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異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~  作者: 小城乃ひかり
第五章 忘れられた勇者

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レグルス崩壊(1)

異世界ゆうしゃA ~亡国の残響~ 第五章

夜のレグルス王都には、表面上、平穏が戻っていた。


ヴァルガンの戦争が終わってから、すでに、何週間かが経っていた。

ヴァルガンの復興のため派遣された兵士たちも戻って来ていた。

人々の表情にも、少しずつ、笑顔が戻ってきていた。


しかし、軍務省の一室では、その平穏とは、まったく違う空気が、流れていた。


窓の外、夜空には、星が、いつものように、瞬いていた。

その静けさが、ライディスには、かえって、不気味に感じられた。

平和に見える夜ほど、何かが、その裏で、静かに進行しているのではないか。

そんな予感が、最近、絶えず、胸の奥にあった。


ライディスは、机に向かい、積み上げられた報告書を、何度も、読み返していた。


北部の門。

魔王の出現。

ノクトの発言。

世界融合。


それぞれの報告書は、別々の出来事として、提出されていた。

だが、ライディスの目には、それらが、一つの線として、繋がって見えていた。


机の隅には、王家の古文書が、積まれていた。

召喚記録。

古い軍事資料。

そして、苦労して手に入れた、第五軍が残した、暗号文の写し。


その暗号文を、何日もかけて、解読した。

そこに、共通して、記されている言葉があった。


「王が、門を開く」


ライディスは、その文字を、何度も、見つめた。


否定したかった。

これは、何かの誤読か、あるいは、別の意図を持った、偽の情報かもしれない。

そう、信じたかった。


これまでの自分の人生のすべてが、王への忠誠の上に、築かれていた。

戦後、自分を、拾い上げてくれた恩。

軍務卿という地位を、与えてくれた信頼。

それらすべてが、根底から覆るような可能性を、認めたくはなかった。


しかし——


王の態度は、明らかに、変わっていた。

北部戦線への、奇妙な消極性。

門への、異常な興味。

勇者召喚という制度への、執着。


すべてが、一つの結論に向かって、収束していくのを、ライディスは、感じていた。


疑念が、確信へと、変わり始めていた。


ペンを握る手に、力が入りすぎて、紙の端が、わずかに、皺になった。

ライディスは、それに気づき、ゆっくりと、手を、開いた。


冷静であれ。

数字で判断しろ。

それが、三十年来、自分に課してきた、信条だった。


だが、今、目の前にある問いだけは、数字では、判断できなかった。


その時、部屋の扉が、勢いよく開いた。


「軍務卿……!」


部下の一人が、息を切らせながら、駆け込んできた。


「どうした」


ライディスが、即座に、立ち上がった。


「王が——王が、地下施設へ、向かわれました!」


その一言に、ライディスの全身が、強く、緊張した。


王城地下。

それは、王家の中でも、限られた者しか、その存在を知らない場所だった。

ライディス自身も、過去に、一度だけ、足を踏み入れたことがある。


「いつのことだ」


「先ほどです。供は、誰もつけず、お一人で」


ライディスは、考える間もなく、剣を取り、部屋を出た。


廊下を駆けながら、心臓が、早鐘を打っていた。

これから自分が目にするものが、これまで信じてきたすべてを、崩しかねないという予感が、足の動きを、わずかに、鈍らせていた。

それでも、止まることはできなかった。



地下への階段は、長く、暗かった。


燭台の灯りも、ところどころ消えていて、ライディスは、手探りで、道を進んだ。

階段の先、最奥に、ようやく、扉が見えた。


その扉は、わずかに、開いていた。


中から、青白い光が、漏れていた。


ライディスは、剣の柄に、手をかけたまま、その扉を、押し開いた。


中は、想像していたよりも、はるかに、広い空間だった。


巨大な石造りの部屋。

壁面には、古代召喚陣の紋様が、無数に、刻まれていた。

中央には、魔力炉と思われる、巨大な装置。

その周囲に、封印された記録の箱が、いくつも、並んでいた。


そして、部屋の最奥に——黒い門が、あった。


ライディスは、その光景に、思わず、息を呑んだ。


ここに、すべてがあった。


勇者召喚。

門の研究。

王家の秘密。


その、すべてが、この場所に、長年、隠されていた。


王は、その黒い門の前に、立っていた。


そして、その横に——黒装束の人物が、いた。


「魔王軍……!」


ライディスが、剣を抜いた。


ユラギが、静かに、礼をした。

まるで、宮廷の客人を出迎えるような、丁寧な所作だった。


「お会いできて、光栄です」


ユラギが言った。


「軍務卿、ライディス」


王は、振り返らなかった。

ただ、門を、じっと、見つめ続けていた。


「来たか」


王の声には、これまで聞いたことのない、奇妙な響きがあった。


威厳は、まるで、感じられなかった。

疲れた老人のようでもあり、何かを、すでに、諦めてしまった男のようでもあった。



「陛下」


ライディスが、声を、絞り出した。


「これは、何ですか。なぜ、魔王軍が、ここに」


王は、ようやく、ライディスの方を、振り向いた。


その顔には、これまで見てきた、威厳ある王の表情とは、別の何かが、浮かんでいた。

燭台の灯りが、王の顔に、深い陰影を、刻んでいた。

頬は、こけ、目の下には、長年の疲労を、そのまま映したような、濃い隈があった。

ライディスが、これまで、何百回と見てきたはずの顔が、今、まったく、別人のように見えた。


「話そう」

王が、静かに言った。


「お前にも、知る権利が、あるだろう」

王が、語り始めた。


「私は、かつて、異世界から、召喚された者だ」


その一言に、ライディスは、絶句した。


足元が、わずかに、揺らぐような感覚があった。

これまで、当然のように、王家の血を引く者だと、信じていた。

その前提そのものが、今、音を立てて、崩れていった。


「召喚陣の中央で、目を覚ました。元の世界には、もう、二度と帰れなかった。レグルス王家に、拾われ、育てられ、そして——王になった」


王の声は、淡々としていた。

だが、その奥に、長い年月、積み重ねられてきた、重い感情が、滲んでいた。


「長い、長い年月だった。戦争を見てきた。裏切りを見てきた。争いを、見続けてきた」


「そして、勇者Aの記録に、辿り着いた。門の存在。世界の歪み。——すべてを、知った」


「世界は、壊れている」


王が、続けた。


「勇者も、それを知った。魔王も、それを知った」


「だから、滅ぼすのですか」

ライディスが、震える声で、聞いた。


王は、わずかに、首を振った。


「作り直す」


「それだけだ」


その一言が、ライディスの中で、何かを、決定的に、断ち切った。


怒り。

悲しみ。

そして、深い、失望。


王は、ライディスにとって、ただの主君ではなかった。

すべてを失った自分を、迎え入れてくれた、恩人であり、父のような存在だった。


「世界を守れ」「勇者を守れ」「正義を貫け」——その言葉を、信じて、生きてきた。

三十年という歳月は、決して、短いものではなかった。


その男が——民を、見捨てようとしていた。


「何百万人を、犠牲にするつもりですか」


ライディスが、声を、荒げた。


「殺すのではない」


王が、静かに、答えた。


「作り直すのだ」


その答えは、ライディスにとって、何の慰めにもならなかった。

言葉の上では、確かに、違う意味を持っているのかもしれない。

だが、その先に待つ結末は、結局、同じものだった。

今、この世界に生きる、すべての命が、一度、終わる。

それだけは、紛れもない事実だった。


その時だった。


王都の各地から、爆発音が、響いた。


鐘が、激しく、鳴り始めた。

悲鳴が、遠くから、聞こえてくる。

黒煙が、地下の通気口を通って、わずかに、流れ込んできた。


「——何だ」


ライディスが、咄嗟に、扉の方を、見た。


地上では、すでに、混乱が、広がっていた。


黒装束の集団が、屋根を、跳び渡っていた。

短刀。

鎖。

毒。

煙。


第五軍。

三十名にも及ぶ、忍者型の魔族部隊が、王都に、潜伏していた。


衛兵が、次々に、暗殺されていく。

門番が、声も上げずに、倒れていく。


それは、正面からの戦争とは、まったく違う種類の恐怖だった。


誰が、敵なのか。

どこから、攻撃が来るのか。

それすら、わからない。


市民は、何が起きているのかも、理解できないまま、ただ、逃げ惑っていた。


恐怖だけが、王都全体を、静かに、覆い尽くしていった。

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