表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第一章 灰と火の序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/144

勇者A-271 (3)

ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。


勇者は一人ではない。

番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。


“勇者A”と呼ばれた少年は、

モブのまま消えていくのか。


それとも・・・英雄になるのか。


『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』

開幕です。

槍の穂先が、赤い燭火を鈍く反射した。

エルクは息を止めた。


「いや、俺はただ——」

最後まで言えなかった。


騎士の足が石畳を踏み込んだ。速かった。そう理解した時には、鋭い突きが目の前まで来ていた。


避けられない。

そう思った瞬間。


・・・右だ。・・・


声が来た。

知らない声だった。男の声だった。頭の中から来た。

エルクの体が勝手に動いた。

自分の意志ではなかった。


石畳を蹴った。腰を捻った。視界の端を銀の穂先が掠めた。風圧が頬を叩いた。

「…は?」

騎士の目がわずかに見開かれた。


エルクも何が起きたかわからなかった。

体が先に動いた。頭が追いつく前に、体が知っていた。


その瞬間、知らない光景が流れ込んできた。


暗い戦場だった。雨が降っていた。泥に沈む死体があった。折れた槍が転がっていた。自分に似た誰かが、今と同じ一撃を紙一重で避けていた。息遣いまで伝わってきた。

次にどこへ踏み込むべきか、どう動けば死なないか、そいつの判断が全部流れ込んできた。


まるで誰かの経験を、一瞬だけ借りたような感触だった。


「貴様……」

騎士が低く呟いて、再び槍を構えた。


空気が張り詰めた。エルクは反射的に後ずさった。


なんだ今の。なんで避けられた?いや、それより、今、誰の記憶を見た?

頭の奥が熱かった。耳鳴りがした。


「待ってください」

通路に声が響いた。張り詰めた空気が途切れる。

駆け込んできたのはシュウだった。


「す、すみません、こいつ迷っただけなんです。」

シュウは息を切らしながらエルクの前に割り込んだ。

「立入禁止って知らなくて。俺たち急に異世界に来たばっかで、勝手がわからなくて、ほんとすみません」

シュウは引きつった笑みを浮かべながら、両手を前に出していた。


騎士は無言だった。

兜の奥の視線が、エルクからシュウへ移った。

シュウはそれでも笑みを崩さなかった。

「悪気はないんです。な、エルク」

「…ああ」

エルクは絞り出すように頷いた。


騎士はしばらく沈黙した。それからゆっくりと槍を下ろした。

「次はない」

低い声だった。それだけだった。騎士は白布の並ぶ奥へ戻っていった。鎧の音が遠ざかった。


エルクはようやく息を吐いた。

「はぁ…」

「お前、大丈夫か?」

シュウが覗き込んだ。

「顔やばいぞ」

「……ああ」

そう答えながらも、エルクの心臓はまだ激しく脈打っていた。


シュウは並んだ白布の方をちらりと見て、小さく顔をしかめた。

「あれ何なんだよ……」


エルクは答えなかった。

答えられなかった。


見えてしまったから。


白布の下から覗く手。

手首のタグ。

それは全部“A”だった。


つまり――。


「戻ろうぜ」

シュウが小声で言った。

「なんかここ、嫌な感じする」

エルクは黙って頷いた。


二人は足早に通路を戻った。石畳を踏む音だけが響いた。


待機室に戻ると、空気が少し落ち着いていた。

勇者たちは長椅子に座り込んで、不安そうに小声を交わしていた。配られた黒パンを齧る者、呆然と床を見つめる者、泣いている者。湿った石壁と薄暗い燭火が、部屋全体を陰鬱にしていた。


「うわ、メシ硬っ」シュウが黒パンを指で叩いた。コンコン、と乾いた音がした。「武器にできそうだな」

「それはわかる」

エルクは思わず苦笑した。

シュウが少し安心したように笑った。

「やっと笑ったな。さっきから死にそうな顔してたぞ」

「実際、死にかけたし」

「まあな」


シュウはエルクの隣に腰を下ろした。

「お前、あの槍どうやって避けたんだ。普通避けられないだろあれ」

「俺にもわからない」

「わからない?」

「体が先に動いた。声が聞こえた気がした」

「声?」

「右へ避けろ、って」


シュウが数秒黙った。それから吹き出した。

「なんだよそれ。幽霊のアドバイスか」

「そういう感じじゃないんだけどな」小さく呟いた。


まだ感覚が残っていた。

あの瞬間、自分ではない誰かがいた。知らない戦場にいた誰かの経験が、一瞬だけ流れ込んできた。雨と泥と、死体と、折れた槍の光景。それが今も頭の奥に残っていた。


シュウが黒パンを噛みながら言った。

「まあ異世界だしな。スキルとか能力があってもおかしくないか」


「スキル、か…」


エルクは天井を見上げた。

石造りの地下室。勇者召喚。ステータス判定。

全部、ゲームみたいだった。


ゲーム…


その言葉を考えた瞬間、頭の奥に白い光が浮かんだ。

スマホ画面。

無数のアイコン。

指先で何かを操作している感覚。

誰かの声。

だが霧のようにに全て消えた。

「……思い出せそうで思い出せないんだよな」

「何が?」

しばらく黒パンを噛みながら黙っていた。

エルクは自分の手を見た。


「前の世界のこと、お前は思い出せるか?」エルクが言った。

「断片だけ」シュウが答えた。「学校っぽい場所とか、子供たちと話してた感じとかはある。でも全然ハッキリしない」

「俺もだ。スマホの画面みたいなのと、誰かの声だけ残ってる。でも誰の声かわからない」

「召喚されたら都合よく記憶が消えるのかもな」


都合がいい。

記憶がなければ、帰る場所もわからない。帰る場所がなければ、帰ろうとしない。


エルクは壁を見た。何か文字が書かれていた。

文字は全く理解できなかった。

でも会話だけは自然に理解できた。

それは逆に不気味に思えた。


シュウは膝を抱え、小さく息を吐く。

「しかし勇者ってもっと、こう……チヤホヤされるもんかと思ってたわ」

「俺も」


あの白布の下にいた者たちも、最初はここにいた。Aという番号をつけられて、ここの長椅子に座って、同じ黒パンを食べていたのかもしれなかった。

あれは本当に勇者だったのか。

もしそうなら。

自分たちは、あと何人死ねばいい?


その時、部屋の隅で誰かが震える声を上げた。

「俺たち、本当に帰れるのか」

答えられる者は誰もいなかった。


燭台の炎が、風もないのに揺れた。

1話 勇者A-271  ここまでです。

これからのストーリーお楽しみに!


ーー現在分かっている情報ーー

登場人物

No.A-271

名前:エルク・レイン

性別:男

年齢:18

スキル:残響(声を聞く能力?何の?)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ