勇者A(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
夜が明けると、世界連合軍は、動き始めていた。
エークレイアを拠点に、各国の部隊が、世界各地の門へ向けて、次々と出発していった。
ヴァルガン軍の重装兵が、整列して、南の街道を進んでいく。
エルナトの魔導師団が、連絡用の魔力水晶を配りながら、配置についていく。
エークレイアの守護隊が、大樹の周囲に結界を張り始める。
クライマから来た第四軍と第二軍が、慣れない人間の街を、戸惑いながら歩いていた。
門は、閉じなかった。
空の亀裂は、昨日よりも、広がっていた。
世界が悲鳴を上げていた。
だが、動ける者が動いている。
その事実だけが、今の唯一の拠り所だった。
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エルクは、夜明けとともに、高台へ上がった。
魔導双眼鏡を、取り出した。
レグルスの方角へ、向ける。
昨夜見た黒い光の柱は、まだ、残っていた。
消えていなかった。むしろ、昨夜よりも、太く、はっきりと見えた。世界中の魔力が、一本の巨大な流れとなって、その中心へ、引き寄せられていく。
エルクは、レンズを通して、その流れを追った。
エルナトから伸びる線。
ヴァルガンから伸びる線。
エークレイアから伸びる線。
クライマから伸びる線。
全部が、一点へ向かっていた。
そして、その中心に、今日は、昨日と違うものが、見えた。
人が、立っていた。
レグルスの廃墟の中央、かつて王城があった場所の上空に、その存在は、あった。
剣を持つ青年の姿だった。
黒い外套。
長い黒髪。
ヴァルガン北部の門で見た思念体と、同じ輪郭をしていた。
しかし、今は、違った。
輪郭が、揺れていなかった。
半透明でも、なかった。
確かな、実体を、持っていた。
「……本体だ」
エルクの声が、かすかに、震えた。
完全な肉体を得た魔王が、そこに、立っていた。
双眼鏡を、構えたまま、動けなかった。
その存在の圧力が、遠く離れたここまで、伝わってきた。
空気が、違った。
世界の密度が、その一点だけ、違った。
五十年前、世界を救った者が、世界を終わらせようとしていた。
その事実が、改めて、エルクの中に、重く、落ちた。
その時、双眼鏡の中の魔王が、ゆっくりと、顔を上げた。
遥か遠くに、こちらを向いた。
視線が、合った。
そんな感覚があった。
次の瞬間、双眼鏡全体が、白く、発光した。
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意識が、引き込まれた。
気づいた時には、どこか別の場所にいた。
高台も、エークレイアも、大樹も、なかった。
ただ、白い空間があった。
床も、天井も、壁も、ない。
光源も、ない。
しかし、空間全体が、均一に、白く、輝いていた。
「《残響》が、引き込まれた」
エルクは、思った。
これは、現実ではない。
しかし、夢でも、ない。
意識だけが、別の場所に、来ていた。
そして、その空間に、人が、いた。
鎧を、着ていなかった。
魔王の外套も、なかった。
ただ、黒い髪の、青年が、立っていた。
若かった。
グローワが語った、五十年前の勇者A——その頃の姿に、近かった。
静かな目をしていた。
疲れ切っていたが、穏やかだった。
エルクは、咄嗟に、剣の柄に、手をかけた。
青年は、それを見て、小さく、笑った。
「まだ早い」
敵意は、なかった。
声は、静かだった。
悲しみを含んでいたが、怒りは、なかった。
エルクは、手を、離さなかった。
しかし、抜かなかった。
「……お前は」
「わかっているだろう」
青年は、エルクの目を、真正面から、見た。
「残響が繋いでくれた。久しく、こうして話せる場所がなかった」
その言葉に、エルクは、奇妙な感覚を、覚えた。
懐かしさ、では、なかった。
だが、初めて会う相手、という感覚でも、なかった。
《残響》を通じて、断片的に、この存在の記憶を、受け取り続けてきた。
仲間の死。
門の真実。
絶望。
「間に合わなかった」という声。
それらすべてが、この青年のものだった。
「座れ」
青年が、言った。
白い空間に、いつの間にか、二つの椅子があった。
エルクは、しばらく迷ってから、座った。




