表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第六章 終焉の彼方

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
124/147

勇者A(3)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章

「一つだけ、聞かせてくれ」


エルクが言った。


「何だ」


「仲間が、全員死んだ後、一人で、何を考えていた。五十年間、何を」


勇者Aは、しばらく、その問いを、受け止めていた。


「考えていた、というより——」


「見ていた」


「世界を?」


「世界と、門と、人間と、魔族と、エルフと、ドワーフを。全部が、少しずつ、壊れていくのを、見ていた。誰も、気づいていなかった。気づいていても、信じなかった。信じても、動かなかった」


「孤独だった」


「そう言うな」


「言う。それが事実だから」


勇者Aは、返さなかった。


「お前は、五十年間、一人で世界の終わりを見ていた。その重さは、俺には、わからない。わかると言えば、嘘になる。でも」


エルクは、勇者Aを、真正面から見た。


「それでも、お前のやり方は、間違っている」


「なぜ」


「今、ここに生きている者たちを、消す権利が、お前にはない」


「私には、ある」


「ない」


エルクが、はっきりと、言った。


「世界の真実を知っていても、五十年間、一人で背負っていても、そんな権利は、誰にも、ない」


「では、誰が、終わらせる?」


「終わらせなくていい」


「いつか、崩壊する」


「なら、その時まで、生きる」


勇者Aは、少し、表情を変えた。

疲れたような、諦めたような——それでいて、わずかに、何かが揺れているような、複雑な顔だった。


「お前は、楽観的だ」


「そうかもしれない」


「世界が崩壊するのを、待つのか」


「待つわけじゃない。壊れた世界でも、直せる部分を、直す。門も、いつか、閉じる方法を、見つける。世界融合をしなくても、歪みを修復する方法が、あるかもしれない」


「ないかもしれない」


「ないかもしれない。でも、やってみないと、わからない」


「五十年間、誰もできなかった」


「俺たちは、まだ、始めたばかりだ」


勇者Aは、エルクを、見つめた。

長い沈黙だった。


「お前には」


勇者Aが、静かに、言った。


「五十年後も、そう言える自信があるか」


エルクは、答えなかった。

自信はなかった。


五十年後、まだ生きているかも、わからない。

世界がまだ存在しているかも、わからない。

答えが見つかるかも、わからない。


「ない」


正直に、答えた。


「でも、それでもいい」


勇者Aは、その答えを、しばらく、見ていた。


「お前は、私とは、違う」


「そうだろう」


「……そうだな」


勇者Aが、静かに、言った。

それが、どういう意味の「そうだな」なのか、エルクには、読み取れなかった。


肯定なのか、諦めなのか、それとも、何か別の感情なのか。



「聞いていいか」


勇者Aが言った。


「今度は、お前が聞くのか」


「そうだ」


「いいぞ」


「お前は——この世界を、好きか」


エルクは、その問いを、予想していなかった。

少し、驚いてから、考えた。

好きか。


ヴァルガンの焚き火を思い出した。

ガルゴンの「泣くな、勝っただろう」という言葉。

レイオンの即位演説。

フレイナの「ちゃんとやっている、それだけ」という台詞。

シュウが庇って骨を折った夜。

リアが「戻れ」と言ってくれた瞬間。

ミレナンが初めて地図を持ってきた朝。

グローワが落ちた葉を手の中で受け止めた場面。


「好きだ」


エルクは、答えた。


「壊れていても?」


「壊れていても」


「崩壊が近づいていても?」


「それでも」


勇者Aは、それを聞いて、しばらく、動かなかった。


その目に、かすかに、何かが——


「そうか」


ただ、それだけを、言った。



白い空間が、揺れ始めた。

時間が、切れようとしていた。


「俺は止める」

エルクが言った。


「お前を。世界融合を。」


「そうか」


勇者Aは、静かに、剣を、抜いた。


「試してみるか」


「今ここでじゃない。現実で」


「わかった」


勇者Aが、一歩、前へ出た。


「では、一つだけ、教えておく」


「何を」


「お前の《残響》は、まだ、本当の力を使っていない」


「どういう意味だ」


「今度、会う時に、わかる」


それだけ言って、勇者Aが、剣を、振った。


一瞬だった。


何が起きたのか、わからなかった。

ただ、体ごと、何かに、吹き飛ばされた。

白い空間が、砕けた。

意識が、散った。



エルクは、地面に、倒れていた。


石畳の感触があった。

高台の上だった。

双眼鏡が、手の中に、あった。


「エルク!」


リアの声が聞こえた。

駆け寄る足音が、した。


「どうした! 急に倒れて——」


エルクは、起き上がろうとした。

全身が、重かった。

あの一撃が、《残響》を通じて、体へ、伝わっていた。


「大丈夫だ」


「大丈夫じゃない。顔が白い」


シュウが、肩を、支えた。


「話す。後で、全部」


エルクは、立ち上がった。


双眼鏡を、東の方角へ、向けた。

レグルスの廃墟の上空に、まだ、勇者Aが、立っていた。

遥か遠くで、その姿が、こちらを見ていた。


そして、静かに、剣を、天へ向けた。


次の瞬間——世界が、震えた。


世界中の門が、一斉に、輝き始めた。

空の亀裂が、一気に、広がった。


エルナトの方角の空が、さらに、黒く染まった。

エークレイアの大樹が、激しく、軋んだ。

地面が、波打った。


そして、声が、届いた。

距離など、関係なかった。


世界そのものを通じて、その声は、全ての者の耳へ、届いた。


「残り三日」


勇者Aの声だった。


「三日後、世界は一つになる」


エークレイアに、沈黙が、落ちた。


世界連合軍の兵士たちが、空を見上げた。

エルフの長老たちが、大樹を見た。

魔族の兵士たちが、互いの顔を、見合わせた。


バルゼディスが空を見上げた。


ガルゴンが、東の空を、見た。


クライマの廃墟の前で、避難していた魔族たちが、同じ方角を、見た。


世界中の人が、同じ空を、見ていた。


「三日か」


リアが、静かに、言った。


「三日で、終わらせる」


エルクは、双眼鏡を、下げた。

遠くに、まだ、勇者Aが立っていた。


あの孤独を、エルクは、今、知っていた。

五十年間、一人で背負ってきた重さを、少しだけ、理解していた。


それでも。


「止める」


エルクは、静かに、言った。

それだけで、十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ