旅人だけを喰う森 (2)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
夜明け前の森は、不気味なほど静かだった。
白い霧が地面を這い、木々の輪郭を曖昧にしている。
《雨燕亭》の店主から聞いた話では、異邦喰いは陽が落ちる頃から動き始める。
夜に獲物を狩り、犠牲者は“朝方”に見つかる。
「……嫌な時間だなぁ……」
シュウがぼやきながら短剣を回す。
昨夜とは違い、いつもの軽さを少し抑えていた。
森の空気が異常だからだ。
鳥の声がない。
虫の羽音もない。
風だけが、濡れた葉を揺らしている。
エルクは周囲へ視線を巡らせた。
地面には古い轍。
途中で途切れている。
その近くの木には、深い傷跡が残っていた。
まるで巨大な何かに握り潰されたみたいだった。
「街道沿いを移動してる」
リアが呟く。
「旅人を待ち伏せしてるんだろ」
シュウが嫌そうな顔をした。
「魔物っていうか山賊じゃん」
「もっと質が悪い」
リアは大剣へ手を添える。
「知能がある可能性もある」
その瞬間だった。
ガリ、と。
どこかで岩が擦れる音がした。
三人が同時に足を止める。
霧の奥。
木々の隙間。
何かが動いた。
エルクの背筋へ寒気が走る。
《残響》。
断片的な感覚が流れ込んできた。
逃げる足音。
息切れ。
振り返る視界。
そして。
巨大な灰色の“指”。
「下がれ!!」
エルクが叫ぶ。
直後。
地面が爆ぜた。
轟音。
巨大な岩石が、地面を突き破って現れる。
「うおっ!?」
シュウが飛び退く。
石と土が吹き飛び、木々が揺れる。
現れたのは、“手”だった。
手だけ。
顔も胴体もない。
灰色の岩石で形成された巨大な手。
指先だけで人間ほどある。
表面には黒い亀裂が走り、その隙間から赤黒い光が漏れていた。
「これが……異邦喰い」
リアが低く呟く。
異邦喰いは、ゆっくりと指を動かした。
ギギギ、と岩が軋む音。
そのまま一直線にエルクへ襲いかかる。
速い。
見た目に反して異常な速度だった。
「っ!」
エルクは横へ転がる。
直後、地面が砕けた。
石畳みたいに土が割れる。
「なんだよそれ!?」
シュウが短剣を投げる。
右手。
複製。
二本の刃が異邦喰いへ突き刺さる。
だが。
ガギンッ!!
硬い。
刃が弾かれ、火花だけが散った。
「うそだろ!?」
シュウが顔を引きつらせる。
異邦喰いは止まらない。
巨大な手が木を掴む。
握り潰す。
乾いた音。
幹が粉々になった。
「威力おかしいだろ……!」
エルクは剣を構える。
だが《残響》が安定しない。
ここは戦場じゃない。
死者の濃い場所ではない。
流れ込んでくる感覚が弱い。
読み切れない。
異邦喰いが再び迫る。
その時。
リアが真正面へ飛び込んだ。
大剣が振り下ろされる。
轟音。
岩と鋼が激突した。
「っ……!」
リアの一撃で、異邦喰いの指先が砕ける。
だが。
異邦喰いは、リアを見ていなかった。
まるで。
そこに存在していないみたいに。
「……は?」
シュウが目を瞬かせる。
異邦喰いはリアを無視し、そのままエルクへ向きを変える。
「なんで俺!?」
エルクが後退する。
異邦喰いの動きが変わった。
狙いが明確だ。
一直線に、自分を潰しに来ている。
シュウが叫ぶ。
「リア! そっち行ってんのに無視されてるぞ!?」
「……わかってる」
リアも困惑していた。
異邦喰いはリアへ一切反応しない。
シュウへ。
そしてエルクへ。
“旅人”だけを狙っている。
その事実が、妙に気味悪かった。
エルクの頭へ、再び《残響》が流れ込む。
森。
荷馬車。
誰かの悲鳴。
逃げる男。
その直後。
巨大な手が、男を握り潰す。
血。
骨。
そして。
――対象確認。――
知らない声だった。
冷たい。
感情のない声。
「っ……!」
エルクは頭を押さえる。
今のは何だ。
魔物の記憶?
いや。
違う。
もっと人工的だった。
「エルク!!」
シュウの叫び。
異邦喰いの拳が迫っていた。
間に合わない。
リアが横から異邦喰いを斬り飛ばす。
轟音。
巨大な腕が木々へ激突した。
「考え込むな!」
リアが叫ぶ。
「戦闘中!」
「……悪い!」
エルクは立ち上がる。
異邦喰いは地面を滑るように移動した。
その動きはまるで獣だった。
巨大なのに静か。
恐ろしく不気味だ。
「どうすんだよこれ!」
シュウが息を切らす。
「俺の攻撃まったく効いてねぇ!」
「核を探す」
リアが答える。
「魔物なら必ず核がある」
「なかったら?」
「その時考える」
「脳筋!!」
だがリアの言う通りだった。
突破口は必要だ。
異邦喰いが再び地面へ潜る。
静寂。
霧だけが揺れる。
「……来る」
エルクが呟く。
――右。――
《残響》が囁く。
エルクは咄嗟にシュウを突き飛ばした。
地面が爆発する。
巨大な指が、シュウのいた場所を貫いた。
「うわっ!?」
シュウが転がる。
エルクは息を吐く。
今のは読めた。
完全ではない。
でも確かに、《残響》が戦況を拾っている。
「エルク!」
リアが叫ぶ。
「動きが見えてるの?」
「……少しだけ!」
「それで十分!」
リアが地面を蹴る。
黒い軽鎧が霧を裂く。
大剣が唸った。
異邦喰いの手首へ叩き込まれる。
轟音。
岩片が飛び散った。
だが完全には壊れない。
「硬ぇぇぇ!!」
シュウが叫ぶ。
・
・
・
場面は、遠く離れたレグルス聖王国へ移る。
巨大な白亜の城。
地下深く。
赤黒い魔法陣が光っていた。
召喚陣。
その上で、十数人の若者が倒れ込んでいる。
「こ、ここは……?」
「日本語……?」
「え、何これ!?」
混乱。
恐怖。
泣き声。
その光景を、階段上から冷たく見下ろしている男がいた。
白銀の法衣。
赤い法冠。
レグルス聖王国軍務卿――ライディス。
「今回の適合率は?」
側近が答える。
「Aランク相当が三名。その他は通常個体です」
「そうか」
興味なさそうだった。
まるで家畜の品定め。
「南部戦線の損耗が増えております」
「補充しろ」
「逃亡した勇者Aの件は?」
ライディスは薄く笑った。
「戦死扱いで構わん」
「どうせ数は合わない」
地下では、新たな勇者たちが震えていた。
泣いている少女。
怒鳴る青年。
説明を求める声。
だが兵士たちは慣れた顔で鎧を運んでいく。
「……異邦喰いの報告も来ています」
側近が小声で言う。
ライディスの目がわずかに細くなる。
「放置しろ」
「ですが、旅人の被害が」
「問題ない」
その声は冷たかった。
「選別は必要だ」
・
・
・
そして場面は再び、霧の森へ戻る。
異邦喰いが咆哮した。
岩同士を擦るような不快音。
巨大な腕が、エルクへ迫る。
《残響》が流れ込む。
恐怖。
殺意。
逃走。
無数の“狙われた側”の感覚。
その軌道が見える。
「右から来る!!」
エルクが叫ぶ。
リアが即座に反応した。
大剣が閃く。
轟音。
異邦喰いの指が、ついに砕け散った。
ーー現在分かっている情報ーー
魔物図鑑
異邦喰い : 岩石でできた巨大な手、旅人を襲う
人物
レグルス聖王国軍務卿 ライディス




