勇者A(2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
「お前は召喚されたのか」
勇者Aが聞いた。
「ああ」
「どこから来た」
「日本という国だ。元の世界では、ゲームを作る仕事をしていた」
勇者Aは、それを聞いて、小さく、笑った。
懐かしそうな笑い方だった。
「私は、会社員だった。具体的には、覚えていない。名前も、もう思い出せない。だが、毎日、電車に乗って、どこかへ通っていた。それだけは、覚えている」
「帰りたかったか」
「最初は」
勇者Aは、静かに、答えた。
「召喚されてすぐは、帰ることしか、考えていなかった。世界を救えば帰れると言われた。だから、戦った。それだけの理由だった」
エルクは、その言葉を、黙って、聞いていた。
自分も、最初は、そうだった。
帰りたかった。
今でも、帰れるなら帰りたいと、思っている。
「仲間は」
エルクが聞いた。
「いた」
勇者Aの目に、何かが、よぎった。
「強かった。優しかった。魔王を倒すために、一緒に戦ってくれた。剣を使う者、魔法を使う者、癒す者、支える者。みんな、別の世界から来た者たちだった」
「全員、死んだのか」
「そうだ」
一言だった。
それだけで、すべてが、伝わった。
「帰れないまま、この世界で、死んでいった」
白い空間に、沈黙が、落ちた。
エルクは、シュウの顔を、思い浮かべた。
「帰れると思うか、元の世界に」と聞いてきた、あの夜の声を。
その問いは、まだ、答えが出ていなかった。
「魔王を、倒した後」
エルクが言った。
「何が残った」
勇者Aは、しばらく、黙っていた。
「何もなかった」
「何も、残らなかった。世界は救われた。人々は祝った。だが、仲間は帰ってこなかった。私は一人だった。それでも、世界は、また、争い始めた。人間と魔族が、また、戦い始めた。召喚者たちが、また、使い捨てにされた」
「だから」
「世界そのものが、間違っていると、理解した」
エルクは、その言葉を、反論せずに、受け取った。
否定はできなかった。
間違ってはいない、と思った。
世界は、壊れていた。
戦争は、繰り返された。
召喚者は、使い捨てにされ続けた。
門は、増え続けた。
その観察は、正確だった。
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白い空間が、変わった。
一瞬、景色が、重なった。
廃墟になった戦場。
燃える村。
倒れた仲間たち。
泣く人々。
並ぶ墓標。
次々と、像が、浮かんでは消えた。
それらは、勇者Aの記憶だった。
《残響》を持つエルクにだけ、見えていた。
「救えなかった」
勇者Aが言った。
「何一つ。勝ったはずだった。魔王を倒したはずだった。それなのに、世界は、少しも、良くならなかった」
「良くなった部分も、あったはずだ」
エルクが言った。
「あった。局所的には。だが、全体として見れば、世界の歪みは、増え続けた。門は、増え続けた。崩壊は、近づき続けた」
「そして、お前は、答えを出した」
「出した」
勇者Aは、静かに、答えた。
「世界そのものを、やり直す。分裂したまま続ければ、いつか必ず崩壊する。ならば、今の私の手で、終わらせ、始める。その方が、何もしないよりも、確実だ」
「今生きている者はどうなる」
「死ぬ」
迷いがなかった。
エルクは、その答えを聞いて、胃のあたりが、締まる感覚を覚えた。
「リアも」
「そうだ」
「シュウも」
「そうだ」
「ミレナンも。レイオンも。ガルゴンも。ケンも。ジェイドも。ユウも。グローワも。ライディスも。ノクトも。ルシラも——」
「全員だ」
勇者Aは、遮らなかった。
ただ、静かに、全てを、肯定した。
「私も死ぬ。世界ごと。全員、平等だ」
エルクは、拳を、握った。
「それが」
「それが救いだと言うのか」
「救いではない」
勇者Aが、初めて、明確に、否定した。
「救いなど、もう、求めていない。私は、ただ、やり直したいだけだ。今の世界に、未練はない」
「仲間の死に、意味をつけたいのか」
エルクが言った。
勇者Aは、答えなかった。
しかし、その沈黙が、答えだった。
「彼らの死を、無駄にしたくない。彼らが死んだ世界を、正当化したくない。だから、この世界ごと、終わらせる。そういうことか」
「……似ているが、違う」
勇者Aが、ゆっくりと、言った。
「彼らが死んだことと、世界融合は、関係ない。私は、世界が壊れていることを、見続けた。それだけだ。感情ではない。結論だ」
「感情がないなら、なぜ五十年も、かかった」
その問いに、勇者Aは、答えなかった。
しばらく、ただ、エルクを、見ていた。
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「最初は、この世界を美しいと思っていた。」
勇者Aは、白い空間を、見渡した。
「仲間たちと旅をした。戦った。食事を共にした。笑った。人間も、魔族も、エルフも、ドワーフも、それぞれが、懸命に生きていた。それを美しいと思った」
「それが、変わったのか」
「変わったのではない。見えすぎるようになった」
「《残響》で」
「そうだ。世界の傷が、全部、見えた。崩壊の速度が、わかった。時間が、ないことが、わかった。美しいと思っていた者たちが、いつかは全部、消えることが、わかった。だから、終わらせることにした」
「美しいと思うなら、残せばいい」
エルクが言った。
「残せるか?」
勇者Aが、返した。
「今のまま続ければ、いつか崩壊する。それは、動かない。私が終わらせなくても、世界は終わる。ならば、終わる前に、私の手で終わらせ、やり直す。その方が、少しでも、可能性がある」
「可能性?」
「新しい世界には、今の歪みがない。正しく始められる。今の世界とは、違う」
「今の世界に生きる者には、関係ない話だ」
「そうだ。だから、私は、誰の理解も、求めていない」
その言葉に、エルクは、初めて、この存在の本当の孤独を、感じた。
誰の理解も、求めていない。
誰に、賛同してほしいとも、思っていない。
ただ、一人で、決めた。
一人で、動いている。
五十年間、ずっと、そうだった。
人間にも。
魔族にも。
エルフにも。
仲間にも。
グローワにも。
ノクトにも。
誰にも、理解されなかった。
理解されることを、諦めて、ずっと、一人だった。
「孤独だったな」
エルクが言った。
勇者Aは、少し、目を細めた。
感情の動きが、わずかに、見えた。
「そういう話をしたいわけではない」
「俺はしたい」
エルクが、言い返した。
「お前は、五十年間、一人だった。誰にも理解されなかった。それは、本当だろう。だから、俺が聞く」
「何のために」
「わからない。でも、聞く」
白い空間に、しばらく、沈黙があった。
勇者Aは、エルクを、長い間、見ていた。
「お前は、変わった継承者だ」
「そうか?」
「これまで、残響の力を持った者で、私と話した者は、いなかった。みんな、怖がって、逃げたか、力に飲まれたか、死んだ」
「俺も、怖い」
エルクが、正直に言った。
「だが、逃げない。話せるなら、話す。それだけだ」




