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そんな形の無い物より、カンタにとっては夜の中に消えていったスリングショットの女の子の方が気になった。ああ、何度あの水着を妻に着てもらいと願ったであろう。確かに胸の小さい妻ではある。もしかしたら似合わないかもしれない。しかしあれを着ているというシチュエーションが何よりも大事なのであって、それだけでカンタのやる気メーターは振りきれんばかりに上昇するはずであった。しかしそれも叶わぬ夢となった今だ、千夜とは言わず一夜でいからその手の女の子と一晩一緒に過してみたいものである。そしてカンタはそんな一世一代のチャンスを自ら棒に振ってしまったのだ。カムバック、とカンタは喘ぎながら呟いた。あの子がまた自分の前に現れて、こっちにおいでと手招きさえしてくれれば、こんな雪道なんてどうってこともないのに。寒くて暗くて歩き辛くて孤独な路地裏は、カンタの心を落ちこませるだけの力を持っていた。こうなってくると、誰かにこの不満をぶつけたい。そうなると改めてカンタは店主を逆恨みすることにした。店主は暖かい場所に暖かい飲み物を提供したと思ったら、こんどはそれを全て奪い取っていったのだ。こんな酷い話なんてないだろう。だったら最初から与えるなと言いたい。こんな雪の日だ、とっとと店を閉めて帰るべきだったのだ。そうすれば自分は今頃こんな惨めな思いをせずに済んでいたのだ。寒い、惨め、寒い、惨め、と呟きながらカンタは秒速五センチメートルで歩き続けた。雪は鬱陶しいほど降っていて、街灯に照らされながらしんしんと宙を舞い、はやくもカンタの頭にも積もりはじめていた。頭を振って振るい落とし、ついでにコートの肩をはたいた。顔を上げて歩いていると雪が目に入って鬱陶しいので、カンタは下を向いて歩いた。そのせいだろう、ふと気がつくとまた行き止まりだった。何だってこんな入り組んでいるのだ、区画整理くらいしなかったのか、とカンタは行政の怠慢に腹を立てた。いくらなんだってこれでは住み辛いではないか。東京の中でも神保町は比較的好きな町だっただけに、この発見はカンタを落ち込ませた。学生時代にはあれだけ通ったというのに、自分はこんなことすら気づかなかったのだ。所詮自分は上辺だけしか見れない人間で、物事の本質に触れることなんて叶わないのだ。ビルとビルに囲まれた袋小路の中でつかの間の絶望感に酔ったカンタであったが、寒さに負けて引きかすことにした。頭上には電線が張りめぐらされ暗い空の下で揺れていた。そうかと思うと中世の渡り廊下のようなものがビルとビルの間に渡されていたりして、こんなものを掛けて建築基準法に引っかからないのかとカンタは疑問に思った。




