旅人だけを喰う森 (3)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
砕けた岩片が、霧の森へ雨のように降り注いだ。
異邦喰いの巨大な腕が、ゆっくりと崩れていく。
黒い亀裂の奥で赤黒く脈打っていた光も、次第に弱まり――やがて完全に消えた。
森に風が戻る。
張り詰めていた空気が、少しだけ緩んだ。
「……倒した?」
シュウが息を切らしながら呟く。
リアは大剣を構えたまま、崩れた岩の残骸を見つめていた。
「まだ油断しないで」
「いやもう十分戦ったって……」
シュウがその場へ座り込む。
エルクも肩で息をしていた。
腕が重い。
全身が痛い。
戦い慣れてきたとはいえ、命のやり取りは別だ。
異邦喰いの最後の一撃が、あと少しズレていたら死んでいた。
そんな場面が何度もあった。
リアはゆっくり異邦喰いへ近づく。
崩れた岩石を、大剣の先で軽く触れた。
すると。
カラン、と小さな音がした。
「?」
リアが屈む。
岩の内部。
そこに埋まっていたのは、黒い金属片だった。
円形。
薄い。
表面には見慣れない紋様が刻まれている。
「これ……」
エルクも近づく。
紋様を見た瞬間、《残響》が微かに反応した。
誰かの声。
――識別完了。――
――異邦人反応。――
頭痛。
エルクは反射的に額を押さえる。
「またそれか?」
シュウが覗き込む。
「……ああ」
エルクは黒い金属片を見つめる。
妙だった。
魔物の核には見えない。
むしろ。
道具。
兵器。
そんな印象が近い。
「魔導具?」
シュウが訊く。
リアは少しだけ考え込み、首を振った。
「見たことない」
その返答は本当らしかった。
リアですら知らない。
エルクは崩れた異邦喰いを見る。
戦闘中から、ずっと引っかかっていた。
なぜリアだけ狙われなかった?
なぜ自分とシュウだけを執拗に狙った?
そして。
《残響》で聞こえた言葉。
――異邦人反応。――
異邦人。
異邦喰い。
そこまで考えて、エルクの胸に嫌な予感が浮かぶ。
「……まさか」
「ん?」
シュウが顔を上げる。
エルクは少し迷った。
だが、今は確証がない。
「いや……なんでもない」
リアがこちらを見る。
鋭い目。
何かを察したようだった。
けれど何も聞かなかった。
森を抜ける頃には、空が赤く染まり始めていた。
夕暮れ。
三人は疲れ切った身体を引きずるように、温泉街へ戻る。
街へ入った。
空気が変わった。
「あっ……!」
見張り台にいた男が声を上げる。
「戻ってきたぞ!!」
次々と人が顔を出す。
宿屋。
露店。
窓。
街人たちの表情が、一気に明るくなった。
「本当に倒したのか!?」
「嘘だろ……!」
「森の音が止まった……」
店主が走ってくる。
《雨燕亭》の主人だった。
「兄ちゃんたち!!」
彼は息を切らしながら三人の前へ立つ。
そして深々と頭を下げた。
「ありがとう……!」
その声は震えていた。
「これで、また旅人が来る……」
「街が死なずに済む……!」
周囲の人々も口々に礼を言う。
拍手まで起きていた。
シュウが照れ臭そうに頭を掻く。
「いやぁ、まぁ俺たち最強なんで?」
「お前途中で吹っ飛ばされてただろ」
「細かいこと言うなよ!」
リアは少し困ったように視線を逸らしていた。
感謝され慣れていない。
そんな感じだった。
年配の女性が、リアへ小さな花飾りを渡す。
「お嬢ちゃん、綺麗な剣だったよ」
リアは一瞬だけ目を丸くした。
そして小さく頭を下げる。
「……ありがとう」
ほんの少しだけ。
口元が緩んでいた。
エルクはそれを見て、少し驚く。
リアは笑うと年相応だった。
宿へ戻る。
熱い湯気。
木の香り。
暖炉の火。
ようやく“生き延びた”実感が湧いてきた。
「風呂!!」
シュウが真っ先に走っていく。
「待て転ぶぞ」
案の定、滑った。
盛大な音が響く。
リアが小さく吹き出す。
エルクは目を瞬かせた。
「……今、笑った?」
「笑ってない」
「いや絶対笑った」
「笑ってない」
少しだけ空気が柔らかくなる。
食堂では豪華な夕食が用意されていた。
肉料理。
焼き魚。
湯気の立つスープ。
そして酒。
「うわぁ……」
シュウが感動している。
「異世界来て一番うまそう」
エルクも席へ座る。
空腹だった。
戦った後だから余計に。
リアは静かにスープを口へ運んでいた。
その横顔を見ながら、シュウが笑う。
「しかしリア、マジで強いよな」
「普通」
「だからその基準がおかしいんだって」
「エルクも十分変」
「俺!?」
突然巻き込まれた。
シュウがニヤニヤする。
「確かに。最近なんか戦況読むの上手くなってるよな」
エルクは少し考える。
《残響》。
あれは少しずつ変化していた。
単なる“死者の記憶”ではない。
もっと深い。
もっと危険な何か。
特に今回。
異邦喰いと戦った時。
妙にはっきり聞こえた。
――異邦人反応。――
異邦人。
つまり。
異世界人。
エルクはそこで、ひとつの仮説へ辿り着く。
もし。
異邦喰いが狙っていたのは、“旅人”ではなく。
自分たちみたいな“異世界から来た人間”だとしたら?
だから街人は襲われない。
だからリアも狙われない。
リアはこの世界の住人だから。
そこまで考えたところで、エルクは思考を止めた。
あり得ない。
そんな都合よく異世界人だけ判別できるはずがない。
……本当に?
脳裏へ、黒い金属片が浮かぶ。
あれは魔物じゃない。
兵器だった。
そんな気がしてならない。
「エルク?」
リアの声で我に返る。
「……どうしたの」
「いや」
エルクは苦笑した。
「ちょっと考え事」
シュウが肉を頬張りながら言う。
「難しい顔すんなって」
「せっかく生き残ったんだからさ」
「今くらい楽しもうぜ」
その言葉は、妙に胸へ響いた。
確かに。
今はまだ、答えなんて出ない。
エルクは小さく息を吐く。
「……そうだな」
食事を終えた後。
三人は今後の話をすることになった。
「で」
シュウが机へ肘をつく。
「エルナトってどっち?」
沈黙。
誰も知らなかった。
「……聞くか」
エルクたちは宿屋の主人へ尋ねる。
だが店主も曖昧だった。
「魔導国家エルナトかぁ……」
「遠いってことしか知らねぇな」
「行ったことある人なら……長老か」
案内されたのは、街外れの古い家だった。
中には白髭の老人が座っている。
街の長老らしい。
長老はリアを見ると、一瞬だけ目を細めた。
だが何も言わない。
「エルナトへ行きたい?」
「はい」
エルクが答える。
長老は静かに頷いた。
「若い頃、一度だけ行ったことがある」
「魔導の都だ」
「空を魔導灯が照らし、鉄の馬が走る」
シュウが目を輝かせる。
「なにそれ超文明じゃん」
「ただし遠い」
長老はゆっくり指を立てた。
「山を五つ越える」
沈黙。
「……五つ?」
シュウが固まる。
「うむ」
「さらに北ヴァルガン領を避けるなら、森を迂回せねばならん」
「歩きなら数ヶ月は見た方がいい」
シュウが天を仰ぐ。
「終わった……」
エルクも苦笑した。
確かに遠い。
だが。
それでも行くしかない。
リアは静かに窓の外を見る。
夜空。
山々の向こう。
その先に、エルナトがある。
エルクも同じ方向を見る。
旅はまだ始まったばかりだった。
「……遠いな」
ーー現在分かっている情報ーー
今の目的地:機巧都市国家エルナト
魔導工学国家。技術力が高い。




