ただいま(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
三年が、経った。
世界は、変わっていた。
門の数が、三分の一にまで、減っていた。
残った門も、小さくなり、自然に閉じていくものが増えていた。
空の亀裂は、もう、見られなくなっていた。
異界獣の出現も、急速に減り、今では、滅多に現れなくなっていた。
完全に元に戻ったわけではなかった。
世界の歪みは、まだ残っていた。
しかし、向かう方向が変わっていた。
崩壊ではなく、回復へ。
それは、誰の目にも、明らかだった。
各国は、少しずつ、日常を取り戻していた。
市場が、賑わいを取り戻した。
子どもたちが、外を走り回るようになった。
夜、安心して眠れる夜が、戻ってきた。
壊れたものは、まだ、たくさんあった。
しかし、直せるものは、直っていた。
人々は、前を向いて、歩いていた。
それだけで、十分だった。
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エルナトの賢者の塔に、以前とは違う活気があった。
《残響》を使った門の制御理論が、世界に広まっていた。
グローワとエルクの研究を理論に取り入れた。
アルテフェインとバルゼディスの研究は、門の消滅を加速させていた。
「門の活性化、この一年で、さらに二十パーセント減少しています」
ミレナンが、報告した。
明るい声だった。
「完全消滅まで、あと何年かかる」
誰かが聞いた。
「計算では、十五年から二十年」
バルゼディスが答えた。
「長いな」
「門は、数百年かけて広がった。消えるのにも、時間がかかる」
「だが、確実に減っている」
「そうだ。方向は正しい」
アルテフェインが、静かに言った。
「急がなくていい。確実にやればいい」
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レグルスの旧王都は、再建の途上にあった。
崩落した王城の跡地に、新しい議会堂が建てられていた。
かつて王が一人で決めていたことを、今は、選ばれた代表者たちが、共に決めていた。
ライディスは、議会の顧問として、その中心にいた。
軍務卿の肩書は、もうなかった。
代わりに、「元軍務卿」という、なんとも落ち着かない呼ばれ方をされていた。
「ライディスさん」
若い議員が、廊下で声をかけてきた。
「今日の採決、どう思われますか」
「君たちが決めることだ」
「でも、意見を聞かせてください」
「意見は、会議の場で言う。廊下では言わない」
「……堅いですね」
「当然だ」
若い議員は、苦笑しながら、去っていった。
ライディスは、廊下の窓から、外を見た。
再建中の王都が、見えた。
新しい石材が、積まれていた。
若い職人たちが、汗をかきながら、働いていた。
子どもが、その傍で、走り回っていた。
大人が、怒鳴った。
「危ない、あっちへ行け」
子どもが、笑いながら、逃げた。
ライディスは、それを、しばらく、見ていた。
「……続いているな」
低く、呟いた。
この国は、続いていた。
王がいなくなっても、続いていた。
誰かが決めて、誰かが建てて、誰かが笑って、誰かが怒鳴る。
それが、国というものだった。
踵を返して、会議室へ向かった。
廊下に、足音が響いた。
まだ、やることがあった。
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ヴァルガンの城下町では、春の祭りが行われていた。
色とりどりの旗が、通りに揺れていた。
屋台から、肉の焼ける香りが漂っていた。
広場では、子どもたちが踊っていた。
レイオンは、城の高台から、その光景を見下ろしていた。
「良い祭りだ」
横に立ったフレイナが言った。
「そうだな」
「民の顔が、明るくなった」
「三年前とは、違う」
「あの頃は、みんな、疲れていた」
「今も、疲れているさ。でも、種類が違う」
フレイナが、レイオンを見た。
「種類が?」
「怯えから来る疲れじゃない。生きることから来る疲れだ。それは、悪くない」
フレイナは、少し考えてから、頷いた。
「そうだな」
「父上は?」
「鍛錬場だ。今朝も、夜明け前から、若い兵士をしごいている」
「祭りの日も?」
「剣は毎日振る、と言っていた」
「相変わらずだ」
レイオンは、広場を、また見た。
踊る子どもたちの間を、老人が、笑いながら歩いていた。
屋台の主人が、声を張り上げていた。
恋人たちが、並んで、座っていた。
「この景色を、守りたかった」
レイオンが言った。
「ずっと、ここにあった。戦争の間も」
「そうだな」
「だから、守る価値があった」
フレイナは、何も言わなかった。
ただ、広場を見ていた。
しばらくして、言った。
「レイオン」
「何だ」
「あなたは、良い王になった」
「フレイナに言われると、嬉しいより、恥ずかしい」
「素直に受け取れ」
「……ありがとう」
「今度は、素直じゃないか」
「どっちが良かったんだ」
フレイナは、笑った。
それが、答えだった。
広場から、歓声が上がった。
踊りが、佳境を迎えていた。
二人は、その光景を、並んで、見ていた。
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エークレイアの大樹は、完全に回復していた。
葉は、深い緑を取り戻していた。
幹の黒い筋は、消えていた。
根元には、いつものように、光が差し込んでいた。
グローワは、根元のいつもの場所に、座っていた。
本を読んでいた。
若い司書が、お茶を持ってきた。
「グローワ様」
「何だ」
「今日も、ここにおられるんですね」
「研究に良い場所だ」
「それは、毎日おっしゃっています」
「毎日、研究している」
「大樹の様子を確認するためですか」
「そうだ」
「それだけですか」
グローワは、本から目を上げなかった。
「それだけだ」
若い司書は、お茶を置いて、去ろうとした。
「ああ、そうだ」
グローワが言った。
「何でしょう」
「しばらく出かけてくる」
「どちらへ」
「用事がある」
「どのような」
「仲間の祝い事だ」
若い司書は、驚いた顔をした。
グローワが「仲間」という言葉を使うのを、初めて聞いた気がした。
「……そうですか」
「大樹の管理は、君に任せる。問題があれば、連絡しろ」
「わかりました」
「以上だ」
若い司書は、頭を下げて、去った。
グローワは、また、本を開いた。
世界樹の葉が、風に揺れていた。
「仲間、か」
グローワは、小さく呟いた。
その言葉が、自分の口から出てくることに、まだ、少しだけ、慣れていなかった。
しかし、悪くはなかった。
本のページを、めくった。
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クライマは、変わっていた。
魔王城の跡地に、新しい建物が建っていた。
かつて閉ざされていた国境に、街道が整備されていた。
人間の商人が、普通に出入りするようになっていた。
ノクトは、国境の街道脇に立って、往来を見ていた。
人間の馬車と、魔族の荷運び人が、道をすれ違っていた。
互いに、軽く頷いていた。
それだけだった。
しかし、数年前には、ありえなかった光景だった。
「変わるものだな」
ノクトが、一人で、呟いた。
「そうね」
背後から、声がした。
振り返らなかった。
「帰ってきたか、ルシラ」
「しばらく、あちこちをふらついていたの」
「どこへ行っていた」
「エルフの国。それから、人間の都市をいくつか。研究の資料を集めていた」
「何を研究している」
「世界の歪みの修復を、もっと速くする方法。グローワの理論と、私の禁術の知識を合わせれば、何か見えてくるかもしれない」
「グローワと、協力するのか」
「嫌いよ、あの人は。でも、優秀だから、仕方ない」
ノクトは、小さく、笑った。
「お前らしい理由だ」
「褒めていないでしょう」
「褒めている」
ルシラは、ノクトの横に並んだ。
二人で、街道を見た。
「明後日」
ノクトが言った。
「知っている」
「行くか」
「行くわよ。」
「ミレナンは、良い子だ」
「そうね」
「あの二人は、お似合いだ」
ルシラは、街道を見た。
「エルクは、どうしているの」
「先週、連絡があった。新しい門の痕跡を調べているらしい」
「一人で?」
「一人だ」
「……」
「《残響》で、気配は感じている、と言っていた」
「まだ、聞こえているの?」
「ああ」
「三年間、ずっと」
「そうだ」
ルシラは、何も言わなかった。
しばらくして、静かに言った。
「戻ってくるわ。私は、そう思っている」
「俺も、そう思っている」
「……なら、それでいい」
街道に、また、荷馬車が通った。
御者が、ノクトへ手を上げた。
ノクトは、軽く、頷き返した。
それだけで、通じた。
それが、今のクライマだった。




