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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第六章 終焉の彼方

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世界の亀裂(2) エルナト

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第六章

エルナトの東門が破られたのは、夜明けから二時間後のことだった。


魔物の群れが、街道を封鎖し、王都外縁の防衛線を、正面から押し潰してきた。

個々の戦力ではなく、数だった。

一頭倒せば、三頭が来る。

三頭倒せば、十頭が来る。

終わりが見えない波が、ただ、押し寄せてくる。


防衛に当たっていた兵士たちが、最初に崩れたのは、東門の第三区画だった。

そこを守っていた小隊が、異変した魔物の一群に飲み込まれた。

生存者の証言によれば、魔物の体を貫いても、すぐに再生するものがいたという。

通常の魔物には、あり得ない現象だった。


賢者の塔では、アルテフェインが、賢者団を三つのグループに分けて、指示を出していた。


「第一班は王都外縁の結界強化。第二班は全市民の避難誘導。第三班は私と来い」


第三班が向かったのは、王都の中心にある、古代建造の魔力炉だった。


エルナトの魔力循環の要だ。

街全体に供給される魔力は、ここを源泉としている。

それが不安定になっているということは、街全体が、弱体化しているということを意味していた。


炉の内部は、熱と光に満ちていた。

通常、ここに立ち入れるのは、上位賢者だけだった。

アルテフェインは、その中央に立ち、両手を炉の核に当てた。


流れ込んでくる情報が、大量だった。

世界中の門から発せられる魔力の乱れが、この炉を通じて、王都全体に伝播していた。

それを、一点一点、丁寧に、切り分けていく。

門の乱れを遮断し、王都固有の魔力循環だけを、維持する。


それは、嵐の中で、特定の川の流れだけを守り続けるような作業だった。


「アルテフェイン様」

第三班の若い賢者が、声をかけた。


「街の結界が、また弱まっています。第一班だけでは——」


「持たせろ」


アルテフェインは、目を開けずに言った。


「今、炉を手放せば、街の魔力供給が完全に停止する。そうなれば、結界どころの話ではない」


「しかし、東門が——」


「バルゼディスに連絡しろ。判断は任せると伝えろ」


若い賢者は、頷いて、走っていった。



バルゼディスは、東門の城壁の上に立っていた。


下の通りでは、兵士たちが、異変した魔物の群れと、激しく、戦っていた。


「知識だけでは、世界は守れない」


かつて、自分が、誰かに言った言葉だ。

それを今、自分に言い聞かせながら、両手を前へ出した。


バルゼディスの魔法は、本来、研究と記録のための補助魔法が中心だ。

賢者としての専門は、理論と観測だった。

だが、ヴァルガンの最高賢者として、戦場に出た経験も、十分にある。


轟音とともに、石造りの壁が、さらに一段、高く積み上がった。

魔物の突進を、その壁が、受け止める。


「そこだ、押し返せ!」


バルゼディスの指示に、兵士たちが応じた。


壁を盾に、三人一組で、魔物を左右から挟み込む。

一頭の巨大な異変個体が、城壁に体当たりしてくる。

バルゼディスは、その軌道を読み、壁の強度を、瞬時に、変化させた。

巨体が壁に激突した瞬間、壁は衝撃を逃がすように、わずかに、たわむ。

そして、跳ね返す。


魔物が、仰向けに、倒れた。


「今だ!」


兵士たちが、一斉に、とどめを刺した。


しかし——


倒れた魔物の体が、黒い靄を吐き出した。

その靄が、隣にいた兵士の一人の体に、触れた。


兵士が、わずかに、よろめいた。


「大丈夫か!」


「は、はい。ただ——少し、霞んで見えて——」


バルゼディスは、すぐに、その兵士を、後方へ引かせた。


「その靄に触れた者を、全員、後方へ退かせろ。直接接触は避けよ」


これは、魔物の魔力感染だった。

ヴァルガン北部で異界獣と戦った時にも、似た現象は見ていた。

だが、今の規模は、比べ物にならない。


バルゼディスは、空を見上げた。


黒い亀裂は、さらに、広がっていた。


あの亀裂が続く限り、この戦いに、終わりはない。

倒しても倒しても、新しい異変個体が、門の方向から現れ続ける。


「——まずい」


バルゼディスが、低く、呟いた。


初めて、自分の持てる知識の全てをもってしても、答えが見えない問題に、直面していた。



エルナトの広場の一角に、臨時の救護所が設けられていた。


傷ついた兵士が運ばれてくる。

市民が怯えながら避難の列を作る。


その中を、魔導学院の生徒たちが、治癒魔法の補助に走り回っていた。


アルテフェインの指示のもと、学院は早朝から救護支援に動いていた。

学生たちにとって、これは演習ではない。

本物の血が、流れていた。

本物の悲鳴が、聞こえていた。


院長格の一人が、バルゼディスへ向かって、駆けてきた。


「賢者様。傷ついた者の中に、黒い靄を吸い込んだと思われる者が、複数います。高熱が出ていて、意識が混濁している者も——」


「隔離しろ。他の負傷者とは、絶対に、混ぜるな」


バルゼディスが、素早く、指示した。


「感染の可能性を考えろ。あの靄は、異界の魔力だ。人体への影響を、まだ、完全には把握できていない」


院長格は、顔色を変えながら、頷いて、走り戻った。


バルゼディスは、その背中を見送りながら、己の無力感を、かみしめていた。


情報が、足りない。

対処法が、わからない。

世界全体で何が起きているのか、エルナトからでは、全体像を、掴みきれない。


「エルクたちは今、どこにいる」


バルゼディスが、独り言のように、呟いた。


答える者は、いなかった。



王都の避難が、ある程度、落ち着いた頃、アルテフェインは、魔力炉から手を離した。


完璧ではなかった。

街の魔力供給は、完全には、回復していない。

だが、崩壊は、一時的に、食い止めた。


炉の外に出ると、側近の賢者が、報告を持ってきた。


各国への魔導通信が、届いたという。

ヴァルガンからは、すでに返答があった。

レグルスからは、いまだに、応答がない。

エークレイアからは、グローワ自身の声で、「状況は把握している」という短い返答だけがあった。


「これは聖都エークレイアも、異変が起きているということだ」


アルテフェインは、返答の短さから、状況を読んだ。


「エルクは、どこにいる」


側近の賢者が、首を振った。


「エークレイアにいるはずですが、グローワ様からは、それ以上の情報は」


「わかった」


アルテフェインは、空を見上げた。


空の亀裂は、もう、見上げなければわからないほどの細い線ではなかった。

王都の東の空の、四分の一ほどが、黒く、染まっていた。


その光景を見ながら、アルテフェインは、初めて、かつてのバルゼディスの言葉を、思い返していた。


「知識だけでは、世界は守れない」


自分自身が、今、その言葉の意味を、身をもって、理解していた。


賢者の塔に戻り、アルテフェインは、魔導通信の前に座った。


送る先は、一つだった。


エークレイア。

グローワ宛て。


内容は、短かった。


「召喚術の研究を全て開示する。今こそ、全ての知識を持ち寄る時が来た。エルクに伝えてくれ——世界が待っている、と」




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