最後の戦争(3)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
エルク、リア、シュウ、ミレナンは、連合軍の先頭を走っていた。
道中、それぞれが、これまでにない戦いを強いられていた。
リアの前に、これまで見た中で最大の異界獣が、立ちはだかった。
体高は、十五メートルを超えていた。
黒い甲殻を持ち、四本の腕を持ち、その全てに、刃のような突起があった。
地を踏むだけで、地面が、陥没した。
「来い」
リアは、大剣を構えた。
逃げる気は、まったくなかった。
異界獣が、突進してきた。
リアは、正面から、受けた。
「——っ」
衝撃が、両腕に、走った。
地面が、ずれた。
しかし、吹き飛ばされなかった。
足が、石畳を、えぐっていた。
踏ん張っていた。
「一回じゃ倒れない」
リアは、大剣を押し返した。
異界獣の突進の力を、横へ逃がした。
巨体が、横へ、流れた。
その瞬間、体側の甲殻の薄い部分が、見えた。
「そこだ」
大剣が、その場所を、貫いた。
異界獣が、高い声を、上げた。
「もう一回」
リアは、剣を引き抜かずに、さらに押し込んだ。
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シュウは、周囲を三体の異界獣に、囲まれていた。
普通ならば、詰んでいる状況だった。
しかし、シュウは、笑っていた。
「《レプリカ》」
右手の三本の短剣が、左手に複製された。
短剣は六本に増えた。
体を、低くした。
一体目が来る。
右の短剣が、薙ぎ払った。
二体目が来る。
体を滑らせながら、左の短剣が、すれ違いざまに、貫いた。
三体目が来る。
飛んだ。
空中で、残り四本の短剣を、全て、一体の頭部へ投げた。
着地。
三体とも、倒れていた。
「一人でやることじゃないよ、これ」
シュウが、息を吐いた。
「でも、できたからいいか」
次の敵へ、走り出した。
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ミレナンは、崩れ落ちそうな橋の上で、杖を構えていた。
橋の向こうに、渡れずにいる兵士が、十数名いた。
橋が、半分、崩れていた。
自重を支えられるかどうか、ギリギリの状態だった。
「杖で、魔力を通す」
ミレナンは、橋の崩れた部分へ、杖を向けた。
これまでの杖では、ここまで精密な制御はできなかった。
しかし、エークレイアで手に入れた新しい杖は、違った。
魔力が、橋の石材の間に、入り込んでいった。
石同士を、繋いでいく。
魔力の接着剤のように、橋を、繋ぎとめていく。
「渡れます! 急いで!」
兵士たちが、橋を渡り始めた。
ミレナンは、その間、杖を離さなかった。
離せば、橋が崩れる。
全員が渡り切った瞬間、ミレナンも、飛んだ。
橋が、崩落した。
着地した直後、息を整える間もなく、次の場所へ走った。
「次はどこですか、エルク!」
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エルクは、走りながら、双眼鏡と《残響》を、同時に使っていた。
世界の歪みが、あまりにも激しく、通常の視界では、先が読めなかった。
道が、突然消える。
地形が、瞬時に変わる。
時間の流れが乱れ、一歩前に踏み出した兵士が、百メートル先に飛ばされる。
そういう現象が、至るところで、起きていた。
《残響》を開いた。
世界中の音が、流れ込んできた。
剣がぶつかる音。
兵士たちの叫び。
異界獣の咆哮。
地面が割れる音。
門の鼓動。
それらが、一つの大きな流れになって、エルクの中へ、入ってきた。
そして、双眼鏡を通じて、それらが、視覚の情報と、重なった。
《残響》が見せるものと、双眼鏡が見せるものが、一つになった。
瞬間、視界が、広がった。
これまで見えていなかったものが、見えた。
空間の裂け目の位置。
異界獣が次に現れる場所。
地面が崩落する直前の兆候。
時間の流れが乱れている区域。
全部が、色として、見えていた。
「右へ三十歩!」
エルクが、叫んだ。
「その先は落ちる!」
連合軍の兵士たちが、走った。
直後、それまで踏んでいた地面が、巨大な裂け目になった。
「止まるな! 十秒後!」
「空から来る!」
「盾を構えろ!」
全員が、盾を、頭上へ向けた。
次の瞬間、飛行型の巨大な異界獣が、急降下してきた。
「リア!」
「わかってる」
リアが、大剣を振り上げた。
真正面から、迎撃した。
急降下の速度と、大剣の斬撃が、正面からぶつかった。
衝撃が、地面を、震わせた。
だが、リアは、吹き飛ばされなかった。
異界獣が、真っ二つになって、落ちた。
「次はどこだ!」
シュウが、叫んだ。
「左! 魔力の核は胸にある!」
「ミレナン!」
「今!」
ミレナンの杖から、光の槌が、放たれた。
異界獣の胸へ、直撃した。
異界獣が、爆発するように、消えた。
四人が、息を、合わせた。
誰も、止まらなかった。
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《残響》が、さらに、深く開いていた。
エルクは、走りながら、それを感じていた。
これまで聞こえていたのは、その多くは過去の記録だった。
死者の声。
戦場の痕跡。
仲間の記憶。
しかし、今、何か、違うものが、聞こえていた。
まだ、起きていないことが、聞こえていた。
地面が、割れる音——それは、今ではなく、五秒後の音だった。
兵士の悲鳴——それは、まだ、その兵士が倒れていない時の、声だった。
剣がぶつかる音——それは、ぶつかる寸前の、空気の音だった。
ほんのわずかな、先を、聞いていた。
「これは——」
エルクは、走りながら、理解した。
「世界が壊れることで、未来の残響まで明確に拾える」
時間の流れが乱れているから、未来の出来事が、現在へ、染み出していた。
完全に未来が見えるわけではない。
数秒先だけ。
ほんの、わずかな先だけ。
しかし、それで、十分だった。
「ヴァルガン軍!」
エルクが、大声で叫んだ。
「三十秒後、左翼に崩落! 今すぐ中央へ集めろ!」
「エルナト!」
「魔導砲の射線を、十五度、右へ変えろ! 今の射線には何もいない!」
「エークレイア!」
「世界樹の根を、北東へ伸ばせ! 二分後に、そこに道が必要になる!」
「第四軍!」
「前方、百五十メートル地点に、大型が三体現れる! 今すぐ槍を構えろ!」
指示が、次々と、飛んでいった。
どの指示も、数秒から数分後の事態に対応していた。
各部隊は、最初は戸惑いながらも、指示通りに動いた。
そして、エルクの言った通りの事態が、次々と、発生した。
「当たった」
レイオンが、呟いた。
「全部、当たった」
ガルゴンが、大きな笑い声を上げた。
「はは! まるで戦神だ!」
「違う」
アルテフェインの声が、静かに、重なった。
「指揮官、いや、希望だ」
ノクトは、その様子を、少し離れた場所から、見ていた。
静かに、言った。
「残響か。エルクには全部見えている」
その声には、わずかな、安堵があった。
この世界には、まだ、可能性がある。
そう感じさせるものが、エルクという存在に、あった。
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先頭を走っていた四人が、丘の上へ出た。
眼下に、広大な廃墟が、広がっていた。
かつてレグルス王国だった場所だった。
かつて石造りの建物が立ち並んでいた場所が、今は、瓦礫の原野になっていた。
空は、完全に黒く染まっていた。
無数の亀裂から、黒い光が、漏れ続けていた。
その中央に、巨大な門が、あった。
ヴァルガンで見た北部の門とは、比べ物にならない大きさだった。
地面から空まで、続いているように見えた。
その門から、黒い魔力が、滝のように、噴き出していた。
そして、その門の前に、二人が、立っていた。
一人は、剣を持った青年だった。
黒い外套。
長い黒髪。
もう一人は、老いた人間だった。
白い髪。
ぼろぼろの衣服。
魔王と、レグルス王だった。
エルクは、双眼鏡を、下ろした。
《残響》が、静かに、響いていた。
その中に、勇者Aの声が、混じっていた。
「……そこまで辿り着いたか」
声は、穏やかだった。
驚きではなく、確認するような声だった。
「誰も死なせない」
エルクは、それに、答えた。
声は届いているのか、届いていないのか、わからなかった。
しかし、答えた。
後ろから、足音が、近づいてきた。
ヴァルガン軍。
エルナト魔導師団。
エークレイア守護隊。
クライマ第四軍・第二軍。
レグルス残存兵。
全軍勢が、丘の上へ、集まり始めた。




