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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第二章 世界の声

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三つ巴 (3)

『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』

戦場が、一気に広がった。


ライディスの追跡部隊がノクトの黒炎を迂回しながら展開する。ノクトが炎の範囲を動かして封じる。その間隙をリアが突いてライディスへ迫る。


全員が同時に動いていた。


最初に動いたのはノクトだった。

追跡部隊の先頭三人が、黒炎の壁を迂回して突進してきた。ノクトは振り返りもしなかった。右手を横に振った。

雷が走った。

一本ではなかった。

指先から放たれた雷光が枝分かれし、三人全員を同時に貫いた。乾いた炸裂音が山に響く。三人が弾き飛ばされ、雪面を転がった。痙攣している。死んではいない。だが立ち上がれる状態でもなかった。


追跡部隊がざわめく。


「散れ! 一点集中するな!」

先頭の男が叫んだ。


部隊が四方へ散開する。ノクトを囲む形で展開し、同時に攻撃できる位置を取ろうとする。よく訓練されていた。ノクトへの対処として、正しい判断だった。


だがノクトは、その動きを眺めていた。

楽しんでいるわけではなかった。観察していた。

「遅い」

右手を上げた。

閃光が生まれた。

雷光ではない。もっと純粋な、白に近い光の爆発だった。廃砦でリアを吹き飛ばした時と同じ、圧縮された光の解放だ。だが今回は指向性がない。ノクトを中心に、球状に広がった。


追跡部隊の全員が、一瞬で視界を奪われた。

「目が——!」

「何も見えない!」

目が潰れたわけではない。数秒で回復する。だがその数秒で、ノクトは三歩動いた。閃光の余韻の中に雷を仕込んだ。視界が戻った追跡部隊員たちの足元に、細い雷の線が走る。

六人が同時に崩れた。


残る追跡部隊員は五人になっていた。

「化け物め……!」

先頭の男が歯を食いしばる。


その間に——エルクとシュウは別の方向で戦っていた。

散開した追跡部隊の三人が、エルクへ向かってきた。ノクトへの対処を後回しにして、まずA-271を確保しようという判断だった。


エルクは《残響》を開きながら、その全体を把握しようとした。


できなかった。


情報量が多すぎる。追跡部隊十数名の動き。ノクトの魔力の流れ。ライディスの風の蓄積。リアの剣筋。シュウの位置。全部を同時に処理しようとすると、《残響》が悲鳴を上げた。


頭痛が来る。鼻の奥が熱くなる。

「くっ——」

こらえる。

閉じるわけにいかない。この戦場で《残響》を閉じれば、何が来るかわからない。


「来た!」

シュウが叫ぶ。

右手に握った短剣を左手へ複製した。両手持ちで構え、一人目の斬撃を受け流す。力では負けていた。押し込まれながら、足を使って横へ逃げる。


二人目が、エルクへ向かってきていた。

反応が遅れた。《残響》の処理に集中しすぎて、目の前の敵への対処が一瞬遅れた。

剣が来る。

避けられない——

シュウの複製した盾の破片が、横から飛んで来た。追跡部隊員の剣を弾く。エルクは体勢を立て直して後退した。

「ありがとう」

「余所見するな!」

エルクは《残響》を薄く開きながら、相手の動きを読んだ。

剣を振ってきた腕を外側から押した。体勢を崩した相手の背中を蹴り、前へ転倒させる。


その間に三人目が素早く距離を詰めてきた。

「っ——」

間に合わなかった。

剣の柄がエルクの脇腹を打った。鈍い痛みが走る。《残響》の集中が乱れる。エルクは歯を食いしばって距離を取った。


「エルク!」

シュウが叫んだ。

だがシュウも余裕がなかった。一人目との打ち合いで押され続け、右腕に一撃を受けていた。複製した短剣を手放し、後退する。

「くそ……」

シュウは腰の袋を探った。傷薬の小瓶を取り出す。右手に持ち、左手へ《レプリカ》で複製した。

二本になった小瓶。

一本をその場で飲み込んだ。もう一本をエルクへ投げる。

「飲め!」

エルクが受け取る。薬の温かい感覚が、脇腹の痛みを和らげた。完全ではないが、動ける。


「お前、それ使えたのか」

「物なら何でも複製できるって言っただろ!」

「傷薬を複製するとは思わなかった」

「俺だって今思いついた!」

シュウは複製した短剣をもう一度展開し、追跡部隊員へ向かって投擲した。牽制になった。相手が一瞬引く。


その隙にエルクが前に出た。

《残響》を絞って、目の前の一人に集中する。次の動きが来る。エルクは右へ動いて外し、剣の腹で相手の剣を弾いた。そのまま踏み込んで肩からぶつかる。相手が後退する。

「シュウ、左!」

「わかった!」

シュウが左へ動く。追跡部隊員の攻撃を躱し、複製した短剣で牽制する。

二人で三人を相手にしながら、なんとか持ちこたえていた。


その時——

ノクトがライディスへ向かった。

追跡部隊を無力化した後、ノクトはライディスへ向き直った。右手に雷を集める。左手に黒炎を纏う。

「ライディス」

静かな声だった。

「まだ続けるか」

「当然だ」

ライディスは風を展開した。


ノクトの雷が走る。ライディスの風がそれを散らす。雷の軌道が歪み、地面に落ちた。岩盤が焦げる。

ノクトが左手の黒炎を解放した。

圧縮された黒い炎の塊が、ライディスへ向かって飛んだ。重力を帯びた炎だった。空気を曲げながら飛んでくる。直線ではない。ライディスが風で押し返そうとしたが、炎の軌道が変わった。

「……!」

ライディスが横へ跳んだ。

黒炎が着弾した地点の岩盤が、大きく抉れた。溶けていた。雪が蒸発した。

「重力を乗せている」


ライディスが体勢を立て直しながら言う。

「厄介だな」

「褒め言葉として受け取る」

ノクトが再び右手を上げた。


その時——リアが動いた。

ノクトとライディスの間に、割り込むように踏み込んだ。大剣を構えたまま、ノクトへ向かった。


「リア」

ノクトが言った。

「お前まで相手にする気はない」

「ならば退け」

「退かない」


「ならば——」

リアが踏み込んだ。

大剣の斬撃がノクトへ向かう。ノクトは後退して躱した。だが完全には躱しきれなかった。

大剣の刃先が、ノクトの左腕の黒衣を切った。

皮膚が、かすかに裂けた。

細い傷だった。血が滲む程度のものだった。だがノクトは一瞬、その傷を見た。

「……ほう」

感情のない声の中に、何かが混じった。

「久しぶりだ。この感覚は」


「次は深く入れる」

リアは構えを崩さなかった。

ノクトはリアを見た。その金色の瞳が、初めてリアを——ただの障害としてではなく、何か別のものとして見た。

「王家の剣技か」

「関係ない」


「…いや」

ノクトは黒衣の袖を引いた。傷を確認するように。それから視線を上げた。

「お前の剣は知っている。五十年前にも見た」


リアの目が、揺れた。

「……何を知っている」

「今は話す場ではない」

ノクトはリアとの間合いを開けた。

「続きは後だ」

そしてライディスへ向き直った。


ライディスは風を溜めながら、リアとノクトの両方を視野に入れていた。


ノクトが黒炎を展開した。


ライディスが風を解放した。

二つの力がぶつかった。

その衝撃が——山を揺らした。


直後、風を切る音。

連射される矢。


ノクトの炎の隙間から追跡部隊が矢を放つ。矢はノクトを狙っていた。

ノクトは右手を振り上げ、雷を全ての矢に当てる。

遠距離攻撃は通用しない、追跡部隊はそのことは分かっていた。

しかし僅かでも隙を作るため、矢は連射された。

「こざかしい」

ノクトは一面に黒炎を展開し、一旦退いた。


リアはライディスと対峙していた。


大剣とライディスの風魔法。斬撃と突風が交差する。リアの大剣がライディスの風の刃を弾く。金属音ではなく、圧縮空気が砕ける音が響いた。リアが踏み込む。ライディスが退く。風を次々と生成しながら、距離を維持する。


「王家の者が、なぜ異世界人と行動している」

ライディスがリアへ言った。

「答える義理はない」


「そうだな」

ライディスはまた風を一点に集め、解放した。

爆発的な突風が走る。リアが大剣を盾にして耐えた。数歩押し戻される。


「お前の目的がエルクの保護なら、無駄だ」

ライディスは続けた。

「《残響》はレグルスが管理する。それがこの世界にとって最善だ」


「お前の言う最善は」

リアが体勢を立て直しながら言う。

「誰かを犠牲にする最善だ」


「最善とはそういうものだ」


「違う」

リアは踏み込んだ。

今度は止まらなかった。


風の刃が来る。リアは大剣の腹で受け流し、その勢いを利用して回転する。遠心力を乗せた斬撃がライディスへ迫る。


ライディスが初めて、大きく後退した。


その間に——エルクは《残響》を絞り直した。

全員を把握しようとするのをやめた。

一つに絞る。

戦場全体の「流れ」だけを読む。個々の動きではなく、戦場という生き物の呼吸を。

何かが、変わった。


ノイズが引いた。


代わりに——流れが見えた。


追跡部隊の動きが、波のように見えた。どこが薄くなるか。どこへ圧力が集まるか。ライディスの風がどの方向へ展開するか。ノクトの黒炎がどう動くか。


全部が、一つの図として見えた。

「……これか」

エルクは呟いた。


戦場全体を読む。


個々の敵を追うのではなく、戦場そのものを一つの生き物として読む。《残響》の本来の使い方が、初めて感覚として掴めた気がした。


「シュウ」


「何!」


「5秒後に右の追跡部隊が前に出る。その瞬間に左へ動け」


「5秒? なんで——」


「いいから」


5秒後。

右の追跡部隊が動いた。


シュウが左へ動いた。シュウが正確に突いた形になった。

「……当たった」

シュウが目を丸くする。


「ノクトが黒炎を広げる。その瞬間にライディスが右へ動く。リアは右へ回れ」

エルクが叫んだ。


リアが視線だけをエルクへ向けた。

聞こえたエルクの声を信じた。


ノクトが黒炎を北へ広げた。ライディスが右へ動いた。リアが追いかけた。ライディスの横面へ、大剣の峰が叩き込まれた。


ライディスが大きくよろけた。

「……!」


追跡部隊がざわめく。

ライディスが体勢を立て直す。その顔が、初めて変わった。


感情ではなかった。

驚愕だった。


「戦場を読んでいる」

ライディスが言った。

「今この瞬間、全体を」


ノクトもエルクを見ていた。

金色の瞳が、細くなった。

「器が応えた」

ノクトが静かに言った。誰かへの言葉ではなかった。確認だった。

戦闘が再び動いた。


ライディスが風を大きく展開する。山全体を揺さぶるような突風が生まれた。木々が激しく揺れる。雪が吹き飛ぶ。エルクたちの体が押される。


ノクトが黒炎に巨大な雷を被せた。

圧縮された黒炎が電気を帯びた塊となりライディスへ向かって放たれた。ライディスが風の障壁で受け止める。炎と風がぶつかる。爆発的な衝撃が山を揺らした。


岩が砕ける。


斜面が崩れ始めた。


「まずい」

シュウが叫ぶ。


崩れた岩が斜面を流れ下ってくる。追跡部隊が散開する。

ノクトが雷撃で岩の流れを逸らす。ライディスが風で押し返す。


山が、この戦いに耐えられなくなっていた。


エルクは《残響》で戦場を読み続けた。

流れが変わっていく。崩落が始まっている。このまま続ければ、全員が巻き込まれる。


「退け!」

エルクは叫んだ。


シュウがエルクを見た。リアが振り返った。

「全員巻き込まれる。今すぐ——」


地面が、割れた。


爆発的な音ではなかった。


静かに、だった。

ノクトとライディスの魔力がぶつかった地点の岩盤が、亀裂を走らせながら、ゆっくりと割れていった。



裂け目が広がる。深い。深すぎる。



光が、見えた。

裂け目の奥から。

岩盤の向こうから。

人工的な光だった。


自然の鉱石ではない。魔導灯でもない。もっと古い、もっと根源的な何かが発する光だった。幾何学的な紋様が、光の中に浮かんでいた。巨大だった。想像を超えた大きさで、地面の下に眠っていた。


「……なんだ、あれ」

シュウが息を呑む。


リアが、その光を見た瞬間——動きを止めた。

ライディスが、裂け目を見た。


その目が、初めて——本当に初めて——動揺した。

「これは」

ライディスが呟く。


ノクトは動いていなかった。

裂け目の光を見て、立ち尽くしていた。

「こんな場所に——」


戦闘が止まった。

全員が、その光を見ていた。


ノクトが、小さく呟いた。

「……やっと見つけたか」

その声は、誰かへ向けたものでも、独り言でもなかった。

ずっと探していたものへ向けた言葉だった。


光は揺れていた。

裂け目の奥で、静かに、確かに——何か巨大なものが、目を覚まそうとしていた。

ーー現在分かっている情報ーー

裂け目の奥の巨大なもの ????

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