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今やカンタの目は水着に釘付けになっていた。まるでそちらが本体であり女は添え物だといわんばかりに。目的を失ったカンタは完全に暴走していた。はたして今の自分はこの女をものにしたいのか、それとも水着を手に入れたいのか、分からなくなっていた。両手を前にあげ、よろりよろりと女(もしくはスリングショットの水着)に近づいていく。そんな光景を見下ろしながら人影たちははやし立てた。渡り廊下の人影たちは今や所狭しと走りまわって飛び上り隣の人影と殴りあって喜んでいた。もう少しだもう少しだと声にならない声でカンタに檄を飛ばす。逆に電線に座る人影はその狡猾で薄汚れた目を細めて息をのんでいた。カンタの罪を何一つして見逃さないよう悪意でもって集中していた。それでもカンタは自分の頭上で繰り広げられている大運動会に気づかない。リビドーの虜となったカンタはただただ目的に引き寄せられるだけのくぐつでしかない。水着で馬鹿になったカンタは素朴実在論に支配され、人影どころか雪も風も路地裏も何もかもが消滅していた。認識しなければそれはイコール無なのだ。そして今のカンタには認識という能力がいちじるしく欠けていた。妻の不貞も部下の不義理もどこかへいっていた。哲学的ゾンビとなったカンタに主観を求めること自体が無理難題であった。そして一番の問題は素朴実在論も哲学的ゾンビもカンタにはまるっきり分からないということである。ついでにいうとゾンビとリビングデットとヴェーターラの違いも分からない。そもそも認識とは何のか、それは主観と客観とから切り離された実存のことなのか、誰かそこから教えてほしい。どちらかというと不可知論的なカンタにいま分かることは、目の前の水着がもの凄く魅力的だということだけだった。布面積が極端に少ない布切れ。それなのに不条理なほどカンタを惹きつけてやまないのだ。一体全体自分はなんでこんなものに夢中になっているのだろう……頭の片隅でかろうじて生き残っていた脳細胞がカンタに電気信号を送った。仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明なカンタの脳裏に矢木ばりに電流走る。しかしそのアンペアはあまりにも弱弱しく、因果交流電燈としても頼りない灯りしかもたらさなかった。その明滅するビーコンはあまりにも弱弱しく、カンタの脳裏を支配できるほどの輝きは持っていなかった。リビドーに憑りつかれ冬の修羅となったカンタは雪に足を取られることもなく着実に女のもとへ近づいていった。

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