「見えます。地面の星」」ミレナンが小声で言った。
シュウが谷を覗いた。
「本当だ」
地面が光っていた。点々と、不規則に輝いていた。頭上の星空と、地面の光が、崖を挟んで対になっていた。
「綺麗だな」とシュウが言った。
「でしょう」ミレナンが言った。
嬉しそうだった。
リアが空を見ていた。
エルクは谷の奥を見た。
暗かった。でも——奥の方に、ごくわずかな光があった。青みがかった光だった。星の光ではなかった。
「行こう」
エルクが言った。
谷を下りた。
道があった。整備された道ではなかった。何百年も前に人が歩いた跡が、かろうじて残っている道だった。石が踏み固められていた。両側に低い石積みがあった。意図して作られた道だった。
道の両側に、石柱が立っていた。
高さは五メートルほどだった。表面に文字が刻まれていた。
「古代語です」ミレナンが石柱を見た。
「警告、と読めます。この先、立ち入るべからず」
「いい兆候じゃないな」とシュウが言った。
「遺跡ではよくあることです」ミレナンが言った。
「警告がある場所ほど、重要なものが眠っています」
「ポジティブだな」
「研究者なので」
道を進んだ。石柱が続いた。警告の文字が続いた。
崩れた建物が見えてきた。
神殿だった。
かつては神殿だったものの残骸だった。屋根が落ちていた。壁の半分が崩れていた。でも柱は残っていた。
巨大な柱が、崩れた屋根を今も支えようとするように、斜めに立っていた。柱の表面に、びっしりと文字が刻まれていた。
「読めるか」とエルクがミレナンに聞いた。
ミレナンが柱に近づいた。手を触れた。
「……門の守護について書かれています。この場所は門の番人が眠る聖域。侵入者には——」
地面が揺れた。
ミレナンが振り返った。
神殿の奥から、音が来た。
石が動く音だった。金属が軋む音だった。
地面が割れた。
一つではなかった。
あちこちで、地面が割れた。
そこから這い出てきたものを見て、エルクは瞬時に数を数えた。
二十より多かった。
狼の形をしていた。だが狼ではなかった。石と黒い金属でできていた。目の部分が青白く光っていた。口が開いた。歯が金属だった。
「こんなの聞いていません」
ミレナンが言った。
「動け」
リアが大剣を抜いた。




