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吾一というのはね、と吾一を前に先生がいった。われははひとりなり、われはこの世にひとりしかいないという意味だ。世界に、なん億の人間がいるかもしれないが、おまえというものは、いいかい、愛川。愛川吾一というものは、世界中に、たったひとりしかいないんだ。人生は死ぬことじゃない。生きることだ。たったひとりしかいない自分を、たた一度しかない一生を、本当に生かさなかったら、人間、うまれてきたかいがないじゃないか。仕方がなくてもなんでも、現にあなたは生きているわ、と空気嫁がいった。あなたは選ばなければならないのよ。だから選べないんだと言ってるだろ、とカンタはいった。これじゃあ堂々巡りだな。いいえ、とエアードールはいった。あなたは逃げているだけよ。その証拠にほら、今すぐ私を離しなさい。そんなこと……とカンタはいった。出来るわけないじゃないか。後ろの化け物たちが見えないのか? 離しなさい、と空気嫁は肩からずり落ちたスリングショットの水着を風にはためかせながらいった。私は落葉のように舞い、黄金の族長の秋へ帰るだけ。それは土曜日の次の日のように、それほど悪い時ではないわ。青い犬の目が輝き、十二の遍歴をたどり、しかるべき物語にたどりつく……愛その他悪霊とともに、悲しき娼婦の思い出話にあけくれる。百年の孤独にも似た、グアバの香かおる誘拐。将軍は迷宮で迷い、コレラの時代の愛を夢想する。それは幸福な無名時代よ。あなたの心配することではないの。だからといってもなあ、とカンタは首だけ回して振り返った。美しい顔を先頭に、千鳥ヶ淵には魑魅魍魎が渦巻いていた。あれだぜ? あれに混じるなんてそんなに気持ちのいいものではないように思えるけどな。それは光の世紀のようにはいかないけど、と空気嫁は言った。方法異説で、時と戦い、春の祭典くらいの居心地は確保できるわ。ハープの影と、バロックの協奏曲、この世の王国を創造できる。すべては私の中で完結するの。何もかもがあって、何もかもがない。

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