王の最期(3)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
剣が、ぶつかった。
轟音が、崩れた玉座の間に、響いた。
王の剣は、重かった。
ライディスは、それを、受けた瞬間、驚いた。
この重さは、ただの老人のものではなかった。
「陛下は——」
「私は、召喚者だ」
王が、言った。
剣を振りながら、語った。
「この世界に来た時、私には、魔力があった。この世界では、稀な種類の魔力だった。それで、王家に拾われた。そして、鍛えた。三十年どころではない。もっと長い年月を、私は、この世界で生きてきた」
「何年、いるのですか」
「百年近い」
ライディスは、その言葉に、足が、わずかに、止まりかけた。
「私は王の顔が肖像と一致しないと気づいた。あれは——」
「そういうことだ」
王が、一歩、踏み込んだ。
剣が、速かった。
百年分の技が、そこにあった。
ライディスは、防ぐことだけに、集中した。
攻撃どころではなかった。
「私が召喚された頃、勇者Aも、いた」
王が、続けた。
「同じ時代ではない。彼が消えた後、しばらくして、私は来た。だが、彼の記録は、残っていた。門の研究も、残っていた。私は、それを引き継いだ」
「なぜ、公にしなかった」
「公にして、何になる。人間は、信じない。証明できない」
「証明できなくても、話すべきだった」
「お前もか」
王が、剣を大きく振った。
ライディスが、後退した。
壁に、背中が、ぶつかりそうになった。
横へ、飛んだ。
「ノクトも、グローワも、皆、同じことを言う。話せばよかった、信じてもらえた、と。だが」
王の剣が、また来た。
「話したことがあった」
その言葉に、ライディスは、聞き耳を立てた。
「誰に」
「勇者Aに」
「……それで」
「彼は信じた。世界が壊れていることを。門の危険を。だが、私たちは、方法が違った」
「あなたは、新しい世界の王になりたかった」
「……否定はしない」
「勇者Aは、世界をやり直したかった」
「目的は、同じだ。結果として、世界が正しくなればいい」
「方法が、違いすぎる」
「ならば、それを、今ここで——」
王の剣が、さらに、速くなった。
ライディスは、崩れた柱の陰に、入った。
一瞬、体を、隠した。
次の動きを、読んだ。
王は、右側から来る。
体を、左へ出した。
剣が、右の空間を、抜けた。
ライディスの剣が、王の剣を、横から、弾いた。
「——っ」
王が、わずかに、体勢を崩した。
ライディスは、その一瞬を、逃さなかった。
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「陛下」
剣を、王の胸へ、向けながら、ライディスは、言った。
「一つだけ、聞いてもいいですか」
王は、剣を構えたまま、答えた。
「何だ」
「あなたは、本当に、世界を救いたかったのですか」
「……」
「それとも——」
ライディスは、王の目を、見た。
「支配したかっただけですか」
長い、沈黙があった。
崩れた天井から、外の風が、入ってきた。
埃が、舞った。
王は、ゆっくりと、剣を、下げた。
「……両方だ」
静かに、言った。
「最初は、救いたかった。本当に、世界が壊れているのが、見えていたから。勇者Aと同じものを、見ていたから」
「それが」
「変わった。いつからか、わからない。気づいた時には、新しい世界の王になることが、目的になっていた」
「正直に言ってくれた」
「お前には、嘘をついても仕方がない」
王は、玉座を見た。
砂埃の積もった、古い玉座を。
「私は、王だった」
「はい」
「だが、民を、守れなかった」
「はい」
「レグルスを、壊した」
「……はい」
「それが、答えか」
王が、ライディスを、見た。
その目に、これまで見たことのない、静けさがあった。
激しかった目が、今は、凪いでいた。
「ライディス」
「はい」
「お前は、正しい」
「……」
「三十年、仕えてくれた。その忠義は、本物だった。ただ——」
王が、わずかに、頭を下げた。
「私が、正しい王ではなかった」
ライディスは、その言葉を、受け取った。
涙は、出なかった。
出る場所を、もう、失っていた。
「陛下」
「なんだ」
「もうあの方は止まりません。世界融合は——」
「止められない。私が始めてしまったことだ」
「だから」
「だから、お前が、止めろ」
王が、剣を、完全に、下げた。
「私には、もう、力がない。お前と戦って、残りを、使い切った」
「陛下——」
「来い」
王が、ライディスへ、向かって、一歩、踏み出した。
ライディスは、動けなかった。
王が、さらに、踏み込んだ。
剣が、来た。
最後の一撃だった。
力は弱かった。
しかし、それでも、剣だった。
ライディスは、それを受けながら、同時に、自分の剣を、前へ出した。
王の剣が、ライディスの肩を、かすった。
ライディスの剣が、王を、貫いた。
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王が、膝をついた。
ライディスは、剣を、そっと、引いた。
王の体を、支えた。
「勇者Aは……止まらない」
王が、低く言った。
「わかってます」
「だから」
「俺たちが止めます」
「……そうか」
王は、それ以上、何も言わなかった。
ゆっくりと、目を閉じた。
ライディスは、王が完全に動かなくなるまで、その体を、支え続けた。
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ライディスは、立ち上がった。
玉座の前に、王冠が、落ちていた。
拾った。
古い王冠だった。
傷がついていた。
埃がついていた。
ライディスは、それを、玉座の座面に、そっと、置いた。
「あなたは、王でした」
静かに、言った。
「ですが——最後まで、国は、守れませんでした」
玉座を、一歩、離れた。
振り返った。
崩れた玉座の間の先、壊れた扉の向こうに、外が見えた。
黒い空に、無数の亀裂。
門の光が、さらに強く、輝いていた。
勇者Aの魔力が、さらに増していた。
世界融合が、進んでいた。
「エルク」
ライディスは、呟いた。
「あとは、頼んだ」
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廃墟の中央。
巨大な門の前。
エルクと勇者Aが、向き合っていた。
両者の間に、数メートルの距離があった。
エルクは、剣を、構えていた。
勇者Aは、剣を、手元で、静かに持っていた。
まだ、構えていなかった。
「来たか」
勇者Aが、言った。
「ああ」
「仲間は、全員、いるのか」
「後ろにいる」
「そうか」
勇者Aは、わずかに、空を見た。
門の光が、強くなっていた。
「時間は、あまりない」
「知ってる」
「止められると、思っているか」
「思っている」
「根拠は」
エルクは、答えなかった。
代わりに、《残響》を、わずかに、開いた。
世界の声が、流れ込んだ。
その中に、リアの気配があった。
シュウの気配があった。
ミレナンの気配があった。
後ろに、全員が、いた。
「仲間がいる。それで、十分だ」
勇者Aは、それを聞いて、少し、目を細めた。
その表情は、白い空間で話した時と、同じだった。
何かが、その目の奥に、あった。
「……そうか」
勇者Aが、剣を、構えた。
エルクも、構えた。
二人の勇者が、向き合った。




