第38話:朝焼けの勝利。戦いが終わり、街を包み込む優しい余韻
今日は娘の誕生日なので
1部完結の40話まで同時投稿します!
ドォォォォォォン……ッ!!
『災厄のベヒモス』の巨体が、自らの重みに耐えかねるようにしてゆっくりと横倒しになり、大地を激しく揺らした。
その凄まじい衝撃音が止むと、戦場には一瞬、耳が痛くなるほどの静寂が訪れた。
ボスの死。
それは、数万の魔物たちにとって、抗いようのない『敗北』の宣告だった。
統率を失い、恐怖に支配された魔物たちは、蜘蛛の子を散らすようにして西の荒野へと敗走を始める。
誰一人として、彼らを追う者はいなかった。ただ、瓦礫の山の上で、血と汗にまみれた冒険者たちが、その光景を呆然と見送っていた。
「……あ、あぁ……」
私の指先が、ギターの弦から離れた。
銀糸の弦は、熱を帯びたまま微かに震え、最後の和音の余韻が夜の空気の中へと溶けて消えていく。
「……っ、げほっ、ごほっ……」
喉が焼けるように痛い。
数年ぶりに無理やりこじ開けた喉は、酷使に耐えきれず、焼けた火箸を突き立てられたような激痛を訴えていた。
視界がぐにゃりと歪む。
極限まで張り詰めていた緊張の糸が、勝利という結果と共に、ぷつりと音を立てて切れた。
(あ、れ……足が……)
膝から力が抜け、私の体はスローモーションのように前へと崩れ落ちた。
瓦礫の山から地面へ。
その瞬間。
「おっと! 無茶しすぎだぜ、お嬢ちゃん!」
ガチリ、と硬い鎧の感触。
地面に激突する直前、私の体は大きな、そして誰よりも温かい両腕によってしっかりと受け止められた。
顔を上げると、そこには顔中を返り血で汚したガルドさんがいた。
彼はまだ黄金のオーラの残り香を纏い、見たこともないほど晴れやかで、そして泣き出しそうな笑顔を浮かべて私を見つめていた。
「よく頑張ったな……。お嬢ちゃんのおかげだ。あんたが歌ってくれなきゃ、今頃俺たちはみんな、あいつの腹の中に収まってた」
「……あ、あ……」
声を出そうとしたけれど、掠れた音すら出ない。
でも、ガルドさんの瞳を見れば、言葉なんて必要なかった。
彼の後ろでは、同じように満身創痍の冒険者たちが、よろよろと立ち上がりながらこちらへと歩み寄ってくる。
「本当だぜ……。あの歌が聞こえた時、死ぬのが怖くなくなったんだ」
「お嬢ちゃん、あんたは俺たちの……この街の救世主だ」
厳しい冬を越えて春の陽だまりを見つけたような、そんな穏やかで優しい視線。
みんな、生きている。
私の不器用な歌が、ちゃんと届いて、この人たちの命を繋ぎ止めることができた。
その実感が胸に込み上げ、私の目からは、溜まっていた涙がポロポロと溢れ出した。
不意に、西の空を覆っていた分厚い暗雲が、端の方から白く染まり始めた。
赤と青の二つの月が地平線の彼方へと沈み、代わりに黄金色の陽光が、破壊された西の門へと差し込む。
戦場を埋め尽くしていたどす黒い魔物の死骸や瓦礫を、朝焼けの光が優しく、残酷なまでに美しく照らし出していく。
夜が、明けたのだ。
『……ふん。ようやく終わったか』
瓦礫の隙間から、ひょっこりと黒猫が姿を現した。
私のすぐ傍まで歩いてくると、ガルドさんの腕の中にいる私の顔を覗き込み、フンと鼻を鳴らす。
『見てみろ、人間。お前のせいで、この筋肉ダルマどもがすっかり骨抜きになっているではないか。俺の極上マタタビ(歌声)を、こんな不細工な連中にまで聴かせてやるとは、お前もお人好しが過ぎるぞ』
黒猫は呆れたように尻尾を揺らし、それから私の手のひらに、そっと自分の柔らかい肉球を重ねた。
『……だが、悪くない響きだった。お前という楽士を選んだ俺の目に、狂いはなかったということだ。……よくやった』
その言葉は、誰よりも近くで私の葛藤を見てきた相棒からの、最高のご褒美だった。
「さあ、帰ろうぜ。女将さんが首を長くして待ってるはずだ。今夜は最高のご馳走を、お嬢ちゃんに食べさせねえとな!」
ガルドさんが私のギターケースを拾い上げ、優しく背負ってくれる。
そして、私はガルドさんに抱えられたまま、朝焼けに包まれる街の大通りを、ゆっくりと進み始めた。
遠く、宿屋の方から、避難していた人たちが恐る恐る顔を出すのが見える。
勝利を知らせる鐘の音が、今度は希望に満ちた音色で街中に響き渡る。
私の体はもう指一本動かせないほど疲れ切っていたけれど。
胸の奥に宿った温かな火は、朝日よりもずっと明るく、私の未来を照らしているような気がした。
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次回お楽しみに。




