未来を託す者(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
エルクと勇者Aが、向き合っていた。
会話は、終わっていた。
言葉を尽くした。
理解し合った部分も、あった。
それでも、勇者Aは、止まらなかった。
「来い」
勇者Aが言った。
「言葉は十分だ。あとは、力でしかない」
剣が、構えられた。
エルクも、構えた。
後ろに、全員がいた。
「リア、シュウ、ミレナン」
エルクが言った。
「ああ」
「わかってる」
「はい」
返事が重なった。
「行くぞ」
・
・
・
最初の一撃は、リアだった。
大剣を、全力で、正面から振り下ろした。
勇者Aに受け止めた。
しかし、今回は、前と違った。
地面が、割れなかった。
リアが、吹き飛ばなかった。
「……」
勇者Aが、わずかに、目を細めた。
「さっきより重い」
「ずっと戦ってる」
リアが言った。
「疲弊してるはずなのに?」
「軽くなった」
「何が」
「迷いが」
勇者Aは、一瞬、何かが揺れたような顔をした。
その一瞬、リアの大剣が、押した。
わずかに、動いた。
数センチだったが、動いた。
「——シュウ!」
「来た!」
シュウが、側面から、飛び込んだ。
《レプリカ》で複製した短剣を、連続で、繰り出す。
速かった。
積み重ねてきた、これまでにない速さだった。
一撃が、勇者Aの外套を、かすめた。
薄い傷が、入った。
「ミレナン!」
「撃ちます!」
杖の先端から、光の槌が、連続して放たれた。
一発目が、勇者Aの右腕に当たった。
二発目が、左肩を、掠めた。
三発目は、防がれた。
しかし、防ぐために、動いた。
「エルク、今!」
「《残響》——開け!」
エルクは、《残響》を、最大まで、開いた。
世界の声が、流れ込んできた。
勇者Aの剣の軌跡が、見えた。
動きの癖が、見えた。
次の一手が、見えた。
踏み込んだ。
勇者Aの剣が、来た。
読んでいた。
紙一重で、かわした。
エルクの拳が、勇者Aの胸を、打った。
今日初めて、確かな手応えがあった。
勇者Aが、後退した。
一歩だった。
しかし、確かに、後退した。
エルクと勇者Aが、向き合った。
魔法はなかった。
ただ、二人が、剣を構えて、向き合った。
勇者Aは、しばらく、エルクを見た。
「リアのために、時間を作る」
「——来い」
エルクが、言った。
「全力で」
勇者Aは、その言葉を聞いて、わずかに、目を細めた。
剣を、構え直した。
戦いが、始まった。
これまでで最も激しい戦いだった。
勇者Aの剣が、速かった。
エルクは、《残響》だけで、読んだ。
剣ではなく、魔力の流れを。
来る。
右から。
受けた。
また来る。
上から。
かわした。
また来る。
正面から。
押し返した。
腕が、震えていた。
一撃一撃が、重すぎた。
それでも、下がらなかった。
「……強くなった」
勇者Aが、言った。
「あなたが教えてくれた」
エルクが答えた。
「私が?」
「《残響》で、あなたの戦い方を、ずっと見てきた。五十年間の蓄積が、全部、流れ込んできていた」
勇者Aは、少し、黙った。
「皮肉だな」
「そうかもしれない」
「私の経験が、私を止めるために使われる」
「悪いか」
「……悪くない」
勇者Aが、剣を、構え直した。
「ならば、もっと来い。私が本気でいく」
「望むところだ」
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・
ガルゴンが、前へ出た。
「余も混ぜろ。これが最後の戦だ。見物などしておれん」
片腕で戦斧を担いで、走った。
老いた体が、最大の速さで、動いた。
戦斧が、横に薙がれた。
勇者Aは、それを、縦に剣で受けた。
「ヴァルガンの老王」
「なんだ」
「お前は、何のために戦う」
「息子と、その先の子どもたちのためだ」
「子どもたちのために、自分が死ぬかもしれない戦いをするか」
「それが、親というものだ」
勇者Aは、そこで、わずかに、押し返す力が、緩んだ。
ガルゴンが、感じ取った。
「——押せる!」
全力で、押した。
勇者Aが、二歩、後退した。
バルゼディスとがアルテフェインは、詠唱を終えていた。
最大出力の魔法が、勇者Aへ向かった。
勇者Aに当たる直前に、空間が歪んだ。
グローワが、精霊の力を、解放した。
精霊の光が、空間の歪みを、補正した。
魔法が、歪まずに、勇者Aへ、直撃した。
轟音が、響いた。
煙が、上がった。
「……今度こそ」
全員が、固唾を呑んで、見ていた。
煙が、晴れた。
勇者Aは、立っていた。
しかし、外套が、大きく、焦げていた。
肩から、血が、一筋、流れていた。
「……届いた」
アルテフェインが、静かに言った。
「初めて、本当に、届いた」
「ノクト!」
「わかっている」
ノクトが、第四軍を率いて、突入した。
今度は、散らばらなかった。
横一列で、同時に、踏み込んだ。
一人目が剣を振る瞬間、勇者Aの視界を塞ぐように、二人目が動いた。
二人目が来た瞬間、三人目が足元を狙った。
三人目の動きに対応しようとした瞬間、四人目が正面から来た。
連携していた。
勇者Aが、四方から同時に対応しなければならなかった。
「ルシラ!」
「もうやってるわ」
ルシラが、後方から、精密な魔法の矢を、連射した。
勇者Aが対応する先に、先回りして、矢を置いていた。
どこへ動いても、矢がある。
逃げ場を、作らせなかった。
ライディスは、傷ついた体で、走っていた。
第四軍の隙間を縫って、勇者Aの死角に、入った。
これまでの戦いで培った、全ての技術を、一点に集めた。
剣が、振り抜かれた。
勇者Aの背中を、浅く、斬った。
血が、出た。
リアが勇者Aの横に回り込み、踏み込んだ。
大剣が勇者Aをかすめた。
「リア!」
大剣が空を切るその時、後ろからミレナンが電撃魔法を大剣に当てた。
大剣の軌道が変わり、勇者Aを斬った。
「…」
勇者Aが、振り返った。
その目に、これまでとは違う光があった。
「……本気でくるか、全員」
「全員だ」
エルクが言った。
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戦いは、変わっていた。
個々の力では、勇者Aに及ばなかった。
しかし、全員が連携することで、初めて、傷を、重ねられていた。
一つ一つは浅かった。
しかし、積み重なっていた。
勇者Aが、わずかに、動きを変えた。
これまでよりも、守りに入る瞬間が、増えていた。
「……《残響》が、揺れている」
エルクが、気づいた。
《残響》を通じて、勇者Aの内側が、変化していた。
迷いが、大きくなっていた。
戦いながら、何かが、崩れていっていた。
「エルク」
シュウが言った。
「わかってる。もう少しだ」
「もう少し、で何が起きる」
「俺にも、まだ、わからない。でも、変わる」
「何が」
「あの人の中の、何かが」
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その時、勇者Aが、一歩、下がった。
戦略的な後退ではなかった。
体が、傾いていた。
右膝が、わずかに、折れていた。
それは、傷のせいだけではなかった。
《残響》を通じて、エルクには、わかっていた。
勇者Aの内側で、何かが、崩れ始めていた。
五十年間、積み上げてきた確信が。
世界をやり直せば、全て解決するという、絶対の確信が。
その礎が、今、崩れていた。
「……」
勇者Aは、剣を、前に突いた状態で、止まっていた。
動かなかった。
エルクは、その隙に、踏み込まなかった。
「……何をしている」
ガルゴンが、エルクへ言った。
「今が好機だ」
「違う」
エルクが答えた。
「今は、待つ」
「待つ?」
「あの人の中で、何かが起きている。それが終わるまで、待つ」
ガルゴンは、文句を言いかけた。
しかし、エルクの目を見て、黙った。
全員が、待った。




