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でも生きるということは選択の連続よ、とエアードールは言った。いいえ、こう言い換えてもいいのかもしれない。選ぶという行為そのものが生きるということなんだって。ランボオのテーブルに頬杖をついて、梅崎春生と女給さんのじゃれあいを見ていた遠藤周作がぽつりとつぶやいた。選ぶということがすべてを決定するのではない。人生におけるすべての人間関係と同じように、我々は自分が選んだ者によって苦しまされたり、相手との対立で自分を少しずつ発見していくものだ。そりゃ選べる立場にいれば君の話にもうなずくさ、とカンタはいった。目の前にそれしかないんだ。それが選択とよべるのかい? だからあなたは世間に対して嫌気がさしているのね、と空気嫁はいった。そんなつもりはないよ、とカンタはいった。仕方がないさと、そういってるじゃないか。ある種の厭世観、とエアードールはいった。そんな大それたものじゃない、とカンタはいった。ペシミストを気取るほど楽天家ではないが、希望を語るにはゴミと戯れすぎているだけだ。悲しいな、今だって泣ければいいのに、涙の一つも出やしない。豹がか細い声で一声鳴いた。ありがとう、とカンタは豹の背中を撫でてやった。豹はくすぐったそうに背中を震わせると、そのしなやかな足に力を入れてさらにスピードをあげた。逆に聞きたいが、そうやって選んでいった先にはなにがあるのかな? 結局ははるかな星を眺めるような、そんなことにはならないかい、とカンタはいった。なんせ文学的、個人的な死などは前世紀の特権だ。殉教、英雄的な死、大いに結構。だが、今は二十一世紀だ。何もかもが集団の時代だ。文学的、個人的な死などを与えてあげるほどの余裕が世間にはないように思えるんだ。そうなると最後はどうなる? アナーキズムさ。第三帝国は復活し、死はシステムの中で洗練され、野生の探偵たちが闊歩する、2666の数字が予言する世界。僕らは鼻持ちならないガウチョみたいなものさ。唯一の財産である牛を連れ、どこまでも無軌道に進み、それでいて夜想曲の音色に夢を見る。アルチンボルドの歩みになればこれ幸いといったものさ。しかし現実はとくると、僕らの通話は誰にも届かない、独りよがりの独白とくる。それでも顔を上げれば常に輝くはるかなる星。勘違いしないでくれ、これでも厭世的になっているわけではない。ただ、仕方がないんだ、ということを言いたいだけなんだ。結局僕はそれが言いたいだけなんだ。




