勇者A(3)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
「一つだけ、聞かせてくれ」
エルクが言った。
「何だ」
「仲間が、全員死んだ後、一人で、何を考えていた。五十年間、何を」
勇者Aは、しばらく、その問いを、受け止めていた。
「考えていた、というより——」
「見ていた」
「世界を?」
「世界と、門と、人間と、魔族と、エルフと、ドワーフを。全部が、少しずつ、壊れていくのを、見ていた。誰も、気づいていなかった。気づいていても、信じなかった。信じても、動かなかった」
「孤独だった」
「そう言うな」
「言う。それが事実だから」
勇者Aは、返さなかった。
「お前は、五十年間、一人で世界の終わりを見ていた。その重さは、俺には、わからない。わかると言えば、嘘になる。でも」
エルクは、勇者Aを、真正面から見た。
「それでも、お前のやり方は、間違っている」
「なぜ」
「今、ここに生きている者たちを、消す権利が、お前にはない」
「私には、ある」
「ない」
エルクが、はっきりと、言った。
「世界の真実を知っていても、五十年間、一人で背負っていても、そんな権利は、誰にも、ない」
「では、誰が、終わらせる?」
「終わらせなくていい」
「いつか、崩壊する」
「なら、その時まで、生きる」
勇者Aは、少し、表情を変えた。
疲れたような、諦めたような——それでいて、わずかに、何かが揺れているような、複雑な顔だった。
「お前は、楽観的だ」
「そうかもしれない」
「世界が崩壊するのを、待つのか」
「待つわけじゃない。壊れた世界でも、直せる部分を、直す。門も、いつか、閉じる方法を、見つける。世界融合をしなくても、歪みを修復する方法が、あるかもしれない」
「ないかもしれない」
「ないかもしれない。でも、やってみないと、わからない」
「五十年間、誰もできなかった」
「俺たちは、まだ、始めたばかりだ」
勇者Aは、エルクを、見つめた。
長い沈黙だった。
「お前には」
勇者Aが、静かに、言った。
「五十年後も、そう言える自信があるか」
エルクは、答えなかった。
自信はなかった。
五十年後、まだ生きているかも、わからない。
世界がまだ存在しているかも、わからない。
答えが見つかるかも、わからない。
「ない」
正直に、答えた。
「でも、それでもいい」
勇者Aは、その答えを、しばらく、見ていた。
「お前は、私とは、違う」
「そうだろう」
「……そうだな」
勇者Aが、静かに、言った。
それが、どういう意味の「そうだな」なのか、エルクには、読み取れなかった。
肯定なのか、諦めなのか、それとも、何か別の感情なのか。
・
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「聞いていいか」
勇者Aが言った。
「今度は、お前が聞くのか」
「そうだ」
「いいぞ」
「お前は——この世界を、好きか」
エルクは、その問いを、予想していなかった。
少し、驚いてから、考えた。
好きか。
ヴァルガンの焚き火を思い出した。
ガルゴンの「泣くな、勝っただろう」という言葉。
レイオンの即位演説。
フレイナの「ちゃんとやっている、それだけ」という台詞。
シュウが庇って骨を折った夜。
リアが「戻れ」と言ってくれた瞬間。
ミレナンが初めて地図を持ってきた朝。
グローワが落ちた葉を手の中で受け止めた場面。
「好きだ」
エルクは、答えた。
「壊れていても?」
「壊れていても」
「崩壊が近づいていても?」
「それでも」
勇者Aは、それを聞いて、しばらく、動かなかった。
その目に、かすかに、何かが——
「そうか」
ただ、それだけを、言った。
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白い空間が、揺れ始めた。
時間が、切れようとしていた。
「俺は止める」
エルクが言った。
「お前を。世界融合を。」
「そうか」
勇者Aは、静かに、剣を、抜いた。
「試してみるか」
「今ここでじゃない。現実で」
「わかった」
勇者Aが、一歩、前へ出た。
「では、一つだけ、教えておく」
「何を」
「お前の《残響》は、まだ、本当の力を使っていない」
「どういう意味だ」
「今度、会う時に、わかる」
それだけ言って、勇者Aが、剣を、振った。
一瞬だった。
何が起きたのか、わからなかった。
ただ、体ごと、何かに、吹き飛ばされた。
白い空間が、砕けた。
意識が、散った。
・
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・
エルクは、地面に、倒れていた。
石畳の感触があった。
高台の上だった。
双眼鏡が、手の中に、あった。
「エルク!」
リアの声が聞こえた。
駆け寄る足音が、した。
「どうした! 急に倒れて——」
エルクは、起き上がろうとした。
全身が、重かった。
あの一撃が、《残響》を通じて、体へ、伝わっていた。
「大丈夫だ」
「大丈夫じゃない。顔が白い」
シュウが、肩を、支えた。
「話す。後で、全部」
エルクは、立ち上がった。
双眼鏡を、東の方角へ、向けた。
レグルスの廃墟の上空に、まだ、勇者Aが、立っていた。
遥か遠くで、その姿が、こちらを見ていた。
そして、静かに、剣を、天へ向けた。
次の瞬間——世界が、震えた。
世界中の門が、一斉に、輝き始めた。
空の亀裂が、一気に、広がった。
エルナトの方角の空が、さらに、黒く染まった。
エークレイアの大樹が、激しく、軋んだ。
地面が、波打った。
そして、声が、届いた。
距離など、関係なかった。
世界そのものを通じて、その声は、全ての者の耳へ、届いた。
「残り三日」
勇者Aの声だった。
「三日後、世界は一つになる」
エークレイアに、沈黙が、落ちた。
世界連合軍の兵士たちが、空を見上げた。
エルフの長老たちが、大樹を見た。
魔族の兵士たちが、互いの顔を、見合わせた。
バルゼディスが空を見上げた。
ガルゴンが、東の空を、見た。
クライマの廃墟の前で、避難していた魔族たちが、同じ方角を、見た。
世界中の人が、同じ空を、見ていた。
「三日か」
リアが、静かに、言った。
「三日で、終わらせる」
エルクは、双眼鏡を、下げた。
遠くに、まだ、勇者Aが立っていた。
あの孤独を、エルクは、今、知っていた。
五十年間、一人で背負ってきた重さを、少しだけ、理解していた。
それでも。
「止める」
エルクは、静かに、言った。
それだけで、十分だった。




