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最強黒猫の絶対防御と、無自覚バフの歌姫 〜心を閉ざした少女は、極上の音色で異世界を無双(癒や)します〜  作者: ぱすた屋さん


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第31話:「お前の声に乗せろ」。黒猫の導きと、解き放たれるトラウマ

 


 ジャッジャァァァァァァァンッッ!!!


 戦場の喧騒を切り裂くように、銀糸の弦が深い和音を響かせた。

 私は大きく見開いた目で目の前の絶望を睨みつけ、そして、今までずっと固く閉ざしていた唇を力強く開いた。


 歌うんだ。この人たちを救うために。私の「声」で。


 腹の底に力を込め、肺いっぱいに吸い込んだ焦げ臭い空気を、喉の奥へと押し上げる。

 頭の中には、いつも一人で部屋に引きこもって弾いていた、優しくて力強い祈りのメロディが流れていた。


(……あ、ぁ……っ!)


 だが。

 私の喉から漏れ出たのは、風の抜けるような「ヒュッ」という情けない空気の音だけだった。


「……っ!?」


 咄嗟に喉の奥が痙攣し、キュッと強く締め付けられる。

 見えない透明な壁が、またしても私の声を無情に遮断したのだ。


『ねえ、気持ち悪いんだけど』

『空気読めないの? 自分が上手いとでも思ってるわけ?』


 視界がぐにゃりと歪む。

 目の前にいる巨大なロック・トロールの濁った眼球が、私を冷たい目で嘲笑するクラスメイトの顔に重なって見えた。

 戦場の怒号や魔物の咆哮が遠のき、狭くて息苦しい教室の空気がフラッシュバックする。

 クスクスという笑い声。蔑むような視線。


(怖い……っ)


 どうしようもなく、足の震えが止まらなくなった。

 弦を押さえる左手の指先から感覚が消え、ピックを握る右手が小刻みに痙攣する。

 声を出せば、また笑われる。また否定される。また、私という存在が粉々に壊されてしまう。


 一度体に染み付いた強烈な恐怖と自己否定の呪縛は、そう簡単に解けるものじゃなかった。

「助けたい」という強い願いを持ってもなお、私の本能は「これ以上傷つきたくない」と叫び、喉の奥に何重もの鍵をかけてしまったのだ。


「ウガァァァァッ!!」


 我に返ったトロールが、再び巨大な拳を振り上げた。

 私の周囲に展開された黒猫の『絶対防御の結界』がバチバチと火花を散らすが、結界の外側では、魔物の群れが今度こそ防衛線を突破しようと押し寄せている。


「お、お嬢ちゃん……! もういい、頼むから、逃げてくれ……っ!」


 背後から、血を吐きながらガルドさんが悲痛な声を絞り出した。

 振り向くと、彼の命の灯火は今にも消えそうだった。腕の骨は砕け、腹部からは絶望的な量の血が流れ出し、石畳を赤黒く染めている。

 他の冒険者たちも、もはや立ち上がる力すら残っておらず、ただ虚ろな目で私を見つめていた。


(ダメだ、早くしないと。早く弾いて、歌わないと、みんな死んじゃう……っ!)


 焦れば焦るほど、呼吸は浅くなり、過呼吸のように肩が上下する。

 ポロン、と弾いたギターの音色は、先ほどまでの力強さを失い、ひどく頼りなく震えていた。


 こんな震えた音じゃダメだ。

 歌えない。声が出ない。私には、やっぱり無理だったんだ。


 絶望感で視界が涙に滲み、私がギターを抱えたまま膝から崩れ落ちそうになった、その時だった。


『……おい人間。何を恐れている』


 結界の中心、私のすぐ足元から。

 低く、静かで、けれど腹の底に直接響くような力強い声が聞こえた。


 黒猫だった。

 その小さな体は微動だにせず、揺るぎない琥珀色の瞳で、私を真っ直ぐに見上げていた。


『過去の亡霊に怯えているのか? つまらん幻影に耳を貸すな。ここは、あのお前を閉じ込めていた狭い箱の中ではないぞ』


 黒猫の言葉が、冷たい水のように私のパニックを鎮めていく。


『お前の音を、お前の声を笑う阿呆など、この世界には一人もいない。もしそんな無粋な真似をする輩がいれば、俺がすべてこの肉球で粉砕してやる』


 黒猫は、ポンと前足を瓦礫の上に叩きつけた。


『俺を見ろ』


 その力強い声に導かれるように、私は黒猫の琥珀色の瞳を覗き込んだ。

 そこにあったのは、揺るぎない信頼と、私という存在への絶対的な肯定だった。


『お前の音は、俺の魔力核を癒やす極上のマタタビだ。お前の音楽は、この街の連中の荒んだ心を救ってきた。それは紛れもない事実だろう』


「……っ」


 黒猫の言葉と共に、私の脳裏に様々な情景がフラッシュバックする。


 噴水広場で、私の明るい曲に合わせて笑顔で手拍子をしてくれた子供たち。

『神聖な魔法みたいだ』と、不器用に泣き笑いしながら拍手をしてくれたガルドさん。

 言葉が通じない私に、何度も『シェイラ(ありがとう)』と伝えてくれた街の人たち。


 みんな、私の音楽を待ってくれていた。

 私を、受け入れてくれていた。


 嘲笑する顔なんて、ここにはない。

 私の声は、私を傷つけるためのものじゃない。大好きな人たちに、「ありがとう」と「生きて」という祈りを届けるためのものなんだ。


『お前には、俺がついている』


 黒猫は、私の足にスリスリと頭を擦り寄せ、ゴロゴロと深く温かい振動を鳴らした。


『さあ、泣くのはやめろ。お前のその胸の中にある熱い思いを、すべて音に乗せろ。……お前の、本当の声を世界に放て!』


 その瞬間。

 私の中で、何かがカチリと音を立てて噛み合った。


 ギターの表面に張られた『銀糸蜘蛛』の弦が、私の決意に呼応するように、淡く、けれど力強い銀色の光を放ち始めたのだ。

 指先から流れ込む精神安定の魔力が、過去の恐怖を優しく溶かし、私の心に圧倒的な勇気をもたらしていく。


 私は、もう一度大きく息を吸い込んだ。

 血と焦げ臭い戦場の空気ではなく、もっと澄み切った、新しい世界への空気を。


 喉の奥に立ち塞がっていた透明な壁。

 それに、ピキッ、と亀裂が入るのを感じた。


 私は、左手でしっかりとコードを押さえ直し、右手のピックを高く振り上げた。


(……助けたいっ!)


 ジャァァァァァァァァンッッ!!!


 今度こそ、迷いのない、完璧で極上の和音が戦場に弾け飛んだ。

 銀糸の弦から放たれた波動が、黒猫の結界の内側で共鳴し、空気をびりびりと震わせる。


 私は、目をカッと見開いた。

 そして、ひび割れた喉の奥の壁を、自分の意志で、力強く打ち砕いた。


「————ぁ、あ」


 唇が震える。

 肺から押し出された空気が、声帯を震わせる。


「……あ、あぁ……っ」


 最初は、掠れた、か細い音だった。

 何年も使っていなかった古い楽器が、ようやく鳴り始めたような、そんな不器用な音。


 でも、それは紛れもなく、私の『声』だった。


 私は、コードストロークのリズムに合わせて、さらに強く、さらに高く、声を張り上げた。

 喉の震えが、ギターの木のボディの振動と完全に同調していく。

 怖くない。もう、何も怖くない。


「ああああぁぁぁぁぁぁっ……!!」


 祈りのメロディに乗せて。

 私の震える唇から紡ぎ出された『初めての歌声』が、ついに、絶望の戦場へと解き放たれたのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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