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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第六章 終焉の彼方

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終焉の彼方(2)

リアは、その場に、立っていた。

勇者Aの姿は消えていた。


両手が、震えていた。

全身の力が、抜けていた。

しかし、倒れなかった。


空間が、変わっていた。


浮かんでいた景色は、全て、消えていた。

あれほど広かった空間が、急速に、縮んでいくのを、感じた。


「……戻らなければ」


リアは、来た方向を、見た。

入ってきた場所は、もう、わからなかった。

空間そのものが、変質していた。

縮んでいた。


「……どこから」


リアは、《残響》を持っていない。

しかし、王家の血は、持っていた。


閉じる者として、門の構造を、感じ取ることができた。

出口がある。

どこかに、ある。


「……ここか」


リアは、空間の一点へ向かって、歩いた。

何もなかった。


しかし、歩いた。

そして、その一点に触れた瞬間——

白い光が、広がった。



外の世界では、空が、変わり始めていた。


亀裂が、消えていった。


エルナトの空に走っていた光の線が、一本、また一本と、消えていった。


ヴァルガンの岩山から立ち上っていた黒い霧が、薄れていった。


エークレイアの大樹が、静かに、揺れた。

葉の色が、少しずつ、戻り始めていた。


クライマの廃墟の上空に残っていた門の光が、消えていった。



エルクは、廃墟の中央に、立っていた。


《残響》を、最大まで、開いていた。

世界の声が、流れ込んでいた。

門の声が、一つずつ、静かになっていくのを、感じていた。


「……閉じている」


エルクが、呟いた。


「閉じているのか」


シュウが、聞いた。


「ああ。一つずつ、閉じている」


「リアが——」


「やっている」


「そうか」


シュウは、それ以上、何も言わなかった。

ただ、空を、見上げた。


ミレナンが、双眼鏡をエルクへ渡した。

エルクは、それを受け取り、構えた。


レンズの中に、世界が見えた。


これまで見えていた黒い渦が、消えていた。

代わりに、淡い光の残滓が、漂っていた。


世界融合の痕跡が、少しずつ、消えていった。


「……世界が、戻っている」


エルクが言った。


「本当に、戻っているのか」


「ああ。ゆっくりとだが、確実に」


バルゼディスが来た。


「計算が合っている。門の接続が、一つずつ、切れている。世界の歪みが、急速に、修復されていく」


「どのくらいかかる」


「完全には、時間がかかる。だが、今この瞬間から、良くなり続けている」


「そうか」


エルクは、双眼鏡を、下げた。


リアが、やっている。

その確信だけがあった。



廃墟に、朝が来た。

亀裂のない空から、真っ直ぐな光が降りてきた。


これほど清潔な朝日を、誰もが、長い間、見ていなかった。


空の割れ目から漏れていた黒い光が、消えた。


重なっていた別の世界の景色が、消えた。


門から噴き出していた異界の霧が、消えた。


世界が、一つの世界として、静かに、存在していた。

それだけのことが、今は、奇跡のように感じられた。



世界連合軍は、廃墟の中で、動き始めていた。

傷ついた者の手当て。

亡くなった者の確認。

倒壊した建物の安全確認。

帰路の設定。

やることは、山ほどあった。


しかし、誰の顔にも、戦いの張り詰めた表情は、なかった。

代わりに、疲労があった。


安堵があった。

悲しみがあった。


それが、入り混じった顔をして、それぞれの仕事をしていた。


ヴァルガンの兵士が、エルナトの賢者の腕の傷に、布を巻いていた。

エルフの治癒師が、クライマの魔族兵の足の傷を、治療していた。

ドワーフの戦士が、倒れているレグルスの兵士を、丁寧に、安全な場所へ、運んでいた。


誰も、指示を出していなかった。

誰かが、自然に、動いていた。

それが、広がっていた。


「……不思議なものだな」


ガルゴンが、その光景を見ながら、低く言った。


「戦争が、人を分けて、戦争が、人を繋げる」


「戦争が繋いだわけじゃない」


レイオンが言った。


「共通の目的が、繋いだんだ」


「同じことだ」


「違う。次は、戦争じゃなくても、繋がれる」


ガルゴンは、それを聞いて、しばらく、息子の顔を見た。


「……お前は、余よりも、良い王になるな」


「父上に言われると、複雑です」


「素直に受け取れ」


父と息子が、並んで、廃墟の朝を、見ていた。



エルクは、閉じた門の跡から、動いていなかった。


夜が明けても、そこにいた。


シュウとミレナンが、交代で、隣にいた。


食事を持ってきてくれる者がいた。

水を持ってきてくれる者もいた。


エルクは、それを受け取ったが、食べる気になれなかった。


「食べろ」


リアの声が、《残響》の中から、聞こえた気がした。

気のせいかもしれなかった。


しかし、それで、一口、食べた。



ガルゴンが来た。


「エルク」


「何だ」


「儂は、ヴァルガンへ戻る準備をしている。だが——」


「だが?」


「一つだけ、聞いていいか」


「何でも」


「お前は、この戦いで、何を学んだ」


エルクは、その問いを、受け取った。


「一人では、無理だということ」


「それだけか」


「一人では無理だが、全員で動けば、無理ではなかったということ」


「そうか」


「ガルゴンは」


「儂か」


「ガルゴンは、この戦いで、何を学んだ」


ガルゴンは、しばらく、考えた。


「まだ、できることがある、ということだ」


「まだ、できること?」


「片腕になっても、引退しても、まだできることがある。それを、学んだ」


「そうか」


「戦士は、戦えなくなるまで、戦士だ。戦えなくなったら、別のことをすればいい。どちらにしても、まだ、できることがある」


エルクは、その言葉を、受け取った。


「……そうだな」


「レイオンは、良い王になる。余には、もう、それを見守ることしかできない。だが、見守ることも、できることの一つだ」


「そうだな」


ガルゴンは、エルクの肩を、一度だけ、片腕で叩いた。


「良い戦いだった」


「ありがとうございました」


「礼はいらん」



ノクトが来た。


「エルク」


「何だ」


「クライマへ、戻らなければならない」


エルクは、振り返った。


「わかった」


「民が、待っている。廃墟になった故郷を、どうするか、決めなければならない」


「そうだな」


「ただ——」


ノクトは、少し、止まった。


「ここを、離れたくない気持ちは、ある」


エルクは、ノクトの顔を見た。


「ここにいたところで、何かが変わるわけではない。わかっている」


「そうだな」


「だが、ここを、最後に見てから、行きたかった」


「そうしろ」


ノクトは、閉じた門の跡を、しばらく、見た。

それから、エルクへ向かって、頭を下げた。


「ありがとう」


「俺は何も——」


「お前がいなければ、この結末はなかった」


エルクは、それに、答えられなかった。


「また、会う」


ノクトが言った。


「ああ」


「世界が落ち着いたら、また、どこかで」


「そうしよう」


ノクトは、振り返り、歩き始めた。

クライマ軍が、その後に続いた。


ルシラは、少し遅れて、エルクの横に来た。


「あなたに言っておくことがある」


「何だ」


「リアが戻ってくる可能性について、私なりに考えた」


「……」


「閉じる者は、門の力を理解している。門の中に入っても、門そのものを制御できる。つまり——」


「出てくる方法も、知っているかもしれない」


「そういうことよ」


ルシラは、それだけ言って、歩き始めた。


「ルシラ」


「何よ」


「ありがとう」


「感謝はいらないわ。ただ、待っていればいいの。それだけでいいの」


ルシラは、振り返らなかった。

その背中が、遠ざかっていった。


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