世界連合(2)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
扉の前に立っていたのは、傷だらけの男だった。
鎧は、あちこちが砕けていた。
右肩から胸にかけて、深い傷の痕があった。
顔には、煤と血が、乾いたまま残っていた。
長旅の疲労が、全身に、滲み出ていた。
それでも、背筋は、まっすぐだった。
「——ライディス」
エルクが、思わず、声を出した。
ライディスは、ゆっくりと、前へ歩いた。
足を、わずかに、引きずっていた。
だが、倒れる気配はなかった。
「遅くなった」
それだけ言って、円卓の前に、立った。
レイオンが、椅子から、立ち上がった。
「軍務卿、その傷は——」
「後でいい」
ライディスが、遮った。
「話すことがある」
会議場が、静まり返った。
ライディスは、全員を、見渡した。
「レグルスで、何が起きたか。全部、話す」
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ライディスは、語った。
地下施設で、王と向き合ったこと。
王がかつての召喚者だったこと。
世界融合に賛同していたこと。
第五軍の襲撃で王都が壊滅したこと。
誰も、口を挟まなかった。
「王は、門を開いた。しかし、制御できなかった。王都は半壊した。私は、軍務卿の地位を剥奪され、反逆者として追われた」
「王は、今どこに」
アルテフェインが、静かに、聞いた。
「生死不明だ」
「だが」
ライディスは、続けた。
「王は、魔王のもとへ向かったと、思っている。最後の門を完成させるために」
「根拠は」
「直感だ」
ライディスが、はっきりと、言った。
「三十年、あの王に仕えてきた。その直感だ。死ぬことより、目的を果たすことを選ぶ人間だ。崩落の中でも、目的だけは、諦めていない」
会議場に、緊張が走った。
「レグルス王が魔王と合流すれば——」
「最後の門が、開く」
バルゼディスが、地図を指した。
「レグルス旧王城地下の門が、完全に開放された時、世界融合は、取り返しのつかない段階へ進む」
「どのくらい、時間がある」
エルクが聞いた。
「わからない」
バルゼディスが、答えた。
「しかし、もう、長くはないはずだ」
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しばらくの沈黙の後、アルテフェインが、立ち上がった。
「聞いての通りだ」
その声は、いつも通り、穏やかだった。
しかし、その奥に、静かな決意があった。
「国家という枠組みで動いていては、もう間に合わない。私たちは今、同じ一つの問題に直面している」
レイオンが、続いて立ち上がった。
「ヴァルガンは、全軍を動員する」
ノクトが、立った。
「クライマ軍も、参戦する」
グローワが、頷いた。
「エークレイアも、全ての戦力を投入する」
ライディスが、立った。
「レグルスの残存兵も、まだいる。王に従わなかった者たちが、私のもとに残っている。戦える」
そして、全員の視線が、エルクへ、集まった。
エルクは、少し、驚いた顔をした。
指揮官として、何か言わなければならないと、思ったのかもしれない。
アルテフェインが、微かに、笑った。
「君は、指揮官ではない」
「希望になれ」
エルクは、しばらく、その言葉を、受け止めていた。
それから、静かに、頷いた。
「わかった」
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会議が終わると、各国の代表たちは、それぞれの陣営へ戻り、出陣の準備を始めた。
その間に、これまで見たことのない光景が、エークレイアの街に、広がっていった。
ヴァルガンの兵士が、クライマから逃げてきた魔族の子どもに、干し肉を手渡していた。
受け取った子どもが、戸惑いながら、しかし、受け取った。
ヴァルガンの兵士は、それ以上、何も言わず、次の準備に戻った。
エルフの治癒師が、負傷したレグルスの兵士に、治療薬を塗っていた。
レグルスの兵士は、最初、エルフの手を払いのけようとした。
だが、治癒師は、気にせず、続けた。
やがて、兵士は、抵抗をやめた。
人間の子どもと、魔族の子どもが、建物の影で、並んで座っていた。
何を話しているのかは、遠くから見てもわからなかった。
ただ、二人とも、親の姿を探している顔をしていた。
かつて敵だった者たちが、言葉少なに、しかし確かに、助け合っていた。
シュウは、その光景を見ていた。
「変わるもんだな」
「時間がかかる」
エルクが答えた。
「でも、変わる」
「ヴァルガンの連中は、ちゃんと、動いてるな。ケンたちも来てるんだろうか」
「レイオンが動いたなら、きっと」
「また会えるといいな」
シュウが、空を、見上げた。
「会える」
エルクが言った。
「終わったら、また会える」
シュウは、それに、何も言わなかった。
ただ、小さく、笑った。
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夜になった。
エークレイアの街には、各国の兵士たちの、野営の灯りが、あちこちに点っていた。
その灯りが、大樹の根元まで続いていた。
エルクは、一人、高台に上がった。
双眼鏡を、取り出した。
東の方角——レグルスへ、向けた。
レンズの中に、黒い雲が、見えた。
普通の雲ではなかった。
レグルスの上空に、渦を巻くように、集まった、黒い魔力の塊だった。
その中心に、人影が、二つ、見えた。
一つは、大きかった。
圧倒的な存在感を持っていた。
人の形をしているが、もはや、人ではない。
もう一つは、小さかった。
老いた人間の体だった。
しかし、その隣に、確かに、立っていた。
魔王と、レグルス王。
その二つの影が、並んでいた。
エルクは、双眼鏡を、構えたまま、動かなかった。
その時、大きい方の影が、ゆっくりと、顔を上げた。
真っ直ぐに、こちらへ、向いた。
双眼鏡越しに、目が、合った。
そんな、感覚があった。
「——見えてるのか」
エルクは、思わず、双眼鏡を、下ろした。
遠く、レグルスの方角。
その瞬間、地平線の彼方から、巨大な光の柱が、天へ向かって、突き抜けた。
光は、黒かった。
夜空を、切り裂くように、伸びた。
その高さは、空の果てまで続いているように見えた。
「——始まる」
エルクが、呟いた。
高台の上、風が、強く吹いた。
大樹の葉が、一斉に、揺れた。
世界中の門が、その光に呼応するように、一瞬、脈動した。
世界連合が、結成された夜に、魔王は、最後の段階へ、踏み込んでいた。




