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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第二章 世界の声

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22/35

門 (1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

誰も動かなかった。

戦闘が、止まっていた。


ライディスも。ノクトも。追跡部隊も。エルクたちも。全員が同じ方向を見ていた。

裂け目の奥から、光が漏れていた。

岩盤が割れた断面から覗く地下空間。その底に、それはあった。

光る文字だった。


文字、と言っていいのかわからなかった。エルクが知っているどの言語とも違う。日本語でも英語でも、この世界の言語でもない。幾何学的な線が複雑に絡み合い、規則的なのか不規則なのかも判断できない紋様が、淡い青白い光を放ちながら岩盤の奥に広がっていた。


円環だった。


巨大な円環構造が、地面の下に眠っていた。

裂け目から見える範囲だけで、その大きさが想像を絶していた。端が見えない。どこまで広がっているのかわからない。山一つ分か。それ以上か。

「……異世界ってレベルじゃねえぞ」

シュウが呟いた。

誰も笑わなかった。否定もしなかった。


エルクは裂け目を見つめたまま、動けなかった。

《残響》が、騒いでいた。

今まで経験したことのない騒ぎ方だった。ノイズではない。暴走でもない。もっと根源的な何かが、エルクの内側で引っ張られている。磁石が鉄を引き寄せるように、裂け目の奥の光が《残響》を引いていた。

引き寄せられている。


足が、一歩前へ出た。


意識してではなかった。

「エルク?」

リアの声が来た。

エルクは足を止めた。

「……なんでもない」


「なんでもなくない。顔が白い」

「大丈夫だ」


大丈夫ではなかった。

《残響》が受信し始めていた。

光から来るものがあった。裂け目の奥から、信号のように流れ込んでくる。言語ではなかった。感覚でもなかった。もっと直接的な情報の流れだった。


耳鳴りが来た。

ノイズが混じった知らない言語が聞こえた。

複数の、同時に。重なり合って意味をなさない言葉の断片が、頭の中を流れていく。


次に来たのは——音だった。

雑踏だった。


車の音。人の声。アスファルトの上を歩く靴の音。どこかのビルの空調の音。スマートフォンの通知音。

現代の、都市の音だった。

「っ——」

エルクは頭を押さえた。


次の瞬間、それが消えた。

代わりに来たのは泣き声だった。子供の声だった。どこの言語かわからない。ただ泣いていた。激しく、助けを求めるように。

それも消えた。


今度は爆発音だった。砲声だった。誰かが叫んでいた。戦争だった。どの時代の戦争かわからない。古い武器の音と、知らない兵器の音が混ざっていた。

全部混ざった。


都市の雑踏と、泣き声と、戦争と、知らない言語と、沈黙と、誰かの笑い声と——

「エルク!」

リアが肩を掴んだ。

現実が戻ってきた。


雪の斜面。裂け目の光。三人の顔。

「……大丈夫だ」

「大丈夫じゃない」

リアはエルクの手首を掴んだ。魔力の流れを抑えようとする。だが今回は、いつもより難しそうだった。リアの眉が、わずかに寄った。


「《残響》が……引っ張られている」


「わかってる」


「光から来てるのか」


「たぶん」

エルクは裂け目を見た。

光は変わらず、静かに輝いていた。


その時、ライディスが動いた。

「撤退しろ」

静かな声だった。

だが、いつもと違った。

命令の声に、わずかだが——焦りが混じっていた。


追跡部隊員たちが顔を見合わせた。今の今まで激しく戦っていた男が、突然撤退を命じた。動揺が隊に走った。


「全員下がれ」

ライディスが繰り返した。


その時、地面が揺れた。


小さな振動ではなかった。裂け目の縁が崩れ始めていた。ノクトとライディスの魔力がぶつかった衝撃が、岩盤に限界を超えた負荷をかけていた。亀裂が広がっていく。裂け目の端から岩の塊が崩れ落ち、地下空間へ吸い込まれていった。


落下音が、遠く深く響いた。

底が、深い。

裂け目がさらに広がった。光が強くなった。円環の紋様が露出する面積が増えるたびに、青白い光の量が増していく。光の中に浮かぶ幾何学文字が、揺れるように動いた。

生きているようだった。


ノクトはその光景を見ていた。

動かなかった。崩落が起きても、岩が落ちても、光が強くなっても——ただ見ていた。その金色の瞳が、裂け目の奥を映していた。

感情は見えなかった。

だが、その静けさの奥に、長い時間をかけて探し続けてきた何かへの——確信が、あった。


裂け目がまた広がった。

今度は大きかった。斜面全体が揺れた。追跡部隊の数人が体勢を崩した。雪が崩れ、岩が転がった。

「近づくな」

追跡部隊へ向かって歩きながら、もう一度言った。

「下がれ。今すぐ」

追跡部隊が動き始めた。混乱しながらも、ライディスの命令に従って斜面を上がっていく。数人が裂け目を振り返りながら後退した。その顔に、エルクは初めて見るものを見た。

追跡部隊の、恐怖だった。


任務だけで動いていた人間たちが、初めて感情を見せた。

「全員下がれ」

ライディスが三度、言った。

その声は——もう命令ではなかった。

懇願に、近かった。


リアが裂け目とライディスを交互に見た。

「知っているのか」

リアがライディスへ言った。

「あれが何かを」


ライディスは答えなかった。


リアを一瞥だけして、また追跡部隊の方へ向いた。

その横顔が——エルクには、今までのライディスと違って見えた。

数字で世界を見る男が、初めて数字では処理できないものを前にしている顔だった。


ノクトは動いていなかった。

裂け目の光を、静かに見つめていた。

金色の瞳が、その光を受けて輝いていた。


「ようやく見つけた」

ノクトが言った。

誰かへの言葉ではなかった。

ずっと探していたものへの——到達の言葉だった。


その声に、エルクは背筋が冷えた。

ノクトがここへ来た理由が、今初めてわかった気がした。エルクを観察するためだけではなかった。エルクを通じて、これを見つけるために来ていた。


「ノクト」

エルクは言った。

「あれは何だ」


ノクトはエルクを見た。

ゲートだ」


それだけ言った。


裂け目の光が、また強くなった。

円環の紋様が、ゆっくりと動き始めていた。

ーー現在分かっている情報ーー

????

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