赤く染まる戦場 (1)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
夜が明けていなかった。
薄暗い地下通路に金属音が響いた。
「A組、整列」
怒鳴り声と共に、勇者たちは慌てて立ち上がった。眠れなかったのか、誰も顔色がよくなかった。
目が赤い者がいた。まだ泣いている者がいた。立ち上がるだけで膝が震えている者もいた。
エルクも重い体を引きずるように起き上がった。
地下で見た白布の光景が、まだ頭から離れていなかった。
あの手首のタグが、暗闇の中でも見えた気がした。
通路の奥の鉄扉が開いた。
現れたのは武器庫だった。
壁に剣、槍、弓が乱雑に立てかけられていた。油と鉄の匂いがした。
だが装備はどれも粗末だった。刃こぼれした剣があった。革の剥がれた盾があった。錆の浮いた鎧があった。
「うわ、中古ショップ以下だろこれ」
シュウが小声で言った。「勇者に渡す装備だよな、これ」
「黙れ」
兵士が睨んだ。シュウは肩を竦めた。
勇者たちは順番に装備を押しつけられた。選ぶ余地はなかった。兵士が適当に投げて寄越すだけだった。
「次、A-271」
呼ばれてエルクは前に出た。
渡されたのは片手剣一本と黒い革鎧だった。剣を抜いた。軽かった。頼りなかった。刃を確認した。小さな欠けが二か所あった。
ゲームなら序盤の初期装備だった。でも今は、ゲームではなかった。
「槍がいいんですけど」と別の勇者が言った。
「支給品に文句を言うな」と兵士が言った。それで終わりだった。
エルクは剣を鞘に収めながら、周囲を見た。
装備を眺めて喜んでいる者が何人かいた。
「剣術適性Aだから剣でいい」と言っている者がいた。
「俺の魔力量なら鎧はいらないか」と言っている者もいた。
おかしかった。
装備が粗末だった。待遇が雑だった。
勇者は貴重な戦力のはずなのに、扱いが雑すぎた。
「完全にモブキャラ扱いだな」シュウが小声で言った。
「囮かもしれない」
「やめろよ怖ぇ」シュウは苦笑したが、その笑顔が少し引きつっていた。
装備支給が終わると、勇者たちはそのまま城の外へ連れ出された。
外気が肌を打った。
曇天だった。
灰色の空がどこまでも広がっていた。遠くに巨大な城壁が見えた。
黒い旗が風に揺れていた。鐘の音が遠くで鳴り続けていた。
城下町には活気がなかった。
道を歩く人々は疲れた顔をしていた。痩せた子供がいた。俯いた老人がいた。
商店が開いていたが、客がいなかった。戦争が、街の奥まで染み込んでいた。
勇者たちを見る目があった。
期待ではなかった。
諦めに近い目だった。
また来た、という目だった。
「なんか思ってた異世界と違うな。もっとこう、冒険者ギルドとか、酒場で仲間集めるとかあるかと思ってた」シュウが言った。
「ゲームのやりすぎだろ」
「いや絶対あるって。異世界ってそういうもんだろ」
「そのうちあるかもな」
エルクはそう答えながら、遠くを見た。
城壁の向こうに黒煙が上がっていた。
一本ではなかった。
何本も上がっていた。
荷馬車に乗せられた。
木製の荷台は狭く、揺れが酷かった。勇者たちは膝を突き合わせるように座った。
「どこへ行くんですか」と誰かが恐る恐る尋ねた。
「西部防衛線だ」と兵士が答えた。
その瞬間、周囲の空気が変わった。兵士たちの表情がわずかに硬くなった。西部防衛線。その名前に聞き覚えはなかった。
でも、危険な場所だということだけは伝わってきた。
「到着後、前線維持任務に参加してもらう」
「前線って…」
「いきなり戦えということか?」
ざわめきが広がった。当然だった。昨日まで普通の生活をしていた人間たちだった。剣の持ち方すら怪しい者もいた。
「魔王軍は待ってくれん」
兵士は反論を許さない声で言った。
それで終わりだった。
荷馬車が動き始めた。城下町を抜けて、荒野の道に入った。石畳が消えた。砂利道になった。揺れが増した。
誰も話さなくなった。
シュウはずっと外を見ていた。エルクも外を見ていた。
景色が変わっていた。
緑が消えた。焦げた大地が続いていた。
遠くに廃墟が見えた。
「なあエルク」シュウが声を潜めた。
「俺たち、わりと詰んでないか」
「ん?今さら気づいたのか」
「昨日から気づいてたけど認めたくなかった」
シュウは乾いた笑いを漏らした。
その時、遠くで低い咆哮が響いた。
空気が震えた。
兵士たちが一斉に顔を上げた。
前方から怒号が来た。
「魔物だ」
荷馬車が激しく揺れた。
ーー現在分かっている情報ーー
この国の名前:レグルス聖王国
・人類三大国の一角
・魔王軍と対立している軍事国家
・人々からは勇者の国と言われている




