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秋の空のように揺れ動くカンタの心は、どこか乙女の純真に似ているのかもしれない。その結果どうなったかといえば、先ほどの女の子と同様知らぬうちに妻を傷つけ、二人の間に寒い寒い冬がどっしりを腰を下ろしてしまったのだ。吹きすさぶ雪は、その中に妻の心を隠してしまった。窓の外を眺めていると、また女の声がしたような気がした。それは今度こそ妻の物であるとカンタには思えた。あの優しい声で、探して……わたくしを見つけて……約束よ、約束よ、そう訴えていた。深い河の底から湧き上がってきたかのようなその声に、カンタの心は騒いだ。大して胸もなければ、年相応にくたびれていて、スリングショットの水着も着てくれなかったが、それでも妻は魅力的だった。飛び出していくだけの大義が出来たカンタは急いでコーヒーを飲み干し、コートを着込んでキャリーバッグを掴んだ。そして財布から一万円札を抜くと、お代はここに置いておきますよ、と店の奥に向かって叫んだ。この大都会東京の中から失われた妻の心を探しだす。なるほど、立派な大義名分だ。心の探し方も分らなければ、そもそも心というものがどういった形で存在しているのかも分らないが、それでも自分は妻の心を見つけなければならないのだ。いきなり目の前に現れた目標に、カンタの胸は躍った。風のようにゆく当てもなく彷徨うだけの日々は終ったのだ。さあ、大冒険の扉を開けよう。カンタがドアノブに手をかけたところで、お客さん、と後ろで店主の声がした。引き留めててくれるな、とカンタはあえて背中で語った。口に出したら決意が揺らぐと思ったのだ。しかし店主は引き留めるどころか、一万円ね、というと後ろでレジを叩く音がした。そしてお釣りをもってやってくると、こんな雪の日になのにお客さんも大変ですね、といって見送ってくれた。一歩外に出ると、余りの寒さにカンタの体は芯の芯から震えた。また一段と気温がさがったようで、もうぼた雪になる気配はなかった。カンタが振り向くと、店主は手を振っていた。カンタもぎこちない笑顔を浮かべ手をあげようとした瞬間扉は閉まった。ガチャリという重い音は、早くもカンタに後悔をさせた。なぜ暖かい屋内からこんな糞寒い路上に出てこなければならないのか。それもよりによって自分からである。カンタは空を見上げた。雪がカンタの顔に落ちて、熱で溶けて頬を濡らした。ここは恥を忍んで戻るべきだろうか? 当然戻るべきだ。今の自分には傘もないときている。




