未来を託す者(3)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
勇者Aとリアが、門に触れた。
光が、爆発した。
目を開けていられないほどの光が、廃墟全体を、包んだ。
全員が、目を、庇った。
空の亀裂が、激しく揺れた。
世界融合の流れが、一瞬、止まった。
そして、逆流し始めた。
「……止まってる」
バルゼディスが、空を見上げながら言った。
「融合が、逆流している」
エルナトの空の光の線が、消え始めた。
ヴァルガンの空の線が、消えた。
クライマの空の線が、薄れた。
別の世界の景色が、薄くなっていった。
重なっていた空が、一枚に戻っていった。
「……戻っている」
アルテフェインが言った。
「世界が、戻っている」
グローワは、エークレイアを見た。
「大樹が、喜んでいる」
静かに言った。
「世界が、元に戻ろうとしている」
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しかし、リアの様子が、変わっていた。
門に触れる両手から、光が、さらに強くなっていた。
門が、リアの力を、強く、吸い込んでいた。
「リア!」
エルクが、前に出た。
リアは、振り返らなかった。
「大丈夫」
「大丈夫じゃない! 引き込まれて——」
「もう少し」
「何が——」
「あと少しで閉じる。今離れたら、また開く」
「それでも——」
「エルク」
リアが、落ち着いた声で、言った。
振り返らなかったが、声に、力があった。
「私は閉じる者だ。これが、最後の仕事だ」
「仕事なんか——」
「仕事だけじゃない」
リアは、言い直した。
「私がここにいるのは、あなたが隣にいてくれたからだ。あなたが扉を開いてくれた。だから、私は、扉を閉じる。そういうことだ」
「……」
「それだけだ」
エルクは、何も言えなかった。
「エルク」
「何だ」
「ちゃんと生きていろ」
「そんな言い方——」
「ちゃんと生きていろ」
リアは繰り返した。
「それだけでいい」
「お前は——」
「戻る」
リアが言った。
「戻る。それだけ信じろ」
「……ああ」
エルクは、両手を握りしめた。
「信じる」
リアの体が、光の中に、入っていった。
「ただいまと言いに戻る」
最後の声が、聞こえた。
門が、完全に閉じた。
光が、消えた。
廃墟に、静寂が戻った。
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空の亀裂が、最後の一本まで、消えていった。
別の世界の景色は、完全に消えた。
地面は、一枚に戻っていた。
門の跡には、何もなかった。
ただ、石畳があるだけだった。
エルクは、その場に、立っていた。
勇者Aも、いなかった。
リアも、いなかった。
空だけが、きれいになっていた。
亀裂のない空が、廃墟の上に、広がっていた。
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「……終わった」
誰かが言った。
バルゼディスだったか、ノクトだったか、分からなかった。
歓声は、上がらなかった。
誰も、喜ばなかった。
全員が、同じ場所を見ていた。
閉じた門の跡を、見ていた。
グローワが、エルクの隣に来た。
長い沈黙があった。
「……勇者Aは」
グローワが言いかけた。
エルクが、先に言った。
「俺が伝言を頼まれていた。グローワへ」
「……何を」
「あの日、止めてくれようとした。それは正しかった。自分が聞かなかっただけだ、と」
グローワは、長い間、黙っていた。
それから、目を閉じた。
「……そうか」
「ノクト」
「……何だ」
「お前は正しかった。あの時、変わってきていると言った。その通りだった、と」
ノクトは答えなかった。
その目が、閉じた門の跡を見たまま、わずかに、揺れた。
しばらくして、低く言った。
「……そうか」
「ルシラ」
ルシラが、振り返った。
「優秀な研究者だった、と」
ルシラは、何も言わなかった。
顔を、背けた。
肩が、わずかに、震えていた。
「ライディス」
「……何だ」
「最後まで、軍務卿だった、レグルスを守れ、未来を託す、と」
ライディスは、しばらく黙っていた。
それから、一度だけ、頷いた。
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シュウが、エルクの横に来た。
「……大丈夫か」
「大丈夫じゃない」
「そうだな」
「でも、立っている」
「そうだな」
シュウは、それ以上、何も言わなかった。
ミレナンが、反対側に来た。
「リアさんは、戻ります」
「そうだろう」
「戻ります。絶対に」
「……ああ」
「だって、ただいまと言う、と言っていましたから」
エルクは、その言葉を受け取った。
《残響》の中に、リアの声が、まだ残っていた。
「ただいまと言いに戻る」
消えていなかった。
声が、残っていた。
それだけが、今、エルクを支えていた。
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ガルゴンが、エルクの後ろに来た。
「下がれ。日の当たる場所に」
「ここにいる」
「そうか」
ガルゴンは、それ以上言わなかった。
ただ、後ろに立っていた。
レイオンが来た。
フレイナが来た。
ライディスが来た。
グローワが来た。
アルテフェインが来た。
バルゼディスが来た。
ノクトが来た。
ルシラが来た。
全員が、エルクの後ろに、集まっていた。
誰も、何も、言わなかった。
ただ、そこに、いた。
エルクは、前を向いたまま、言った。
「……ありがとう」
全員に、言った。
「ありがとう」
もう一度、言った。
風が、吹いた。
光の粒が、どこかから、飛んできた。
エルクの手の上に、一粒、止まった。
世界樹の葉だった。
緑のままの、生きた葉だった。
枯れていなかった。
エルクは、その葉を、手の中で、そっと、包んだ。
「……待ってる」
閉じた門の跡へ向かって、言った。
声は、届かなかったかもしれない。
しかし、言った。
「絶対に、待ってる」
世界が、静かだった。
これまでで一番、静かだった。
亀裂のない空が、廃墟の上に、広がっていた。
人間と、エルフと、ドワーフと、魔族が、肩を並べて、同じ空を、見上げていた。
それは、これまでの世界には、なかった光景だった。
壊れた世界でも、続けていけば、こういう光景が、生まれる。
勇者Aが、見たかったものは、もしかしたら、これだったのかもしれなかった。
エルクは、その光景を、胸に、刻んだ。
いつか、リアが戻ってきた時、必ず、伝えようと、思った。




