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化け物から並べ立てられている罪状だってカンタには身に覚えのないものだった。たしかに自分はある特定の特殊な水着に対して異常な執着心を燃やしているかもしれない。燃やしているかもしれないが、それを誰かに着てくれと強要しようとはこれっぽっちも思わない、というのは言い過ぎかもしれないが、こちらの心情を慮って着てくれたらいいなくらいの心持ちである。現に妻にだって着てくれと迫ったことははないし、そんな水着が好きだなんて言ったこともない。心の中の秘め事としてそっと大事にしまっていた事柄だ。なんだったらカンタだって雪の降る東京の路上に放り出されるまで気づかなかった性的嗜好だ。関係ないが会話の流れで性癖を正しく使うと微妙な空気になるのはまさしく言葉の乱れであり、的を射るだか的を得るだか正鵠を射るだか当を得るだかといった議論よりもより大事な事柄のように思えるが、自分だって愛撫をエロい言葉として覚えていたせいでカフカの変身を読んでいて何とも言えない気持ちになった経験もある。ことさらそういったことに突っかかるのは野暮、というよりは無知からくる傲慢なのかもしれない。そして化け物たちを前にこんなことを考えている今の自分はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。生命の危機よりもどうでもいいことが頭の中に流れ込んできて思考がうまくまとまらないのだ。世間一般的にはこれを正常性バイアスや現実逃避なんていうのかもしれないが、カンタにはよくわからない問題だった。もしくは、人は何かを達成しようととするときにはごく自然に三つのポイントを把握するものである、と村上春樹は何かの書籍で言っていた。自分が今までどれだけのことをなしとげたか? 今自分がどのような位置に立っているか? 自分がこれまでにどれだけのことをなしとげたか? ということである。この三つのポイントが奪い去られてしまえば、あとには恐怖と自己不信と疲労感しか残らないという。もしかしたら今のカンタはそういう状況なのかもしれない。道標も見当たらないという状況だ。なにはともあれただ一つはっきりしていることは、今の自分にだってやりようによってはもっと違う人生だって歩めたかもしれないということだ。正月休暇に嫁の実家に帰省し、べつにお義父さんやお義母さんと仲は悪くないのだが、それでも気を使い続ける居間の空気に耐え切れず、隙をみて仕事の残りがあるのでとはしゃぎまわる子供とそれにつきあうジジババを残してあてがわれた一室に引き下がり、もってきたノートパソコンでくだらない文章をひたすら打っているなんてそんな有益な人生も歩めたかもしれないということだ。




