火を灯せ (3)
ちょっぴりダークな異世界転生ファンタジー。
勇者は一人ではない。
番号を与えられ、量産され、戦場へ送られる世界。
“勇者A”と呼ばれた少年は、
モブのまま消えていくのか。
それとも・・・英雄になるのか。
『異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~』
翌朝。
まだ空が白み始めたばかりの時間だった。
重い鐘の音が、城内へ響く。
「起床、勇者部隊。十分後に出発する」
無機質な兵士の声。
エルクは薄く目を開けた。
昨夜、リアが窓から現れてから、ほとんど眠れなかった。
戦争。
召喚。
逃亡。
頭の中で、いくつもの言葉が渦巻いている。
「……行くか」
自室へ戻らず、床で寝ていたシュウがむくりと起き上がる。
「うぅ……ブラック企業かよレグルス……」
「企業よりひどい」
「それはそう」
二人は苦笑しながら支度を始めた。
兵舎の廊下には、すでに他の勇者たちが集まっている。
昨日より少ない。
十人。
それが今の勇者A部隊だった。
槍を抱えた男。
包帯を巻いた少女。
無言で弓を磨く青年。
皆、昨日より少しだけ目が変わっていた。
戦場を知った目。
兵士たちは、そんな彼らへ簡素な武器を投げ渡していく。
「次の戦線は南部灰原地帯」
「灰喰いが確認されている」
「各員、生存を最優先とせよ」
最後だけ、少し笑いそうになった。
生存を最優先。
なら最初からそんな場所へ送らない。
シュウが小声で呟く。
「説明雑すぎだろ」
「ゲームのチュートリアル以下だな」
「ブラック運営だ」
二人は顔を見合わせ、小さく笑った。
そのまま荷馬車へ押し込まれる。
車輪が軋み、城門が開く。
朝の冷たい風が吹き込んだ。
レグルス聖王国。
巨大な白亜の城壁都市。
遠くから見れば神聖で、美しい国に見える。
だがエルクには、巨大な檻にしか思えなかった。
馬車は数時間かけて南部へ進む。
やがて景色が変わった。
草木が少ない。
黒い灰が地面に混じっている。
焼け焦げたような荒野。
「ここ、人住んでないのか?」
シュウが訊く。
兵士の一人が短く答えた。
「元々、人のいない灰地帯だ」
「じゃあ戦争跡地じゃないんだな」
その瞬間。
エルクは小さな違和感を覚えた。
残響。
昨日まで戦場で聞こえていた“声”が、妙に静かだった。
死者の気配が薄い。
「……なるほど」
エルクは小さく呟く。
ここには過去の戦士が少ない。
つまり、《残響》が発動しにくい。
少し嫌な予感がした。
馬車が止まる。
兵士たちが怒鳴った。
「前方接敵!!」
灰色の丘の向こうから、無数の影が現れる。
「ギィィィッ!!」
ゴブリン。
だが昨日より細い。
皮膚が灰色で、目だけが赤い。
そして、その奥。
地面を這う巨大な塊。
黒い泥みたいな身体。
何本もの腕。
中央に、赤く光る核。
「……なんだあれ」
シュウが顔を引きつらせる。
兵士が叫ぶ。
「灰喰いだ!!」
直後。
灰喰いが咆哮した。
空気が震える。
次の瞬間、周囲の灰が巻き上がった。
視界が白く染まる。
「うおっ!?」
シュウが目を覆う。
その隙にゴブリンが飛びかかってきた。
エルクは剣を振るう。
だが。
遅い。
戦闘の感覚がない。
あの声が来ない。
「っ……!」
ゴブリンの刃が肩を掠める。
熱い痛み。
エルクは後退した。
残響が反応していない。
「エルク!」
シュウが短剣を振り上げる。
右手の武器を左手へ複製。
二本の短剣でゴブリンを切り裂く。
「今日はお前のターンじゃねぇな!」
「みたいだ!」
エルクは苦笑しながら火石を取り出した。
リアから渡された赤い石。
剣へ布を巻き付け、打ち鳴らす。
火花。
小さな炎が生まれる。
ゴブリンたちがわずかに怯んだ。
エルクは炎を纏った剣でゴブリンを薙ぎ倒した。
「いいね」
シュウが親指を上げる。
ドォォォン
「きた!」
煙を巻き上げながら灰喰いが突進してきた。
エルクは炎の剣を振り上げる。
だが火力が弱い。
灰喰いは炎を嫌がりながらも、巨大な腕を振り下ろしてくる。
轟音。
地面が砕ける。
勇者の一人が吹き飛ばされた。
「ぐあぁっ!」
「まずい!」
エルクは歯を食いしばる。
残響の声がない。
次の一撃はエルクを狙っていた。
「エクル動け!」
危なかった。
シュウの言葉で攻撃をギリギリで避けた。
空を切る音。
ザク・・ザクザクッ
数本の矢が、灰喰いに打ち込まれる。
後方から弓使いの勇者Aの攻撃。
灰喰いにはダメージを与えられていない。
でも、動きを止めることはできた。
エルクはその隙に、炎を纏った剣を灰喰いの腕を切る。
しかし。
効いている様子がない。
火が足りない。
もっと火が必要だ。
その時。
シュウの目が火石へ向いた。
「……あ」
ニヤリと笑う。
「エルク、それ貸せ!」
シュウは火石を右手で握る。
淡い光。
左手へ、同じ火石が現れた。
「おぉ……!」
そして。
「まだまだぁっ!!」
右から左へ。
右から左へ。
火石を複製し続ける。
赤い光が連続で生まれる。
5個。
10個。
複製されたものは数秒ごとに崩壊する。
だがその前に、シュウは次々と投げた。
「燃えろぉぉぉ!!」
火花が荒野へ散る。
乾いた灰へ引火。
爆ぜる炎。
一瞬で、火の壁が生まれた。
「ギャァァァ!!」
灰喰いが絶叫する。
黒泥の身体が燃え上がる。
「今だ、エルク!」
エルクは駆ける。
残響はない。
だから自分で考える。
自分で動く。
燃え上がる炎の隙間。
灰喰いの核が露出していた。
「あそこか……!」
エルクは滑り込む。
熱風。
火の粉。
肌が焼けそうだった。
それでも止まらない。
剣を握る。
踏み込む。
「――ッ!!」
渾身の一撃。
赤い核へ、剣を突き立てた。
沈黙。
次の瞬間。
灰喰いの身体が崩壊する。
黒い泥が、灰となって崩れ落ちた。
静寂。
そして。
「うおおおおおっ!!」
周囲の勇者たちが歓声を上げた。
槍使いの男がゴブリンを貫く。
弓使いの青年が最後の一体を撃ち抜く。
戦場の空気が、一気に変わる。
勝った。
初めて、自分たちの力で。
シュウがその場へ倒れ込む。
「はぁっ……はぁっ……」
「俺、天才じゃね?」
「調子乗るな」
エルクは笑いながら手を差し出した。
シュウがその手を掴む。
空は、もう赤く染まり始めていた。
夕暮れ。
灰色の荒野を、夕日が照らしている。
生き残った勇者たちは、その場へ座り込んでいた。
疲労困憊だった。
だが昨日より、少しだけ空気が違う。
誰もが理解していた。
ただ怯えて死ぬだけじゃない。
戦える。
生き残れる。
その時。
瓦礫の丘の上へ、一人の影が現れる。
赤みがかった長髪。
黒い軽鎧。
巨大な大剣。
リアだった。
「……時間」
静かな声。
エルクとシュウは立ち上がる。
遠くでは、レグルス軍の迎え灯火が近づいていた。
だがリアは、逆方向を見ている。
北。
暗い地平線。
「行くのか?」
エルクが訊く。
リアは頷いた。
「ここにいたら、いずれ死ぬ」
「なら逃げる」
シュウが苦笑する。
「勇者パーティ結成って感じ?」
「軽い」
「重く始めると疲れるだろ」
リアは少しだけ呆れた顔をした。
遠くで兵士たちの声が響く。
点呼はない。
誰が何人生き残ったかも、誰も正確に把握していない。
いなければ戦死扱い。
それだけだ。
エルクは最後に一度だけ、レグルスの方角を振り返る。
巨大な城壁。
勇者の国。
人を消費する国。
そして。
小さく息を吐いた。
「……行こう」
三人は夕闇の荒野を歩き出す。
誰にも気づかれないまま。
火を灯したその先へ。
第3話 火を灯せ ここまでです。
そして、3人の旅が始まります。
ーー現在分かっている情報ーー
魔物図鑑
灰喰い : 巨大な灰色の塊、湿地を好み火に弱い
ゴブリン : よくファンタジーで出てくるやつ、いろんな種類がいる
赤いゴーレム : 人を殺すたびに赤くなっていく




