終焉の彼方(4)
三日目の夜、グローワが、エルクを呼んだ。
「一つ、話がある」
「何だ」
「《残響》について」
「何だ」
「勇者Aが言っていた言葉を、覚えているか。お前の《残響》は、まだ本当の力を使っていない、と」
「覚えている」
「私は、この戦いを通じて、ある仮説に至った」
「仮説?」
「《残響》は、死者の声を聞く力、戦場の痕跡を読む力、未来の残像を感じる力——それだけではないかもしれない」
「他に何がある」
グローワは、少し、間を置いた。
「門そのものを、制御できる力かもしれない」
エルクは、その言葉を、受け取った。
「制御?」
「勇者Aが、五十年間、門と繋がり続けられた理由を、考えてきた。あれは、魔力だけではない。残響の力が、門との接続を可能にしていた。お前にも、同じ力がある」
「俺が、門を制御できるということか」
「可能性だ。確証はない。だが、エークレイアへ戻ったら、研究を続ける」
「それが分かって、どうなる」
「世界の歪みを、修復できるかもしれない。残った門を、一つずつ、閉じていける方法が、見つかるかもしれない」
エルクは、その言葉を、受け取った。
「……やることが、増えるな」
「そうだ」
「まだ、旅は続くということか」
「そうなる」
エルクは、空を、見た。
星が、きれいだった。
「わかった。ずっと、ここにいるわけにもいかないな。エークレイアへ行く。研究に付き合う」
「ありがとう」
グローワは、珍しく、そう言った。
「礼はいい。お互い様だ」
・
・
・
その夜遅く、ライディスから、使者が来た。
「軍務卿より、伝言です。門の跡に、閉じる者の魔力反応が観測できました。」
エルクは、その言葉を、受け取った。
「ライディスに、感謝を伝えてくれ」
「承りました。もう一つ、軍務卿より」
「何だ」
「観測は我々レグルスに任せろ、と」
エルクは、思わず、笑った。
「ライディスらしい言葉だ」
「以上です」
使者が、去った。
シュウが、横で言った。
「ライディス、ずっと、観測してくれているのか」
「そうらしい」
「……いいやつだな」
「そうだな」
「昔は、そんなイメージなかったけど」
「人は、変わる」
「変わるな」
「でも、中身は、最初から、そうだったんだろう」
「そうかもしれない」
二人は、また、空を見た。
・
・
・
四日目の夜明け前、《残響》が、急に、強くなった。
リアの声が、これまでで最も大きく、聞こえていた。
エルクが、起き上がった。
「リア」
「何?」
シュウが目を覚ました。
「来るのか」
「これまでは、遠くから聞こえていた。今は、隣で言っているみたいに聞こえる」
エルク、シュウ、ミレナン、グローワの四人は、閉じた門の跡を、見た。
まだ、何もなかった。
石畳だけがあった。
「……信じる」
エルクが言った。
「信じるか」
「ああ。来ると、信じる」
「根拠は」
「声が、聞こえているから。それだけで十分だ」
夜明けの光が、少しずつ、空に広がり始めていた。
廃墟が、朝の色に、染まり始めていた。
四人は、その前に、立って、待っていた。
ミレナンが言った。
「私はエルナトへ戻ります、研究を続けます。」
「わかった。そうだな。それぞれやるべきことがある」
エルクが言った。
「エルク、俺はミレナンを送ってエルナトに行くよ。その後はどうするかわからない。」
シュウが言った。
「わかった、俺はエークレイアに行き、グローワの研究に付き合う。」
エルク、シュウ、ミレナンは固い握手を交わした。
「ありがとう」
・
・
・
世界は、変わっていた。
数か月が、経っていた。
・
・
・
エルナトの賢者の塔では、アルテフェインとバルゼディスが、研究を続けていた。
ミレナンも、そこにいた。
三人が、並んで、魔導板を見ていた。
「門の活性化、この三か月で、三十パーセント、減少しています」
ミレナンが報告した。
「完全に消えるまでには、まだ、時間がかかる」
バルゼディスが言った。
「でも、方向は、合っている」
アルテフェインが言った。
「そうだ。減り続けている」
「これはエルクとグローワ様の門の制御の効果でしょうか」
ミレナンが、手帳に、何かを書きながら言った。
「《残響》を使った門の制御だ。これは、確かに、効果があったと言うことだ」
「私は、記録します」
「そうしてくれ」
「全部、ちゃんと、残します」
・
・
・
ヴァルガンでは、レイオンが、政務をこなしていた。
山の修復が、進んでいた。
北部の砦が、再建され始めていた。
ガルゴンは、城の一角に、部屋を持っていた。
そこで、若い兵士たちに、剣を教えていた。
片腕でも、ガルゴンの指導は、誰も文句が言えなかった。
「下手だ」
ガルゴンが言うと、若い兵士が、震えながら、また、振るった。
フレイナが、横で、腕を組んで、見ていた。
「ガルゴン様、少し、優しくしてください」
「剣に、優しさはいらん」
「人には必要です」
「剣を教えている」
「その剣を持つ人を教えてください」
ガルゴンは、少し、考えた。
「……まあ、そうだな」
珍しく、素直に、引いた。
フレイナが、驚いた顔をした。
「珍しい」
「戦争が、少し、柔らかくしたかもしれん」
「それは、良いことです」
「そうかもしれんな」
・
・
・
クライマでは、再建が、続いていた。
魔王城は、取り壊した。
代わりに、新しい建物を、建てていた。
ノクトが、その設計を、見ていた。
「魔族だけの国では、いられないかもしれない」
ノクトが、設計士へ言った。
「どういうことですか」
「この戦いで、人間と並んで戦った。それは、事実だ。今後、どういう国を作るか、考えなければならない」
「開放する、ということですか」
「考えている」
設計士は、少し、驚いた顔をした。
「ノクト将軍が、そう言うとは」
「時代が変えた」
「……そうですね」
ルシラは、クライマを離れていた。
どこにいるか、誰も知らなかった。
しかし、ノクトは、わかっていた。
また、ふらっと戻ってくる。
・
・
・
レグルスは、まだ、廃墟のままだった。
しかし、人が、戻り始めていた。
瓦礫の片付けが、始まっていた。
ライディスは、その中心にいた。
反逆者として、訴えられた。
裁判が、あった。
しかし、証言者が、現れた。
かつての部下たちが、次々と、ライディスの証言をした。
王の真実が、少しずつ、明らかになっていった。
結果として、ライディスは、無罪になった。
しかし、軍務卿の地位は、戻らなかった。
「それで、いいのですか」
部下の一人が、聞いた。
「いい」
ライディスが、答えた。
「地位より、やることがある」
「何を」
「この国を、作り直す。王のいない国を、どう治めるか。それを、考える」
「一人で?」
「一人ではない」
ライディスは、広場を、見た。
瓦礫を片付けている人々が、いた。
「みんなが、いる」
・
・
・
エークレイアでは、大樹が、ゆっくりと、回復していた。
葉の色が、戻っていた。
根の黒い筋は、消えていた。
グローワは、毎日、根に触れて、状態を確認していた。
「今日は、どうですか」
若い司書が、聞いた。
「良くなっている」
「毎日、良くなっていますね」
「そうだ」
「グローワ様は、毎日、ここへ来ますね」
「確認が必要だから」
「それだけですか」
グローワは、少し、間を置いた。
「……それだけだ」
若い司書は、何も言わなかった。
しかし、その目に、何かがあった。
グローワは、それを無視して、本を開いた。
世界樹の根が、静かに、揺れていた。
・
・
・
世界は、続いていた。
壊れたまま、不完全なまま。




