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最強黒猫の絶対防御と、無自覚バフの歌姫 〜心を閉ざした少女は、極上の音色で異世界を無双(癒や)します〜  作者: ぱすた屋さん


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第30話:瓦礫の戦場。絶体絶命の冒険者たちと、前線に立つ少女

 


「逃げろォォォォォッ!!」


 ガルドさんの、喉が裂けんばかりの悲痛な絶叫が戦場に響き渡った。


 私の頭上から、空を覆い隠すほどの巨大な影が落ちてくる。

 四メートルを超えるロック・トロールが、その丸太のような両腕を組み合わせて、私とガルドさんを瓦礫ごと粉砕しようと力任せに振り下ろしたのだ。


 ゴォォォォッ!という、空気を押し潰すような風圧が私の全身を叩きつける。

 顔を上げると、岩のようにゴツゴツとした巨大な拳が、すぐ目の前まで迫っていた。


 死ぬ。

 普通の人間なら、そう確信して目を閉じるか、恐怖で気を失う場面だろう。

 ガルドさんも、背後に倒れ伏している冒険者たちも、あまりの絶望に顔を歪めていた。


 だが、私は一歩も引かなかった。

 ただ真っ直ぐに、振り下ろされる巨腕を見据え、自分の胸に抱えたギターをギュッと握りしめていた。


 私には、絶対に信じられる相棒がいるから。


 ドゴォォォォォォォンッ!!!


 凄まじい衝撃音が、西の門の広場に爆発した。

 突風が吹き荒れ、周囲の粉塵がドーナツ状に吹き飛ぶ。


「……あ、ぁ……お嬢、ちゃん……?」


 土煙の中で、ガルドさんが呆然と声を漏らした。


 振り下ろされたトロールの巨大な両腕は、私の頭上わずか数十センチの空中で、見えない壁に激突したようにピタリと止められていた。

 いや、止められたのではない。

 私の周囲をドーム状に覆う、半透明の『漆黒の結界』に弾き返されたのだ。


「ガ、ガァ……!?」


 自分の全力の一撃が、ちっぽけな人間の少女に傷一つつけられなかったことに、ロック・トロールが信じられないというように濁った目を丸くしている。

 その硬い岩の腕には、結界に弾かれた衝撃で無数のヒビが入っていた。


『……言ったはずだぞ、人間』


 私の足元から、呆れたような、けれどどこか誇らしげな低い声が響いた。

 瓦礫の上にフワリと飛び乗ってきたのは、一匹の小さな黒猫。


『俺の結界の中なら、たとえ世界が滅ぼうと、お前には傷一つ付かんと。……この程度の雑魚の拳、そよ風にも劣るわ』


 黒猫は琥珀色の瞳で巨大なトロールを見上げ、フンと鼻を鳴らした。

 その小さな体から発せられる、底知れぬ圧倒的なプレッシャー。

 知能の低い魔物たちでさえ、その異常な気配に本能的な恐怖を覚えたのか、一斉に動きを止めてジリジリと後ずさりを始めた。


「黒猫……? 魔法の、結界……? いったい、何が……」


 血まみれのガルドさんが、信じられないものを見る目で私と黒猫を交互に見つめている。

 彼だけじゃない。生き残っていた冒険者たち全員が、絶望の淵で起きたこの奇跡に息を呑んでいた。


 私は、足元の黒猫に小さく頷いてみせた。

(ありがとう。守ってくれて)


『礼には及ばん。だが、俺が防げるのは物理的な攻撃だけだ。その後ろで倒れている筋肉ダルマどもをどうにかしたいのなら……お前がやるしかないぞ』


 黒猫の言葉に、私はハッとして背後を振り返った。


 結界に守られ、一時的に魔物の攻撃は止んだ。

 けれど、ガルドさんたちの傷が治ったわけではない。

 ちぎれかけた左腕、お腹の深い裂傷、大量の出血。彼らの命の灯火は、今この瞬間にも風前の灯のように消えかかっている。


 地下室での残酷な真実が、頭をよぎる。

 ――私のギターの音だけでは、物理的な命は救えない。心を癒やせても、血を止めることはできない。


 このまま私が綺麗なアルペジオを弾いても、彼らは死んでしまう。


「……っ」


 私は、新しく張り替えた『銀糸蜘蛛』の弦の上に、震える右手の指を置いた。

 弦の冷たい感触が、私の心に僅かな熱を灯す。


(助けたい)


 理屈じゃない。ただ、純粋で強烈な願い。

 いつも不器用に笑ってくれたガルドさんを。

 私を仲間として受け入れてくれた、この街の人たちを。

 死なせたくない。失いたくない。


 私は、ゆっくりと立ち上がり、ギターのボディをしっかりと抱え込んだ。


「お、お嬢ちゃん……逃げ、ろ……」


 ガルドさんが、口から血を流しながら、必死に私に手を伸ばそうとしている。

 自分が死にかけているのに、まだ私の心配をしてくれている。

 その底抜けの優しさが、私の胸の奥にあった『透明な壁』に、ヒビを入れた。


『ねえ、気持ち悪いんだけど』

『黙っててよ』


 元の世界で浴びせられた、冷たい嘲笑。

 声を出すのが怖くて、ずっと喉の奥に鍵をかけて、逃げ続けてきた。


 でも、もう逃げない。

 誰かに笑われたっていい。気持ち悪いと言われたっていい。

 私のこの「声」が、もしも誰かを救う力になるのなら。


 私は、大きく、大きく息を吸い込んだ。

 肺の底まで、戦場の焦げ臭い空気が流れ込んでくる。

 それと同時に、新しくなったギターの銀糸の弦から、優しい魔法の力が私の指先を伝って、体の中へと流れ込んでくるのを感じた。


『……そうだ。お前のペースでいい。お前の音を、思いを、外へ放て』


 黒猫の低く優しい声が、私の背中を力強く押してくれた。


 私は、目をカッと見開いた。

 目の前には、戸惑いながらも再び私に襲いかかろうと咆哮を上げるロック・トロール。

 周囲を埋め尽くす、何万という魔物の群れ。

 そして背後には、死にゆく大切な人たち。


 私は、右手を大きく振りかぶり、六本の弦を思い切りかき鳴らした。


 ジャッジャァァァァァァァンッッ!!!


 戦場の轟音を切り裂いて、銀糸の弦が信じられないほど深く、透き通った極上の和音を響かせる。

 空気が震え、魔物たちがその音色に一瞬怯んだ。


 そして私は、今までずっと固く閉ざしていた唇を、ゆっくりと、そして力強く開いたのだった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


本作を応援してくださる方は、ぜひブックマークや下の評価【☆☆☆☆☆】をいただけますと幸いです。


次回お楽しみに。

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