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描き出されるその円から小さな人影が這い出してきた。人影は円運動をやめた電線に腰を掛けるとカンタを見下ろして嘲笑った。カコーカコーと鳴いてみてもカンタは気づきもしない。カンタの心はスリングショットの女に釘付けになっていた。今カンタの世界にあるのはエナメル生地の細切れとはちきれんばかりの肉体だけだった。それをいいことに人影は雪を丸めてカンタに向かってなげはじめた。雪玉はカンタの頭にあたってくだけたが、それでもカンタは気にもしなかった。人影は腹を抱えて笑いだした。それは岩と岩が擦れるようなシューシューとした奇妙な笑い声だった。それが風の中に溶け込み不快な音を奏でる。人影は望んでいた。そのままカンタが彼女のもとに走ることを。いつの間にか渡り廊下にはまた別の人影の姿があった。そいつも電線の人影と同じくカンタを見下ろして嘲笑っていた。この先どう転ぶのか楽しみで仕方がないといった感じで渡り廊下から身をのりだしてカンタを見ていた。と思うと、人影は分裂しはじめ、みるみるうちに渡り廊下には溢れんばかりの人影がひしめきあった。電線に座る人影はまた一つ雪玉を投げつけるとシューシューと笑い、渡り廊下の人影たちも一緒にシューシューと笑った。不快な笑い声がこだまする都会の袋小路でカンタは意を決したように動き出した。一足踏み出すたびに妻と過した毎日も、妻と交わした笑顔も、妻に誓った愛も、そんなものが音を立ててカンタの中から崩れ落ちていった。春の日差しのように暖かかった妻の優しさもカンタを捉えることが出来なかった。人影たちは手を叩いて喜んだ。悪意が一つの塊となってカンタの背中を押した。カンタはもう迷わなかった。ただただスリングショットの水着を求め、豊満な肉体を求め、自分を裏切らない女を求め、前へ進んだ。雲は猛烈な勢いで東に向けて流れていた。水分は集まり凝固し、雲が抱えきれなくなると雪となって地上へ落下した。それが風に舞い吹き上がり吹きおろし地上へ降り注いでいた。何もかもを白く染め上げてくれればいいのだが、あいにく都会の空気で薄汚れた雪にそんな効果も期待できるはずもなく、白く東京を汚しつづけていた。ビルも道路も電線も、その汚れから逃れることは出来なかった。カンタのいるどこからともなくゲロの臭いが漂ってくる袋小路も例外ではなかった。何もかもが汚れていた。人影が手を叩いて喜ぶなか、カンタはスリングショットの女に向っていく。

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