第37話:【黒猫の裏側】ボスの首は、俺が(こっそり)落としておいたぞ
(……完璧だ)
俺は瓦礫の頂上で、全身の毛を逆立て、震えるほどの法悦に浸っていた。
娘の喉から解き放たれた、魂を削り出すような全力の絶唱。
銀糸蜘蛛の弦が限界を超えて放つ、銀色の共鳴。
それはもはや単なる音楽ではない。この世界の法則を書き換え、絶望を希望へと強制的に変換する、究極の『聖域』だ。
(俺の楽士よ。お前の声は、伝説の魔獣たる俺の魂さえも、これほどまでに熱く焦がすのか)
俺の魔力核は、娘の歌声と完全に同調し、かつてないほどの出力を叩き出していた。
黄金のバフを受けて「無敵」と化した筋肉ダルマどもが、巨大な『災厄のベヒモス』へと突撃していく。
だが、相手もスタンピードの頂点。漆黒の鱗は神鉄よりも硬く、その巨体から放たれる質量は、いかにバフがかかっていようと人間が太刀打ちできる範疇を僅かに超えている。
「グォォォォォォォォッ!!!」
ベヒモスが怒り狂い、その巨大な尾を横に薙ぎ払った。
大気を爆ぜさせ、城壁の残骸を塵に変える一撃。
真っ向から受ければ、いかに超回復があるとはいえ、ガルドの肉体はミンチとなって数秒間は行動不能になるだろう。
(……チッ。俺の楽士の最高潮を、そんな無粋な音で汚させはせん)
俺は娘の足元から、音もなく影の中へとダイブした。
黄金のバフによって『神速』を超えた俺の動きは、時間の流れさえも鈍くさせる。
ベヒモスの尾がガルドの胴体を捉える、そのコンマ数秒前。
俺は実体化すると同時に、ベヒモスの尾の付け根――鱗の隙間にある、魔力の循環点へと躍り出た。
『おい、三流のトカゲ風情が。いい気になるなよ』
俺は空中で身を捻り、全魔力を集中させた右前足を、その循環点へと「そっ」と置いた。
『奥義・無音肉球デモリッション(内部破壊)』。
パムッ。
ガルドたちの耳には、ただ風が鳴った程度にしか聞こえなかっただろう。
だが、ベヒモスの巨体の中では、俺が流し込んだ超高密度の魔力が大爆発を起こしていた。
尾の神経と筋肉、そして骨が、内側から完全に粉砕される。
「ガ、アァァァッ!?」
何が起きたか分からぬまま、ベヒモスの尾は力なく地面に落ち、ガルドの数センチ手前で空振りに終わった。
「おおおっ! 運が味方したぜ! 隙だらけだァッ!!」
何も知らないガルドは、好機と見てベヒモスの足元に切り込む。
だが、ベヒモスの漆黒の鱗は依然として強固だ。ガルドの渾身の斬撃さえも、火花を散らして弾き返される。
(ふむ。やはりあの鱗は少々硬すぎるか。ならば、俺が少し『下ごしらえ』をしてやろう)
俺は影を渡り、今度はベヒモスの胸元へと移動した。
そこには、全身の魔力を司る『魔核』が隠されている。
ベヒモスが大きく息を吸い込み、娘が立つ瓦礫へ向かって、すべてを灰にする『災厄のブレス』を放とうとした。
(……俺の楽士に唾を吐きかけようなど、万死に値する)
俺の瞳が、深淵のような黒に染まる。
俺はベヒモスの胸の鱗を、まるでお菓子の包み紙でも剥がすように肉球でペリリとめくり上げた。
そして、剥き出しになった心臓部へ、俺の爪を一閃させた。
『死ね。無音でな』
プシュッ、と微かな音がした。
ベヒモスの魔力供給路を、俺の爪が正確に断ち切ったのだ。
ブレスを放とうとしていた奴の喉元で、行き場を失った膨大なエネルギーが逆流し、内側からベヒモスの喉を焼き潰す。
「カハッ……、ゴフッ……!!」
炎を吐くはずだったベヒモスの口から、漏れ出たのはただの黒煙だけだった。
魔力の供給を断たれ、自らの魔力で内臓を焼かれた巨獣は、その場にどうと膝をついた。
「今だ! 全員、あいつの首に全火力を叩き込めェェェッ!!!」
ガルドの叫び。
俺は役目を終えたとばかりに、ベヒモスの巨体から飛び降り、悠然と娘の足元へと戻った。
娘はまだ、夢中で歌い続けている。
自分のすぐ目の前で、伝説の魔獣がボスの急所をことごとく破壊していたことなど、微塵も気づかずに。
「あああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
歌声が、最後の最高音へと到達する。
それに合わせるように、ガルドが全身の黄金のオーラを大剣に集束させ、跳躍した。
ズバァァァァァァァァンッッ!!!
俺が鱗を弱めておいたベヒモスの首を、ガルドの渾身の一撃が、吸い込まれるように一刀両断した。
塔のような巨頭が、ゆっくりと宙を舞い、地面に激突して大きな土煙を上げる。
(ふん。いい手柄になったではないか、人間ども)
俺は瓦礫の上で香箱座りに戻り、前足をペロリと舐めた。
娘の歌の終わりと、ボスの討伐。
これ以上ないほど完璧なタイミングで、戦場に静寂が訪れる。
(やはり、俺の楽士の舞台は、こうでなくてはな)
俺は満足げに喉を鳴らし、歌い終えて肩で息をする娘の足元で、誇らしく尻尾を揺らしたのだった。
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次回お楽しみに。




