ただいま(2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
エルナトでは復興祭が開かれていた。
復興祭の一端として、門の研究学会が開催された。
その日、塔の大広間に、各国の研究者が集まっていた。
「先生!」
ミレナンが、廊下で駆け寄った。
アルテフェインが、書類を落としそうになった。
「ミレナン。走るな、廊下では」
「すみません。でも、今日の発表、楽しみすぎて」
「お前の本のことか」
「はい。三年かかりました。ようやく、完成しました」
ミレナンは、厚い冊子を、アルテフェインへ差し出した。
「これが——」
アルテフェインは、表紙を見た。
「《亡国の残響》」
「この旅の記録です。全部、ちゃんと書きました。エルクのことも、リアのことも、シュウのことも、ガルゴンのことも、グローワのことも、勇者Aのことも」
「全部、入っているのか」
「全部、入っています」
アルテフェインは、最初のページを、開いた。
しばらく、読んだ。
「……読める」
「当然です。ちゃんと書きました」
「いや、そういう意味ではなく」
アルテフェインは、また、読んだ。
「読み続けたくなる」
「それが目標でした」
「……良い本だ」
ミレナンは、目を輝かせた。
「褒められた」
「一度だけだ。調子に乗るな」
「わかっています。でも、嬉しい」
アルテフェインは、本を持ったまま、歩き始めた。
「先生」
「何だ」
「ありがとうございます。先生がいなければ、私はここまで来られませんでした」
アルテフェインは、立ち止まった。
振り返らなかった。
しばらく、黙っていた。
「……良い研究者になったな」
それだけ言って、歩き始めた。
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学会が終わった後、ミレナンは、廊下でアルテフェインを捕まえた。
「先生、今日は早く帰らせてください」
「何事だ」
「明後日の準備があります」
「明後日?」
「先生、忘れたんですか」
アルテフェインは、少し考えた。
「……」
「行くとも。忘れていない」
「忘れていましたよね、今」
「忘れていない」
「先生の顔が、忘れていると言っていました」
「顔は、何も言わない」
ミレナンは、苦笑した。
「絶対に、来てください。シュウが、先生に来てほしいと、言っていました」
「あの男が?」
「はい。先生がいないと、始まらないと言っていました」
アルテフェインは、少し、黙った。
「……わかった。行く」
「ありがとうございます」
「で、衣装はどうする」
「そこから考えるんですか」
「賢者服で行くのか」
「普通の礼服でいいです」
ミレナンは、笑いながら、歩き始めた。
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復興祭は三日間、続いていた。
世界中から、人が集まっていた。
エルナトの賢者たちが、魔導の灯りを空へ打ち上げていた。
ヴァルガンの商人が、露店に山積みにされた肉を、豪快に焼いていた。
エークレイアのエルフたちが、精霊の光で、木々を飾っていた。
クライマから来た魔族の楽師が、見たこともない楽器で、独特の旋律を奏でていた。
ドワーフたちが、鉄の杯を持ち寄って、盛大に乾杯していた。
国境は、まだ、あった。
互いの違いも、まだ、あった。
しかし、その違いを、今は、誰も、気にしていなかった。
人間がエルフの酒を飲んで、美味いと言っていた。
魔族の子どもが、ドワーフの鍛冶屋の前で、目を輝かせていた。
エルフの老人が、ヴァルガンの戦士と、肩を並べて、火を囲んでいた。
国境を越えて笑い合うことが、当たり前になっていた。
この光景を、勇者Aは見られなかった。
しかし、彼が背負い続けた世界が、今、ここにあった。
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そして、その祭りの片隅で、一つの結婚式が、行われた。
エルナトの中心街から少し外れた円形の広場。
白い花が、石畳に敷かれていた。
光が、真っ直ぐに、降り注いでいた。
新郎は、シュウだった。
礼服を着ていた。普段とは全く違う、きちんとした礼服だった。
しかし、表情だけは、いつものシュウだった。
少し、照れくさそうに、笑っていた。
新婦は、ミレナンだった。
白いドレスを着ていた。腰には、いつもの鞄はなかった。手帳も、ペンも、今日だけはしまっていた。
穏やかに、微笑んでいた。
司式は、グローワが務めた。
グローワが、静かに言った。
「二人の誓いを、今日、証人として立会う。この世界で、誓いの言葉を述べる行為には、長い歴史がある。私が生まれるよりも、前から」
「長命種の余談が始まった」
シュウが、小声で言った。
ミレナンが、肘で突いた。
「静かにして」
グローワがシュウへ言った。
「誓いの言葉を、二言、述べよ」
二言、というのが、グローワらしかった。
シュウは、少し間を置いてから、集まった全員を見渡した。
そして、言った。
「いやぁ……まさか異世界で結婚するなんて、思わなかったな」
周囲から、大きな笑いが起こった。
ガルゴンが、酒の杯を持ったまま、豪快に笑い声を上げた。
レイオンが、苦笑しながら、うなずいた。
ライディスが、珍しく、口元を緩めた。
グローワが、わずかに、目を細めた。
「と言うのが一言目で、二言目は、ミレナンと生きていく、必ず幸せにする、だな」
笑いが、少し収まったところで、ミレナンが、静かに言った。
「その言葉、一言目に聞きたかったわ」
そして、少し、頬を赤らめた。
会場が、またどっと笑いに包まれた。
「誓いが、笑いになったな」
グローワが、淡々と言った。
「それでいい。珍しく、良い誓いだ」
「珍しく、ってどういうことですか」
シュウが言った。
「褒めている」
グローワは、ミレナンを見た。
「ミレナン」
「はい」
「シュウと、生きていくと、誓えるか」
ミレナンは、シュウを見た。
「誓います、何があっても」
「後悔しないか」
ミレナンは、少し、笑った。
「後悔することもあると思います。でも、それでも、この人と一緒にいることを、選びます」
シュウが、小声で言った。
「後悔するのか」
「するかもしれない」
「それはどういう——」
「でも、あなたを選ぶ」
ミレナンが、シュウの腕を、そっと、握った。
シュウは、それを感じて、黙った。
グローワは、二人を見た。
「では、誓いを確認した」
全員へ向けて、言った。
「この二人の誓いを、聞いたか」
「聞いた!」
声が、一斉に上がった。
ガルゴンの声が、飛び抜けて、大きかった。
「おめでとう」
グローワが言った。
その一言が、広場に、温かく、広がっていった。
拍手が、起きた。
激しい拍手だった。
ガルゴンが、杯を高く掲げた。
「良い式だ! 飲むぞ!」
「もう飲んでいましたよね」
レイオンが、苦笑しながら言った。
「うるさい。今から本番だ」
ユウが、小走りで前へ出て、二人へ声をかけた。
「おめでとう、二人とも!」
ミレナンが、泣いていた。
「なんで泣いているんだ」
シュウが、言った。
「聞かないで、嬉しいんですっ。シュウも泣きそうだったでしょ」
皆、笑った。
ライディスが、二人の前に来た。
「おめでとう」




