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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第六章 終焉の彼方

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終焉の彼方(1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~

光が、消えた。


リアは、立っていた。


廃墟の石畳の上では、なかった。


どこかも、わからなかった。


足元に、地面はあった。

しかし、何でできているのか、わからなかった。

透明だった。

下を見ると、その向こうに、別の空間が、広がっていた。

さらにその向こうに、また別の空間が。

無限に、重なっていた。


「……ここが」


リアは、声に出した。

自分の声が、奇妙に、反響した。

反響が、すぐに消えなかった。

幾重にも重なって、それぞれが少しずつ違うタイミングで、消えていった。

この場所では、音も、一つではなかった。


前を見た。

広大な空間が、広がっていた。

天井はなかった。

壁もなかった。


ただ、光が、あった。

光源がどこかは、わからなかった。

空間全体が、均一に、淡く輝いていた。


白でも、黒でも、なかった。

言葉にできない色だった。


そして、その空間の各所に、何かが、浮いていた。

形がなかった。

しかし、確かに、そこにあった。


近づくと、少しずつ、見えてきた。

景色だった。


人々が生きている景色が、泡のように、宙に浮かんでいた。


一つの泡の中に、市場があった。


別の泡の中に、夜の村があった。


また別の泡の中に、子どもたちが走っていた。


「世界の……記憶か」


リアが、呟いた。


それは、門が飲み込んできた、世界のあらゆる場所の記憶だった。

門が開くたびに、世界の断片が、ここへ引き込まれていた。


百年分。


五十年分。


それ以上の時間の分。

全部が、ここに、漂っていた。



リアは、歩いた。


どこへ向かえばいいのか、わからなかった。

しかし、足が、自然に、動いた。


王家の血が、この空間に、反応していた。

閉じる者として、この場所の構造が、感覚として、伝わってきていた。


中心がある。

この空間には、中心がある。

そこへ向かえば、門を閉じることができる。


リアは、歩き続けた。


浮かぶ景色の間を、抜けていった。

ある景色の前で、足が止まった。


泡の中に、子どもが、いた。

小さな女の子だった。

レグルスの服を着ていた。

泣いていた。

何かを、探していた。


リアは、その景色を、しばらく、見ていた。

自分の子どもの頃に、似ていた気がした。


型にはめられた生活の中で、ただ外を見ていた頃に。


「……行こう」


リアは、また、歩き始めた。

泣いている子どもを、置いていくことになった。

しかし、門を閉じれば、この景色も、解放される。

それが、今できる最善だった。



中心が、見えてきた。

空間の中央に、大きな柱のようなものがあった。


柱ではなかった。

光だった。


太い光の束が、縦に、伸びていた。


上も、下も、終わりが見えなかった。

その光の束を中心に、全ての浮遊する景色が、ゆっくりと、回っていた。


「……これが、門の核か」


リアが、近づいた。

光が、強くなった。

熱は、感じなかった。

しかし、圧力があった。


押し返されるような、しかし、引き込まれるような、矛盾した感覚があった。

閉じる者の血が、それを、かき分けようとしていた。


「行ける」


リアは、そう判断した。

さらに、近づいた。


その時、声が聞こえた。


「来るのが、早かったな」


落ち着いた、男の声だった。

振り返った。


そこに、人が、立っていた。


若い青年だった。

黒い外套を、着ていた。

しかし、廃墟で見た時の、圧倒的な存在感は、なかった。

ただ、静かに、立っていた。


勇者Aが言った。


「リア・エ・アルヴェイン、閉じる者」


「はい」


「ありがとう。」


勇者Aはリアの目を見て言った。


二人の間に、しばらく、静寂があった。


この空間の静寂は、外の世界とは違った。


音がないのではなく、全ての音が、同時に、遠くで響いているような静けさだった。


「聞いていいか」


勇者Aが言った。


「何でしょう」


「お前は、怖くないのか。ここへ来ることが」


リアは、少し、考えた。


「怖かった」


「怖かった、か」


「でも、来た」


「なぜ」


「隣にいたい人がいるから」


その答えは、短かった。

しかし、勇者Aには、その意味が、完全に、伝わった。


「……そういうことか」


「そういうことです」


「隣にいたい者のために、ここへ来たか」


「はい」


「私には、そういう者が、いなかった」


「いた、と思います」


「何?」


「仲間たちが、いた。五十年前、あなたと旅をした人たちが」


勇者Aは、その言葉を、受け取った。

長い沈黙があった。


「……いたな」


「はい」


「今も、いるか」


「いると、思います。どこかに」


「どこかに」


「あなたが終わらせたいと思ったこの世界の、どこかに」


勇者Aは、空間を、見渡した。

浮かぶ景色が、ゆっくりと、回っていた。


「……私は、間違えた」


「はい」


「方法が、間違っていた」


「はい」


「だが——」


「目的は、間違っていなかった」


リアが、先に言った。

勇者Aが、リアを見た。


「世界を救いたかった。それは、本当のことだった。ただ、方法が、間違っていた」


「……お前も、そう思うか」


「はい」


「エルクと同じことを言う」


「彼の隣にいたから」


「そうか」


勇者Aは、また、しばらく、黙っていた。


「お前に、頼みがある」


「何でしょう」


「エルクに、伝えてくれ」


「何を」


「この世界を、好きでいてくれ、と」


「伝えます」


「それだけでいい。それだけで、十分だ」


「わかりました」


「もう一つ」


「はい」


「仲間たちに、会いに行きたい」


「行けます」


「行けるか」


「あなたが決めれば、行ける」


「……そうか」


勇者Aは、光の柱を見た。


「この核を、お前が押さえるのか」


「そのために来ました」


「一人では、閉じきれない。開く者が必要だ」


「わかっています。あなたが、一緒に押さえてくれるなら、閉じることができます」


「代償がある」


「わかっています」


リアが、繰り返した。


「覚悟の上で、来ました」


勇者Aは、リアを、見た。


「お前は、閉じる者だ」


「はい」


「これが、お前の役割か」


「役割だけではありません」


リアが言った。


「隣にいたい人が、外で待っているから、戻らなければなりません。だから、ちゃんと、閉じます。そして、戻ります」


「戻れるか」


「戻ります」


「確証は」


「ありません。でも、戻ります」


勇者Aは、その答えを、長い間、見ていた。

それから、わずかに、笑った。

五十年前の、仲間たちと旅をしていた頃の笑顔に、近かった。


「……わかった」


「一緒に、押さえてくれますか」


「ああ」


「仲間たちに、会いに行けます」


「そうか」


「待っていると、思います」


「……そうだな」


勇者Aは、立ち上がった。

光の柱へ、向かった。


「行こう」



光の柱の前に、二人が、立った。


「どうすればいい」


リアが聞いた。


「私が、核の内側に入る。お前は、外から、押さえろ。王家の血で、封じてくれ」


「わかった」


「一度始めたら、止められない」


「止めない」


「途中で、強い引力が来る。飲み込まれそうになる」


「耐える」


「耐えられるか」


「耐えます」


勇者Aは、それ以上、何も言わなかった。

光の柱へ、向かって、歩いた。

一歩、二歩。

柱に触れた。


光が、爆発するように、広がった。

この空間全体が、揺れた。


浮かんでいた景色が、激しく揺れた。

リアは、足を踏ん張った。


吹き飛ばされそうになった。

しかし、踏ん張った。


「——今だ!」


勇者Aの声が、聞こえた。

リアは、両手を、光の柱へ向けた。

王家の血が、発動した。


これまで感じたことのない力が、体の奥から、溢れ出した。

閉じる者として、封じる力。


門を閉じるための力。

それが、最大まで、開いた。

光が、さらに広がった。


周囲の浮遊する景色が、一つずつ、光の柱へ向かって、引き込まれていき始めた。


市場の景色が、消えた。


夜の村の景色が、消えた。


子どもたちの景色が、消えた。


一つずつ、解放されていった。


「——まだだ」


リアは、力を、さらに、注いだ。

体が、きつかった。

引力が、強かった。

飲み込まれそうだった。

しかし、踏ん張った。


「戻る」


リアは、声に出した。


「ただいまと言いに、戻る」


その言葉が、力になった。


根拠のある力ではなかった。

しかし、確かな力だった。



勇者Aの体が、光の中で、薄れていた。


「——もう少しだ」


声が、遠くなっていた。


「お前は、戻れ」


「戻ります」


「……ありがとう」


「何に対して」


「ここまで来てくれたことに」


リアは、答えなかった。

代わりに、力を、もう一段、上げた。


「仲間たちに、よろしく伝えてください」


「……伝える」


「会いに行けます」


「……そうだな」


「長い間、一人だった」


「そうだ」


「もう、一人じゃなくていい」


勇者Aの声が、さらに、遠くなった。


「……そうだな」


「お疲れ様でした」


返事は、なかった。

しかし、光の中で、何かが、穏やかになった気がした。


長い、長い時間を、背負い続けてきたものが、ここで、ようやく、下ろされたような。

そんな気配があった。


そして——


光が、収束し始めた。


柱が、細くなっていった。


リアは、力を、最後まで、保ち続けた。


細く。

細く。

さらに細く。


そして——


光が、消えた。


核が、閉じた。

門の中心が、静かになった。


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