終焉の彼方(2)
リアは、その場に、立っていた。
勇者Aの姿は消えていた。
両手が、震えていた。
全身の力が、抜けていた。
しかし、倒れなかった。
空間が、変わっていた。
浮かんでいた景色は、全て、消えていた。
あれほど広かった空間が、急速に、縮んでいくのを、感じた。
「……戻らなければ」
リアは、来た方向を、見た。
入ってきた場所は、もう、わからなかった。
空間そのものが、変質していた。
縮んでいた。
「……どこから」
リアは、《残響》を持っていない。
しかし、王家の血は、持っていた。
閉じる者として、門の構造を、感じ取ることができた。
出口がある。
どこかに、ある。
「……ここか」
リアは、空間の一点へ向かって、歩いた。
何もなかった。
しかし、歩いた。
そして、その一点に触れた瞬間——
白い光が、広がった。
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外の世界では、空が、変わり始めていた。
亀裂が、消えていった。
エルナトの空に走っていた光の線が、一本、また一本と、消えていった。
ヴァルガンの岩山から立ち上っていた黒い霧が、薄れていった。
エークレイアの大樹が、静かに、揺れた。
葉の色が、少しずつ、戻り始めていた。
クライマの廃墟の上空に残っていた門の光が、消えていった。
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エルクは、廃墟の中央に、立っていた。
《残響》を、最大まで、開いていた。
世界の声が、流れ込んでいた。
門の声が、一つずつ、静かになっていくのを、感じていた。
「……閉じている」
エルクが、呟いた。
「閉じているのか」
シュウが、聞いた。
「ああ。一つずつ、閉じている」
「リアが——」
「やっている」
「そうか」
シュウは、それ以上、何も言わなかった。
ただ、空を、見上げた。
ミレナンが、双眼鏡をエルクへ渡した。
エルクは、それを受け取り、構えた。
レンズの中に、世界が見えた。
これまで見えていた黒い渦が、消えていた。
代わりに、淡い光の残滓が、漂っていた。
世界融合の痕跡が、少しずつ、消えていった。
「……世界が、戻っている」
エルクが言った。
「本当に、戻っているのか」
「ああ。ゆっくりとだが、確実に」
バルゼディスが来た。
「計算が合っている。門の接続が、一つずつ、切れている。世界の歪みが、急速に、修復されていく」
「どのくらいかかる」
「完全には、時間がかかる。だが、今この瞬間から、良くなり続けている」
「そうか」
エルクは、双眼鏡を、下げた。
リアが、やっている。
その確信だけがあった。
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廃墟に、朝が来た。
亀裂のない空から、真っ直ぐな光が降りてきた。
これほど清潔な朝日を、誰もが、長い間、見ていなかった。
空の割れ目から漏れていた黒い光が、消えた。
重なっていた別の世界の景色が、消えた。
門から噴き出していた異界の霧が、消えた。
世界が、一つの世界として、静かに、存在していた。
それだけのことが、今は、奇跡のように感じられた。
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世界連合軍は、廃墟の中で、動き始めていた。
傷ついた者の手当て。
亡くなった者の確認。
倒壊した建物の安全確認。
帰路の設定。
やることは、山ほどあった。
しかし、誰の顔にも、戦いの張り詰めた表情は、なかった。
代わりに、疲労があった。
安堵があった。
悲しみがあった。
それが、入り混じった顔をして、それぞれの仕事をしていた。
ヴァルガンの兵士が、エルナトの賢者の腕の傷に、布を巻いていた。
エルフの治癒師が、クライマの魔族兵の足の傷を、治療していた。
ドワーフの戦士が、倒れているレグルスの兵士を、丁寧に、安全な場所へ、運んでいた。
誰も、指示を出していなかった。
誰かが、自然に、動いていた。
それが、広がっていた。
「……不思議なものだな」
ガルゴンが、その光景を見ながら、低く言った。
「戦争が、人を分けて、戦争が、人を繋げる」
「戦争が繋いだわけじゃない」
レイオンが言った。
「共通の目的が、繋いだんだ」
「同じことだ」
「違う。次は、戦争じゃなくても、繋がれる」
ガルゴンは、それを聞いて、しばらく、息子の顔を見た。
「……お前は、余よりも、良い王になるな」
「父上に言われると、複雑です」
「素直に受け取れ」
父と息子が、並んで、廃墟の朝を、見ていた。
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エルクは、閉じた門の跡から、動いていなかった。
夜が明けても、そこにいた。
シュウとミレナンが、交代で、隣にいた。
食事を持ってきてくれる者がいた。
水を持ってきてくれる者もいた。
エルクは、それを受け取ったが、食べる気になれなかった。
「食べろ」
リアの声が、《残響》の中から、聞こえた気がした。
気のせいかもしれなかった。
しかし、それで、一口、食べた。
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ガルゴンが来た。
「エルク」
「何だ」
「儂は、ヴァルガンへ戻る準備をしている。だが——」
「だが?」
「一つだけ、聞いていいか」
「何でも」
「お前は、この戦いで、何を学んだ」
エルクは、その問いを、受け取った。
「一人では、無理だということ」
「それだけか」
「一人では無理だが、全員で動けば、無理ではなかったということ」
「そうか」
「ガルゴンは」
「儂か」
「ガルゴンは、この戦いで、何を学んだ」
ガルゴンは、しばらく、考えた。
「まだ、できることがある、ということだ」
「まだ、できること?」
「片腕になっても、引退しても、まだできることがある。それを、学んだ」
「そうか」
「戦士は、戦えなくなるまで、戦士だ。戦えなくなったら、別のことをすればいい。どちらにしても、まだ、できることがある」
エルクは、その言葉を、受け取った。
「……そうだな」
「レイオンは、良い王になる。余には、もう、それを見守ることしかできない。だが、見守ることも、できることの一つだ」
「そうだな」
ガルゴンは、エルクの肩を、一度だけ、片腕で叩いた。
「良い戦いだった」
「ありがとうございました」
「礼はいらん」
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ノクトが来た。
「エルク」
「何だ」
「クライマへ、戻らなければならない」
エルクは、振り返った。
「わかった」
「民が、待っている。廃墟になった故郷を、どうするか、決めなければならない」
「そうだな」
「ただ——」
ノクトは、少し、止まった。
「ここを、離れたくない気持ちは、ある」
エルクは、ノクトの顔を見た。
「ここにいたところで、何かが変わるわけではない。わかっている」
「そうだな」
「だが、ここを、最後に見てから、行きたかった」
「そうしろ」
ノクトは、閉じた門の跡を、しばらく、見た。
それから、エルクへ向かって、頭を下げた。
「ありがとう」
「俺は何も——」
「お前がいなければ、この結末はなかった」
エルクは、それに、答えられなかった。
「また、会う」
ノクトが言った。
「ああ」
「世界が落ち着いたら、また、どこかで」
「そうしよう」
ノクトは、振り返り、歩き始めた。
クライマ軍が、その後に続いた。
ルシラは、少し遅れて、エルクの横に来た。
「あなたに言っておくことがある」
「何だ」
「リアが戻ってくる可能性について、私なりに考えた」
「……」
「閉じる者は、門の力を理解している。門の中に入っても、門そのものを制御できる。つまり——」
「出てくる方法も、知っているかもしれない」
「そういうことよ」
ルシラは、それだけ言って、歩き始めた。
「ルシラ」
「何よ」
「ありがとう」
「感謝はいらないわ。ただ、待っていればいいの。それだけでいいの」
ルシラは、振り返らなかった。
その背中が、遠ざかっていった。




