第34話:【黒猫の裏側】やはり俺の楽士は最高だ。バフ乗せ肉球でこっそり援護
(……ああ。たまらん)
俺は瓦礫の上で香箱座りになりながら、完全に目を細め、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
俺のすぐ頭上から降り注ぐ、娘の『初めての歌声』。
今までギターの音色だけでも十分に極上のマタタビだったが、そこに娘自身の透き通るような声と、強い祈りの感情が乗った今の波動は、もはや『神の領域』に達していた。
俺の魔力核が、かつてないほどの心地よい震えに包まれている。
元の世界で心を閉ざし、声すら出せずに怯えていたあの小さな少女が。
今、絶望の戦場のど真ん中に立ち、大好きな人間たちを守るために、堂々と顔を上げて歌い上げているのだ。
(……ふん。俺の目に狂いはなかったということだ。世界で一番の、俺だけの専属楽士め)
娘の指先から、そして唇から放たれる銀色と黄金の光の粒子が、俺の張った漆黒の結界をすり抜けて前衛の冒険者たちへと降り注ぐ。
あの筋肉ダルマどもは、娘の極上バフ(全ステータス向上&超回復)の恩恵を受け、歓喜の雄叫びを上げながら魔物の群れを押し返し始めていた。
だが、問題が一つあった。
至近距離で娘の足元を守っている俺自身も、当然ながらその『極上バフ』の対象に入ってしまっているのだ。
(……むぅ。元々最強の俺に、全能力強化のバフなどかけられても持て余すだけなのだがな)
俺の全身の毛並みはかつてないほどツヤツヤに輝き、四つの肉球の弾力は通常の三倍に跳ね上がっている。
体の奥底から、無尽蔵の魔力と暴力的なまでの破壊衝動が湧き上がってきていた。
控えめに言って、今なら隣の国ごと大陸を一つ消し飛ばせそうなくらい、力が有り余っているのだ。
俺は大きく欠伸をして、戦況を見渡した。
ガルドとかいう男を筆頭に、冒険者たちは娘の歌をBGMにして無双状態に入っている。
だが、相手は数万のスタンピードだ。
正面からの押し合いには勝てても、数の暴力に紛れて姑息な真似をしてくる輩は必ずいる。
「ゲギャギャッ!」
俺の魔力探知が、ガルドの背後――瓦礫の影に身を潜めた、狡猾なホブゴブリンの姿を捉えた。
奴の手に握られた槍の穂先には、ドロリとした猛毒が塗られている。
ガルドが正面のオークを両断した、まさにその隙を突いて、背後から毒槍を投擲しようと構えたのだ。
(……チッ。俺の楽士の美しいステージに、あんな汚い泥を投げ込ませるわけにはいかん)
俺は結界の維持を自動化すると、音もなく娘の足元の影へと溶け込んだ。
バフが乗った俺の速度は、もはや光に等しい。
ホブゴブリンがガルドの背中へ槍を投げようと腕を振りかぶった、その瞬間。
「ゲッ!?」
ホブゴブリンの鼻先に、フワリと黒い影が舞い降りた。
俺だ。
『おい、雑魚。俺の完璧な裏方仕事の邪魔をするな』
俺は空中で身を捻り、黄金のバフの光を帯びた右前足を、ホブゴブリンの顔面に向かってフルスイングした。
『奥義・ウルトラスーパー肉球スマッシュ』。
ポムッ。
音は、全くしなかった。
俺の肉球が触れた瞬間、ホブゴブリンの首から上の質量が、強烈すぎる物理的圧縮を受けて空間から「消滅」したのだ。
首なしとなったホブゴブリンの体は、槍を構えた姿勢のまま、サラサラと灰になって崩れ落ちた。
「ん……? 今、背後になんか嫌な気配がしたような……?」
ガルドが不思議そうに振り返るが、そこにはただの風が吹いているだけだ。
俺はすでに、そこから数百メートル離れた戦場の右翼へと移動していた。
(ふむ。この有り余る力を発散するには、ちょうどいい的当てゲームだな)
俺は視線を上に向けた。
上空には、酸の唾液を吐き出そうと旋回している巨大な魔蝙蝠の群れ。
さらに遠方の丘の上には、面倒な範囲魔法の詠唱を始めているオーク・メイジの集団が見える。
どれも、前線で剣を振るうガルドたちの死角や手の届かない場所にいる、厄介な敵だ。
「……娘よ、安心しろ。お前の歌声のノイズになるような羽虫どもは、俺がすべて空の彼方へお掃除してやる」
俺は地面を軽く蹴り、夜空へと跳躍した。
バフ乗せの脚力は恐ろしく、俺の体は一瞬で雲の高さまで到達する。
そこから、眼下の魔蝙蝠の群れに向かって、メテオの如く急降下しながら肉球の乱れ打ちを放つ。
ダダダダダダダダダダッ!!!
「ギィィィッ!?」
「ゲボォォッ!」
空中で花火のように弾け飛ぶ魔蝙蝠たち。
俺はそのまま着地もせずに空中を蹴って方向転換し、丘の上のオーク・メイジの集団のど真ん中へ。
『特大肉球スタンプ』。
ズドォォォォォンッ!!!
丘そのものがクレーター状に抉り取られ、詠唱中だったオークたちは悲鳴を上げる間もなく星となって彼方へ吹き飛んでいった。
(……よし。これで面倒な遠距離攻撃はすべて黙らせたな)
俺は前足の汚れを舐め落とし、満足げに鼻を鳴らすと、再び影を渡って娘の足元にある元の瓦礫の上へと帰還した。
この間、わずか三秒。
ガルドたちはおろか、娘自身も俺がいなくなっていたことに全く気づいていない。
「おおおおおっ! お嬢ちゃんの歌が続いてる限り、俺たちは負けねえぞォッ!!」
死角からの不意打ちがすべて消え去ったことで、ガルドたちは何の憂いもなく、正面の敵をただひたすらに粉砕していく作業に没頭していた。
俺は定位置で丸くなり、再び娘の極上の歌声に耳を傾けた。
(歌え。存分に歌うがいい、俺の楽士よ。この戦場の特等席と、お前を脅かす全てのリスクの排除は、この俺が保証してやる)
娘の澄んだ歌声が、西の門の夜空に美しく響き渡る。
俺は至福の微睡みの中で、次なる的(敵)を探して魔力探知を広げ続けたのだった。
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次回お楽しみに。




