最後の戦争(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
夜が、明けなかった。
空には無数の亀裂が走り、昼と夜の境界が消えていた。
東の空から白みが来るかと思えば、頭上の亀裂から深い闇が漏れ出し、世界は絶えず薄暗い混沌に包まれていた。
大地は、至るところで、割れ続けていた。
山が崩れ、川が逆流し、海岸線が変わり始めていた。
世界各地の門から異界獣が現れ続けているだけではなく、門の周囲では重力が歪み、空間が折れ曲がり、時間の流れそのものが乱れ始めていた。
世界そのものが、牙を剥いていた。
エークレイアの世界連合軍本部では、夜明けの鐘が鳴る代わりに、出陣の鐘が鳴った。
アルテフェインが、巨大な地図を広げた。
「全ての魔力の流れが、レグルスへ向かっている。門の接続が、もうほぼ完成している。残り時間は、わずかだ」
「作戦は」
レイオンが聞いた。
「単純だ。全軍でレグルスへ向かう。勇者Aへ辿り着くこと。それだけが目的だ」
「途中の異界獣は」
「各部隊が対処しながら進む。指揮系統は維持する。ただし、状況が変わった場合は、各部隊長の判断を優先する」
テーブルの周囲を、各国の代表が、囲んでいた。
レイオン。ガルゴン。フレイナ。
アルテフェイン。バルゼディス。
グローワ。
ノクト。ルシラ。
ライディス。
エルク。リア。シュウ。ミレナン。
全員の目に、同じものが、宿っていた。
恐怖ではなかった。
覚悟だった。
エルクは、静かに、頷いた。
リアは、剣の柄を、握り直した。
シュウは、新調した短剣を、腰に差した。
ミレナンは、新しい杖を、両手で持った。
「行こう」
エルクが言った。
それで、十分だった。
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ヴァルガン軍が、最初に、動いた。
レイオンを先頭に、数千の戦士が、山岳地帯へ向かって、進軍を開始した。
これまで何度も戦った山道だったが、今日は、まるで別の場所だった。山そのものが、不安定だった。
「前方、注意!」
先頭の偵察部隊から、声が上がった。
「地面が——」
その言葉が終わる前に、前方の山肌が、爆発するように、割れた。
岩が、宙に浮いた。
一瞬、全員が、動きを止めた。
浮いた岩が、集まり始めた。
一つになった。
形を、整えた。
巨大な、岩でできた、四足の獣だった。
体長は、二十メートルを超えた。
脚の一本一本が、城壁ほどの太さだった。
頭部に目はなく、ただ、黒い光が、二点、点滅していた。
「岩が……生きている」
兵士の一人が、呟いた。
「構えろ!」
レイオンが叫んだ。
前列の重装兵が、盾を構えた。
しかし、岩獣の前列への突進が始まると、その盾が、まるで紙のように、吹き飛んだ。
「はさめ! 側面から——」
「左翼、崩れています!」
報告が、次々と入ってきた。
岩獣は、一体ではなかった。
山脈の各所から、岩が浮き上がり、同じようなものが、次々と生まれていた。
フレイナが槍を構えた。
「私が一体づつ動きを止める」
フレイナは岩獣の足を狙った。槍が貫き、岩は崩壊した。
「再生する!」
剣で砕いても、砕いた岩が再び集まってくる。
通常の武器では、意味がなかった。
「退けない! 包囲される!」
レイオンは、その状況を、瞬時に読んだ。
突破するしかなかった。
「ヴァルガン軍、全力突撃! 道を作る!」
その時、前列の兵士たちが、割れた。
一人の大男が、前へ出てきた。
片腕だった。
もう一方の腕は、義手で、そこに、重い戦斧が固定されていた。
ガルゴンだった。
「退け」
老王が、低い声で言った。
「余が、先に行く」
ガルゴンは、走った。
片腕でも、その速さは、若い兵士たちを、圧倒していた。
巨大な岩獣が、突進してくる。
ガルゴンは、避けなかった。
戦斧が、振り上がった。
轟音。
岩獣の前脚が、真っ向から、斬り飛んだ。
「硬い。だが、砕ける!」
岩が、再生しようとする。
ガルゴンは、再生が完成する前に、もう一撃を、叩き込んだ。
また。
また。
また。
「なら砕き続けるだけだ!」
その声に、ヴァルガン兵たちが、一斉に、動いた。
ガルゴンを中心に、突破口が、開いていく。
砕かれた岩が再生する前に、次の一撃が入る。
完全に再生させないことが、対処法だった。
レイオンは、その突破口の中を、部隊を率いて、進んだ。
父の背中が、見えた。
片腕で、何体もの岩獣を、同時に相手にしていた。
すでに、どこかで傷を受けていた。
それでも、退かなかった。
「これが、戦士王」
レイオンは、思わず、口の中で、呟いた。
「……絶対に、届いてみせる」
ヴァルガン軍は、山脈を、突破した。
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エルナトの魔導師団は、平原を、進んでいた。
空が、問題だった。
亀裂から、巨大な飛行型の異界獣が、次々と、降ってきていた。翼を持ち、魔力で構成された体を持つ存在たちが、数百の単位で、空を埋め尽くしていた。
さらに、その高空には、魔力嵐が発生していた。
凝縮された異界の魔力が、風になって、暴れ回っていた。
近くで魔法を使えば、暴発する危険があった。
「怯むな!」
バルゼディスが、後列から、声を張った。
「撃てる場所を選べ! 嵐の中心は避けろ!」
魔導師たちは、それでも、前進を止めなかった。
エルナトの戦い方は、正面からぶつかることではない。
距離をとり、情報を集め、最も効率的な位置から、最大の魔法を叩き込む。
それが、この国の戦い方だった。
複数の魔導師が、役割を分担した。
観測班が、飛行型の軌道を、読み続けた。
防衛班が、嵐の中を通過しようとする敵を、弾いた。
攻撃班が、観測班の情報を受けて、正確な射線を、選んだ。
「射線、三十度左!」
「一射目、嵐を貫いて——撃て!」
轟音。
光の柱が、空へ向かって、突き抜けた。
嵐の中を通過した魔力が、向こう側で、飛行型の群れの中心に、炸裂した。
一度の砲撃で、数十体が、消えた。
「再装填! 射線変更!」
しかし、消えた分だけ、また、裂け目から来た。
「減らない」
魔導師の一人が、疲弊した声で言った。
「数が、多すぎる」
「減らす必要はない」
アルテフェインの声が、聞こえた。
全員が、振り返った。
アルテフェインは、魔導師団の先頭に立ち、空を見上げていた。
金色の瞳が、亀裂の向こうを、見据えていた。
「通過する道を、一本、作る。それで、十分だ」
「しかし、あの数では——」
「一瞬でいい」
アルテフェインは、両腕を、広げた。
魔力が、集まり始めた。
規模が、これまでとは違った。
個人が使う魔法の量ではなかった。
「バルゼディス」
「わかっている」
バルゼディスが、大声で命令した。
「魔導師団、全員! 魔力を賢者長へ! 今すぐ!」
数百人の魔導師たちが、同時に、魔力を、アルテフェインへ向けて、送り始めた。
アルテフェインの体が、光り始めた。
それは、もはや人間の発する光ではなかった。
空を圧する、巨大な魔力の奔流が、一点に集中していた。
「撃て」
一言だった。
それと同時に、光が、空へ向かって、解放された。
縦に、横に、空を覆っていた亀裂が、その一撃によって、一瞬だけ、全て、閉じた。
飛行型の異界獣たちが、供給源を断たれた魚のように、一斉に、消えた。
沈黙が、落ちた。
「今だ! 前へ!」
バルゼディスが叫んだ。
魔導師団が、一斉に、走り始めた。
空が再び裂け始めるまでの、数十秒。
その時間で、全部隊が、危険区域を、突破した。
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