未来を託す者(2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
勇者Aの体から、光が、漏れ始めた。
黒い光ではなかった。
白い、淡い、光だった。
五十年前、彼が勇者だった頃の力の色だった。
「……何だ、あれは」
レイオンが、息を呑んだ。
グローワが、静かに言った。
「内側から、崩れている」
「崩れる?」
「五十年間、積み上げてきた魔力の構造が。世界融合という目的のために、全てを束ねていた核が、ずれ始めている」
「なぜ」
「……わからない。だが」
グローワは、エルクを見た。
「おそらく、エルクが、《残響》で、何かを届けたのだろう」
エルクは、それを聞いていたが、勇者Aから目を離さなかった。
《残響》が、聞こえていた。
勇者Aの内側の声が。
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勇者Aの意識は、半分、別の場所にあった。
あの焚き火の夜に。
五十年前、仲間たちと過ごした、最後の夜に。
剣士の若者が、酒を飲んでいた。
魔術師の女性が、星を数えていた。
槍使いが、土を触って、故郷のことを話していた。
癒しの者が、笑っていた。
「もう、お前の番じゃないのか」
剣士が言っていた。
「私の番は、終わった」
勇者Aは、その記憶の中で、答えていた。
「何を言っている」
「お前は、まだ生きている」
「生きているが、終わった」
「馬鹿なことを言うな」
魔術師が、笑いながら言った。
「終わりに来た奴が、そんな顔をするか」
「どんな顔だ」
「迷っている顔だ」
「迷っていない」
「嘘をつくな」
槍使いが、土から手を離して、言った。
「お前は、ずっと迷っていた。五十年間、ずっと」
「迷いながら、ここまで来たのか」
「……」
「だから、止まれなかったのか」
勇者Aは、答えなかった。
「止まれなかっただけだったのか」
癒しの者が、静かに言った。
「止まり方を、忘れていただけだったのか」
「……」
「なら、今から、止まれ」
四人の声が、重なった。
「今から、止まれ」
「遅くない」
「今から始まることが、ある」
「行け」
「どこへ」
「外に、お前を待っている者たちがいるだろう」
勇者Aは、その言葉を、受け取った。
「……お前たちは」
「今ここにいる者たちは、お前が作った世界の続きに生きている。それを、忘れるな」
「忘れていた」
「思い出したか」
「……思い出した」
「ならば、行け」
「仲間が、待っているぞ」
「仲間?」
「外に、いるだろう。お前を止めようとしている連中だ。あれが、仲間だ」
「……止めようとしている者が」
「お前のことを、ちゃんと見ている。それが、仲間というものだ」
勇者Aは、しばらく、黙っていた。
「……五十年間、誰も来なかった」
「来られなかっただけだ」
「理解する者がいなかった」
「お前が去っていたからだ」
「……」
「今、全員がここにいる。お前を倒しに来たんじゃない。お前に会いに来た」
「会いに?」
「会いに来た。五十年間、一人でいた男に。誰よりも世界を愛していた男に。正しくあろうとして、方法を間違えた男に。会いに来た」
その言葉が、廃墟に、静かに、落ちた。
風が、吹いた。
空の亀裂の間から、かすかな光が、差し込んだ。
勇者Aは、その声を、聞いていた。
それから、言った。
「……会いに行く」
「そうしろ」
「お前たちは」
「ここで待っている」
「……そうか」
「ちゃんと終わらせてから来い」
「わかった」
意識が、戻った。
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・
・
「お前は」
勇者Aが、言った。
「《残響》で、何を聞いている」
「お前の孤独」
「……お前は、五十年前の私に、似ている」
「そうか」
「同じ目をしている。諦めない目だ」
「あなたも、最初は、そうだったんだろう」
「……そうだ」
「では、今から、もう一度、そうなれ」
「不可能だ」
勇者Aが、言った。
「もう、動き始めている。止まれない段階に、入っている」
「この融合を止める方法はないのか?」
「それは、代償がある」
「どんな」
「私が消える」
エルクは、その言葉を、受け取った。
《残響》を通じて、その意味が、伝わっていた。
五十年間、世界中の門と繋がり続けてきた存在が、その繋がりを、強引に断ち切る。
それは、繋がりを断ち切るだけではなく、繋がることで存在し続けてきたものを、消すことでもあった。
「消えるのか」
「おそらく。確証はない。だが、そうなるだろう」
「……」
勇者Aが、剣を、ゆっくりと、下げた。
完全には、納めなかった。
しかし、下げた。
「一つだけ、聞かせてくれ」
「何だ」
「お前の名前は何だ」
エルクは、その問いに、驚いた。
「……本名か」
「そうだ。召喚される前の、本当の名前だ」
エルクは、思い出そうとした。
《残響》が、開いていた。
深く、深く、自分の中を、遡っていった。
「……」
「聞こえるか」
「……聞こえそうで、聞こえない」
「そうか」
「お前は知っているか。俺の本名を」
「知らない。だが」
勇者Aが、わずかに、笑った。
「お前の本名は、関係ない。今の名前でいい」
「なぜ聞いた」
「確かめたかった。召喚された者が、自分の本名を忘れかけているかどうか」
「どういう意味だ」
「忘れかけているなら、この世界に馴染んでいる証拠だ。本名を完全に忘れた時、人はこの世界の人間になる。お前は、まだ、忘れかけている段階だ」
「……」
「ここに、根付こうとしている」
エルクは、その言葉を、受け取った。
「俺は、この世界にいる」
「ああ」
「ここの人間に、なろうとしている」
「そうだな」
「だから、この世界を守る」
「そうか」
勇者Aは、もう一度、笑った。
穏やかな笑いだった。
「それでいい」
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勇者Aが、顔を上げた。
目が、変わっていた。
これまでとは、違う目だった。
五十年前の、仲間と旅をしていた頃の目に、近かった。
「エルク」
「……何だ」
「頼みがある」
エルクは、剣を構えたまま、答えた。
「聞く」
「リアを、門へ連れて行ってくれ」
その言葉に、全員が、動きを止めた。
「門を閉じるには、閉じる者と開く者が揃わなければならない。リアは閉じる者だ。私が開く者として、一緒に押さえる」
「その代償でお前は消える」
勇者Aは、一瞬、笑った。
「五十年。もう十分だ」
エルクは、その言葉を、受け取った。
《残響》が、静かに、響いていた。
迷いは、もう、なかった。
「……わかった」
エルクが言った。
勇者Aが、エルクを見た。
「この世界を、好きでいてくれ」
「……ああ」
「では」
勇者Aが、門へ向かって、歩き始めた。
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リアが、すでに、門の前に立っていた。
いつの間にか、そこに来ていた。
二人が、向き合った。
「閉じる者」
「はい」
「一人では閉じられない。私が一緒に押さえる」
「わかっています」
「代償があることは——」
「知っています」
勇者Aは、少し、驚いた顔をした。
「知っていたか」
「《残響》の継承者の隣にいた。聞こえる」
「そうか」
「一つだけ、聞いていいですか」
「何だ」
「本当に、いいのですか。あなたは——」
「ああ」
勇者Aが、答えた。
「仲間のところへ行く。それだけだ」
リアは、その言葉を、受け取った。
「わかりました」
二人は、門へ、向かった。
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エルクは、その場で、見ていた。
走り出したかった。
しかし、足が、動かなかった。
《残響》が、静かに、響いていた。
リアの声が、流れ込んでいた。
声ではなかった。
意志だった。
行くという意志が。
「……止められない」
エルクが、呟いた。
シュウが、隣に来た。
「止めなくていいのか」
「……」
「止めなくていいのか」
「止められない」
しばらくして、言った。
「あいつが決めたことを、止められない」
シュウは、それ以上、何も言わなかった。
ただ、隣に、立っていた。
ミレナンが、反対側に来た。
三人で、門を、見ていた。




