世界連合(1)
異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章
世界は、壊れ続けていた。
エルナトでは、賢者の塔から見える空の亀裂が、昨日より確実に広がっていた。
アルテフェインと賢者団が交代で防衛を続けているが、絶え間なく現れる異界獣を前に、疲弊は隠せなかった。
ヴァルガンでは、王都周辺の山脈が、毎日のように崩れていた。
北から南へと続く避難民の列は、途切れることがなかった。
テントが張られ、炊き出しが行われ、怪我人が運ばれてくる。その光景が、何日も続いていた。
エークレイアでは、世界樹の葉が、日に日に、落ちていった。
長命なエルフたちにとって、世界樹は生まれた時からそこにあるものだった。
それが枯れていく光景を、誰も言葉にできなかった。
クライマでは、魔族たちが、故郷を捨てた。南へ向かう人々の列が、国境を越え、人間の国へ入ろうとしていた。
その光景は、これまでの歴史の中で、一度も、なかったことだった。
もはや、一国でどうにかできる問題ではなかった。
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エークレイアの大樹の根元に、円形の会議場があった。
普段は、エルフの長老たちが集まるための場所だ。
白い石造りの円形の建物で、中央に大きな円卓がある。
天井は、大樹の枝葉が自然に覆っており、昼には葉の隙間から光が差し込む。夜は、結晶の灯りが、柔らかく、部屋を照らした。
その場所に今、かつて見たことのない顔ぶれが、集まっていた。
エルナトからは、アルテフェインとバルゼディスが、数名の上位賢者を連れて来ていた。
アルテフェインは、旅の疲れをまったく見せず、金色の瞳で、集まる者たちを、静かに、見渡していた。
バルゼディスは、厚い資料を抱えたまま、席についた。
ヴァルガンからは、レイオンが、フレイナと精鋭部隊を伴って来ていた。
そしてその隣に、ガルゴンの姿があった。
義手に剣を固定し、鎧を着込んだ姿は、戦争で右腕を失った後と変わっていなかった。引退したはずの老王が、ここにいた。
エークレイアからは、グローワが長老たちを連れていた。
ドワーフの長も参加していた。
そして、クライマから、ノクトとルシラが来た。
その二人の姿を見た瞬間、会議場の空気が、変わった。
ヴァルガンの兵士の一人が、思わず、剣の柄に手をかけた。
エルナトの若い賢者が、椅子を引いて、距離を取った。
エルフの長老の一人が、声を荒げた。
「なぜ魔族がここに——」
「招いたのは私だ」
グローワが、静かに、遮った。
「文句があるなら、私に言え」
長老は、口を閉じた。
しかし、その場の空気は、重かった。
敵意とまでは言えない。
だが、不信感が、円卓の周囲に、漂っていた。
百年以上にわたる対立の歴史が、そう簡単に消えるわけがなかった。
エルク、リア、シュウ、ミレナンも、席についた。
全員が揃うと、円卓の周囲は、ぎっしりと埋まった。
人間。
エルフ。
ドワーフ。
魔族。
歴史上、初めて、全ての種族が、同じ円卓を囲んでいた。
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最初に立ち上がったのは、ノクトだった。
部屋の空気が、わずかに、張り詰めた。
ノクトは、その緊張を、無視しなかった。
正面から、受け止めた。
「私は、魔王軍第四軍団長だ」
静かな声だった。しかし、よく通った。
「人間の国と戦ってきた。多くの者を傷つけた。多くの者を殺した」
誰も、口を挟まなかった。
「恨まれて当然だ。信用できないと思って当然だ。それは否定しない」
ノクトは、一度、円卓を、見渡した。
敵意を向けている者の目を、逃げずに、見た。
「それでも、私はここに来た。魔王を止めたい。魔族を守りたい。そして、この世界を守りたい。そのために、あなた方の力を借りたい」
そして、頭を下げた。
魔族の将軍が、人間たちの前で、頭を下げた。
会議場に、長い沈黙があった。
最初に口を開いたのは、ガルゴンだった。
「戦士は、過去ではなく、今を見て判断する」
その声は、老いていたが、力があった。
「戦場で儂と戦った者がいた。強かった。戦い方に誇りがあった。それだけで、儂には十分だ」
ガルゴンは、ノクトを、真正面から見た。
「貴様を信じよう」
レイオンが続いた。
「父上が認めるなら、ヴァルガンも協力する」
それを聞いて、他の者たちも、少しずつ、表情が変わっていった。
全員が、すぐに、心を開いたわけではなかった。
それでも、氷が、わずかに、溶け始めていた。
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次に立ち上がったのは、グローワだった。
「私が話す番だ」
グローワは、円卓の上に、古い地図と、羊皮紙の束を、広げた。
「百年前、私は、異世界召喚術を完成させた。世界の危機を救う力として、それを作った。そして、その召喚術によって、勇者Aが、この世界へ来た」
「……勇者Aが、魔王に?」
レイオンが、確認するように言った。
「そうだ」
グローワは、淡々と、答えた。
「私が呼び出した者が、五十年後に、世界を終わらせようとしている。それは、私の責任だ」
自己弁護をしなかった。
言い訳もしなかった。
研究者として、事実だけを、述べた。
「だが、それだけを話したいのではない。百年間の研究で、分かったことがある」
グローワは、地図の上に、幾つかの点を、指で示した。
「門は、世界を繋ぐ装置だと思われてきた。だが、正確には違う。門は、かつて一つだった世界が分裂した際に、生まれた傷だ。世界は、元々、一つだった。それが複数の世界線に分かれた。門は、その接合部が再び開こうとする現象だ」
会議場が、騒がしくなった。
「つまり、魔王は——」
「世界を元の一つに戻そうとしている。だが、その方法は、強制的な融合だ。今生きている者たちの存在を、全て、白紙に戻して、やり直す」
「融合ではなく、消滅だ」
バルゼディスが、補足した。
「私も同じ計算の結果に辿り着いた。世界線の完全融合は、理論上、今この瞬間に存在する全ての命の消滅を意味する」
静寂が、落ちた。
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エルクが、前へ出た。
「見せた方が早い」
魔導双眼鏡を、取り出した。
「これで、魔力の流れが見える。皆さんには見えないかもしれないが、俺が見ていることを話す」
高台へは行かず、窓辺に立ち、双眼鏡を構えた。
レンズの中に、世界の姿が、広がった。
大樹から伸びる魔力の線。
エルナトの方角への流れ。
ヴァルガンの方角への流れ。
クライマの方角への流れ。
それぞれが、互いに絡み合いながら、ある一点へ向かっていた。
「全部が、一本の流れになっている」
エルクは、言った。
「門が四つや五つじゃない。海の底にも、砂漠の奥にも、人が踏み入れない山の中にも、小さな門が目覚め始めている。その全部が、一つの方向を向いている」
「どこへ」
アルテフェインが聞いた。
「レグルスだ」
エルクは、双眼鏡を、下げた。
「全部、レグルスへ繋がっている」
バルゼディスが、地図を広げた。
各地の門の位置が、書き込まれていた。それぞれから線を引くと、一点で、交わった。
「計算結果も一致する。門の接続点は、レグルス王国の旧王城地下だ」
「つまり、魔王は——」
「レグルスを起点に、世界融合を完成させようとしている」
会議場が、再び、重くなった。
その時、扉が、開いた。




