表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/78

72

化け物から並べ立てられている罪状だってカンタには身に覚えのないものだった。たしかに自分はある特定の特殊な水着に対して異常な執着心を燃やしているかもしれない。燃やしているかもしれないが、それを誰かに着てくれと強要しようとはこれっぽっちも思わない、というのは言い過ぎかもしれないが、こちらの心情を慮って着てくれたらいいなくらいの心持ちである。現に妻にだって着てくれと迫ったことははないし、そんな水着が好きだなんて言ったこともない。心の中の秘め事としてそっと大事にしまっていた事柄だ。なんだったらカンタだって雪の降る東京の路上に放り出されるまで気づかなかった性的嗜好だ。関係ないが会話の流れで性癖を正しく使うと微妙な空気になるのはまさしく言葉の乱れであり、的を射るだか的を得るだか正鵠を射るだか当を得るだかといった議論よりもより大事な事柄のように思えるが、自分だって愛撫をエロい言葉として覚えていたせいでカフカの変身を読んでいて何とも言えない気持ちになった経験もある。ことさらそういったことに突っかかるのは野暮、というよりは無知からくる傲慢なのかもしれない。そして化け物たちを前にこんなことを考えている今の自分はやっぱりどこかおかしいのかもしれない。生命の危機よりもどうでもいいことが頭の中に流れ込んできて思考がうまくまとまらないのだ。世間一般的にはこれを正常性バイアスや現実逃避なんていうのかもしれないが、カンタにはよくわからない問題だった。もしくは、人は何かを達成しようととするときにはごく自然に三つのポイントを把握するものである、と村上春樹は何かの書籍で言っていた。自分が今までどれだけのことをなしとげたか? 今自分がどのような位置に立っているか? 自分がこれまでにどれだけのことをなしとげたか? ということである。この三つのポイントが奪い去られてしまえば、あとには恐怖と自己不信と疲労感しか残らないという。もしかしたら今のカンタはそういう状況なのかもしれない。道標も見当たらないという状況だ。なにはともあれただ一つはっきりしていることは、今の自分にだってやりようによってはもっと違う人生だって歩めたかもしれないということだ。正月休暇に嫁の実家に帰省し、べつにお義父さんやお義母さんと仲は悪くないのだが、それでも気を使い続ける居間の空気に耐え切れず、隙をみて仕事の残りがあるのでとはしゃぎまわる子供とそれにつきあうジジババを残してあてがわれた一室に引き下がり、もってきたノートパソコンでくだらない文章をひたすら打っているなんてそんな有益な人生も歩めたかもしれないということだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ