旅人だけを喰う森 (1)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
森を抜ける風は、少し湿っていた。
朝露を含んだ葉が揺れ、木漏れ日が獣道へまだら模様を落としている。
レグルス聖王国を離れてから、四日。
エルクたちは、北東へ続く街道を歩き続けていた。
「……なぁ」
先頭を歩いていたシュウが、枝を払いながら振り返る。
「エルナトって、あとどれくらい?」
「まだ遠い」
答えたのはリアだった。
相変わらず簡潔だ。
「ざっくりでいいからさぁ」
「徒歩なら数ヶ月」
「終わった」
シュウがその場で膝をつく。
エルクは苦笑した。
「大げさだな」
「いや文明恋しいって。俺もうスマホない生活無理なんだけど」
「その割に適応してるだろ」
「人間、追い込まれると慣れるんだよ……」
ぼやきながらも、シュウは腰の短剣を軽く回す。
動きは以前より滑らかだった。
戦いに慣れてきている。
それはエルクも同じだった。
最初は握るだけで怖かった剣も、今では自然に腰へ馴染んでいる。
慣れる。
その事実が少し怖い。
ガサリ、と茂みが揺れた。
「来る」
リアの声。
直後、灰色の影が飛び出した。
狼型魔物。
赤黒い牙を剥き、一直線にシュウへ飛びかかる。
「うおっ!?」
シュウは咄嗟に短剣を抜く。
右手に握った刃が、淡く光った。
左手へ、同じ短剣が現れる。
《レプリカ》。
シュウの固有スキル。
「よっ!」
二本の刃で牙を受け流す。
だが魔物は止まらない。
重い。
爪が火花を散らし、シュウが押し込まれる。
「っ、前より力強くない!?」
「森の魔物は個体が大きい」
リアが即座に踏み込む。
大剣が風を裂いた。
銀色の軌跡。
一撃。
狼型魔物の身体が真っ二つになる。
血飛沫が草へ散った。
静寂。
シュウが息を吐く。
「……強すぎだろ」
リアは当然みたいな顔だった。
「普通」
「いや絶対普通じゃない」
エルクは倒れた魔物を見る。
その時、頭の奥で小さなノイズが走った。
一瞬だけ。
誰かの感覚。
視界。
《残響》。
以前より弱いが、確かに発動していた。
「エルク?」
「……いや」
エルクは首を振る。
最近、《残響》の感覚が少し変わってきている。
最初は戦場で大量に流れ込んできた。
だが今は違う。
断片的だ。
小さな予感みたいに現れる。
まだ制御できない。
けれど確実に、自分の感覚へ馴染み始めていた。
シュウが魔物の死体をつつく。
「しかし俺のスキル、便利だけど決定力ないよなぁ」
左手の短剣が、砂みたいに崩れて消えた。
数秒しか持たない。
「前みたいに火とかなら強いんだけど」
「残るものとは相性がいい」
リアが言う。
「逆に、硬い相手は苦手」
「うぅ……」
シュウが唸る。
「もっとこう、“最強感”欲しかった」
「十分チート寄りだろ」
「そう?」
「物を増やせる時点でおかしい」
「それは確かに」
シュウはすぐ立ち直った。
その切り替えの早さは才能かもしれない。
再び歩き出す。
森は深くなっていった。
空気が変わる。
湿気。
土の匂い。
どこか硫黄みたいな香りも混じっていた。
「……温泉?」
エルクが呟く。
リアが頷く。
「近い」
シュウの顔が輝いた。
「温泉街!?」
「宿場町」
「つまり風呂ある!?」
「たぶん」
「勝ったな」
何に勝ったのかはわからないが、シュウは嬉しそうだった。
森を抜ける。
その瞬間、視界が開けた。
山間へ広がる街。
木造建築。
石畳。
立ち上る白い湯気。
川沿いに並ぶ旅館。
赤い提灯。
確かに、温泉街だった。
「おぉ……」
シュウが感動した声を漏らす。
だが。
エルクは違和感を覚えた。
静かすぎる。
本来なら賑わっているはずの場所。
なのに、人通りが少ない。
昼だというのに露店は半分閉まり、酒場にも客がいない。
窓を閉めている店も多かった。
風だけが通りを抜けていく。
「……なんか暗くない?」
シュウも気づいたらしい。
リアは街を見回す。
「思ったより酷い」
石橋を渡る。
川から湯気が立ち上っていた。
温泉が流れ込んでいるらしい。
本来なら観光客で溢れる場所。
だが、どこか街全体が怯えていた。
宿屋の前で立ち止まる。
木製看板。
《雨燕亭》。
古いが立派な宿だった。
扉を開ける。
鈴が鳴った。
中は薄暗い。
カウンターにいた中年の男が顔を上げる。
「……客?」
驚いた顔だった。
まるで、しばらく旅人を見ていないみたいに。
シュウが苦笑する。
「その反応傷つくなぁ」
店主は慌てて立ち上がった。
「あ、いや……すまん。最近はほとんど来なくてな」
エルクは周囲を見る。
広い食堂。
だが客は二組だけ。
どちらも地元民らしい。
旅人の姿はない。
「三人部屋、空いてるか?」
エルクが訊く。
店主は少し困った顔をした。
「空いてるには空いてるが……」
「金なら」
シュウが腰袋を探る。
沈黙。
数枚の硬貨。
絶望的に足りない。
「……終わった」
「わかってたけどな」
リアは小さく溜息を吐いた。
店主は三人を見て、少し考える。
そして声を潜めた。
「……頼みがある」
空気が変わった。
「頼み?」
店主は窓の外を見る。
森の方向。
「最近、“異邦喰い”が出る」
その名前を聞いた瞬間。
リアの目がわずかに細くなった。
「異邦喰い?」
エルクが聞き返す。
店主は頷く。
「森に出る化け物だ」
「巨大な岩の手みたいな姿をしてる」
「旅人を襲うんだ」
シュウが眉をひそめる。
「旅人限定?」
「ああ」
店主の声は暗かった。
「街の人間は襲われない」
「だが外から来た人間だけ殺される」
風が窓を鳴らした。
どこか嫌な話だった。
エルクは静かに訊く。
「騎士団は?」
店主は苦笑する。
「来たさ。何度も」
「でも森へ入って、そのまま帰らなかった」
「だから誰も近づかねぇ」
シュウが小さく呟く。
「……ホラーじゃん」
「異邦喰いを倒してくれたら、宿代はいらねぇ」
店主は頭を下げる。
「頼む。このままじゃ街が死ぬ」
エルクはリアを見る。
リアは少しだけ考え込んでいた。
「……どうする?」
シュウが訊く。
リアは短く答える。
「やる」
迷いがなかった。
その横顔を見ながら、エルクは小さな違和感を覚えていた。
さっきからリアは、“異邦喰い”という名前に妙に反応している。
知っている?
いや。
それだけじゃない。
もっと別の何か。
エルクは窓の外を見る。
霧がかった森。
木々の奥。
誰かがこちらを見ている気がした。
頭の奥で、ノイズが走る。
――逃げろ。――
知らない声。
潰れる音。
悲鳴。
巨大な岩の指。
そして。
――発見。――
そこで《残響》は途切れた。
「……っ」
エルクは反射的に額を押さえる。
「大丈夫か?」
シュウが覗き込む。
「……いや」
ただの気のせい。
そう思いたかった。
だが胸の奥に、小さな寒気だけが残っていた。
ーー現在分かっている情報ーー
宿屋:雨燕亭
温泉の宿屋。キノコの鍋料理が美味い。




