勇者と魔王(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
ライディスが、王城から出てきた時、戦場は、静まり返っていた。
レグルス軍の兵士たちが、各地で、剣を下ろしていた。
王が討たれたという事実が、伝わるより前に、何かが、空気を通じて、伝わっていた。
長年、王の意志を背負って戦ってきた者たちが、一人また一人と、膝をついていた。
歓声は、上がらなかった。
誰も、喜ばなかった。
全員が、同じ方向を、見ていた。
廃墟の中央。
巨大な門。
その前に立つ、黒い外套の青年。
王が死んでも、勇者Aは、一歩も動いていなかった。
まるで、最初から、王のことなど、眼中になかったかのように。
ライディスは、その姿を見て、剣を、鞘へ収めた。
「王を倒しても、何も変わらなかった」
副官が、隣で言った。
「いや」
ライディスが、首を振った。
「変わった。これで、俺たちは、何も迷わずに前を向ける」
副官は、それ以上、何も言わなかった。
ライディスは、エルクたちの方へ、歩き始めた。
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門の光が、強くなっていた。
昨日よりも。
一時間前よりも。
一分前よりも。
加速していた。
エルナトの空に、光の線が走った。
ヴァルガンの空にも。
エークレイアの空にも。
クライマの空にも。
それぞれの空に走った光の線が、一点へ向かって、収束していった。
門と門が、結ばれていく。
世界融合が、最終段階へ、入っていた。
勇者Aが、ゆっくりと、目を開けた。
「間に合わなかったな」
静かな声だった。
感情は、なかった。
勝ち誇りも、なかった。
ただ、事実として、述べていた。
「これで、世界は一つになる」
その言葉が、廃墟に、広がった。
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エルクは、勇者Aから、数十メートルの距離に、立っていた。
リアが、左に。
シュウが、右に。
ミレナンが、後方に。
ガルゴンが、右後ろに。
グローワが、左後ろに。
アルテフェインが、その後ろに。
ノクトが、さらに後ろに。
後方には、ヴァルガン軍、エルナト魔導師団、エークレイア守護隊、クライマ軍が、整列していた。
全員が、前を見ていた。
だが、誰も、動かなかった。
勇者Aから放たれる存在感が、足を、縫いつけていた。
圧力ではなかった。
威圧でも、なかった。
もっと、根本的な何かだった。
この存在は、今、世界そのものと、繋がっていた。
門の全てが、この存在を通じて、共鳴していた。
世界の崩壊が、この存在を中心に、進んでいた。
一人の人間が、世界の中心に、立っていた。
ノクトが、静かに、言った。
「あの方は……もう人ではない」
その声に、この場の誰もが、頷きたかったはずだった。
ガルゴンが、額の汗を、拭った。
「これほどの相手か……」
それだけ言って、戦斧を、握り直した。
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勇者Aの目が、エルクだけを、見た。
「残響の継承者」
「ここまで来たか」
エルクは、剣を、構えた。
「あなたを止める」
勇者Aは、首を、横に振った。
「止める?」
「私は世界を救う」
「その言葉を、何度聞いても、変わりません」
「そうだな。変わらない。なぜなら、それが真実だから」
「その救い方が、間違っている」
勇者Aは、わずかに、口の端を、上げた。
「間違い、か」
「そうです」
「お前は、何が正しいと思っている」
エルクは、一瞬、考えた。
「今を生きている者を、消さないこと」
「それだけか」
「それだけで、十分だ」
勇者Aは、しばらく、エルクを見た。
「では、話そう」
「話す?」
「剣を振る前に、一度だけ、話す」
その言葉に、エルクの後ろで、誰かが、武器を構え直す音がした。
だが、エルクは、頷いた。
「わかった」
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「五十年前」
勇者Aが、語り始めた。
「私は、召喚された。元の世界から、この世界へ」
「知っている」
「知っているか。では、私が最初に何を思ったか、知っているか」
「帰りたかった、と聞いた」
「そうだ」
勇者Aは、少し、下を向いた。
「最初の一年は、帰ることしか考えていなかった。だが、世界を救えば帰れると言われた。だから、戦った。それだけだった」
「仲間とともに」
「そうだ。仲間がいた。それが、変えた」
勇者Aの声が、わずかに、変わった。
感情が、滲んだ。
五十年間、押し込めていたものが、わずかに、漏れ出していた。
「仲間がいれば、帰りたいという気持ちが、薄れていった。この世界も、悪くない、と思い始めた。守りたい者たちが、できた」
「だが、仲間は死んだ」
「そうだ」
「全員」
「全員だ」
沈黙があった。
「その後」
エルクが、続きを、促した。
勇者Aは、空を、見た。
「その後、私は、門を調べた。世界の傷を調べた。そして、知った。この世界は、最初から、壊れていた。仲間が死んだことと、無関係に、世界は、壊れ続けていた」
「だから、やり直そうとした」
「違う」
勇者Aが、言った。
「最初は、直そうとした。修復しようとした。だが、分かった。修復できる傷ではなかった。根本から間違っているのだと、分かった」
「いつ、そう確信した」
「仲間の最後の一人が死んだ時だ」
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勇者Aは、歩いた。
エルクの方へ、ではなく、横へ。
廃墟の石畳の上を、静かに、歩いた。
「彼女は、最後まで、帰りたいと言っていた」
「仲間の一人か」
「魔法を使う者だった。強かった。この世界で生きることを、受け入れていたように見えていた。だが、最後に、漏らした」
「帰りたい、と」
「帰りたい、と」
勇者Aは、立ち止まった。
「私は、その言葉を聞いて、初めて、本当に、分かった。この世界は、召喚された者たちにとって、救いようがない場所なのだと。帰る方法は、ない。仲間は、全員死んだ。世界は、また、争いを始めた」
「だから」
「だから、やり直す。それだけだ」
エルクは、その言葉を、黙って、受け取った。
否定する気には、ならなかった。
否定できるような、軽い言葉ではなかった。
「間違ってない」
エルクが、静かに、言った。
「何?」
「あなたが見てきたものは、間違っていない。世界が壊れているのも、仲間が死んだのも、帰れなかったのも、全部、本当のことだ」
「ならば」
「だからって、今を生きている人たちを消していい理由にはならない」
勇者Aは、少し、黙った。
「それが分からないから、お前はまだ若い」
「若くていい」
エルクが、言い返した。
「若いから、これからのことを、考えられる。あなたには、見えていない未来が、俺には見える」
「どんな未来だ」
「壊れた世界でも、続けていく人たちがいる。その先に、何かがある。俺には、まだ、それが何かは分からない。でも、消してしまえば、分からないまま終わる」
「分からないまま続けても、いつか崩壊する」
「かもしれない」
「かもしれない?」
「かもしれない、と言った。確かじゃない。あなたの言う崩壊も、確実じゃない」
勇者Aは、それに、答えなかった。
「確実だ」
しばらくして、言った。
「私が五十年間、計算し続けた結果だ。誤差の範囲ではない」
「その計算は、今の状況を想定しているか」
「何?」
「世界連合が、できた。人間と魔族が、同じ方向を向いた。エルフとドワーフが、一緒に戦った。五十年前、あなたの計算に、それが含まれているか」
勇者Aは、答えなかった。
「含まれていない」
エルクが言った。
「変数が、変わっている。計算が、変わっているかもしれない」
「……変わらない」
「確認したのか」
勇者Aは、その問いに、すぐに、答えなかった。
その沈黙が、エルクには、何かを意味しているように、見えた。




